特別編 episodeⅧ 大きな目標

2023年5月 ベルギー デュビス <飯島 賢太>

 2022-23シーズンをFCデュビスは年間4位で終えた。残念ながら一部への昇格は果たせなかった。来季に向けてチームは一度解散となるが、俺はベルギーに残りトレーニングをしていた。

 俺自身としては16得点9アシスト。得点王には1点届かなかったがアシストではリーグ1位を取る事が出来た。初めて体感する海外2部リーグで自分でもしっかりと結果は残せたと感じている。


 実際、シーズンオフを地元で過ごすエンドレやウージャからも「来季はお互い違うチームだと思うけど。」と挨拶をされた。


 トレーニングを終えてクラブハウスでシャワーを浴びて家に戻る。するとPSLMの羽生さんから連絡が入った。羽生さんは俺の代理人を務めてくれている人だ。


 「羽生さん。お久しぶりです。」

 『そんな久しぶりでもないだろう。なんだよぉ。ベルギーに来ないからって攻めてくるねぇ。』

 「はははっ! そう思うならたまには顔出してくださいよ。」

 『ごめんごめん。実は今、ヨーロッパに来てるんだ。明日、少し会えないか?』

 「オフなんで全然大丈夫ですよ。」

 『OK。じゃあ、迎えに行くよ。ランチでも一緒に食べよう。』


 シーズンも終わったから来季に向けての挨拶回りか。複数の選手を抱える代理人も大変だな。


-・-・-・-・-

 翌日、羽生さんの車でベルギー西部のヘントと言う街のレストランに入った。個室が用意されていて「賢太君ももう人気選手だからね。」と羽生さんは笑っていた。


 めちゃくちゃ美味いランチをご馳走になって今シーズンの事や日本の事、ヴァンディッツの事なんかを話していると羽生さんから急に妙な質問をされた。


 「賢太君は甘い物とか好き?」

 「そうですね。そんなに多くは食べないですけど、直美さんが好きなんでこっちに来てくれた時は巡ったりはしますよ。」

 「....そうか。」


 何が聞きたいんだろう? 羽生さんはテーブルに肘を置いて手を組んで顎を乗せた。どっかの有名アニメの司令官みたいだな。


 「ちなみに....バームクーヘンと、マカロン、どっちが好き?」

 「えっ!?」


 間違いなく意味ありげな笑みで羽生さんがこっちを見ている。俺は目一杯頭をフル回転させる。そこで直美さんと昔話した内容を思い出した。バームクーヘンはドイツのお菓子。そしてマカロンはフランスだったはずだ。

 なるほど。そう言う事か。


 「どこですか?」

 「フランスはリーグ・アンのトゥールーズ。来季に向けてのチームのテコ入れを図る中で賢太君に興味を示してる。もう一つはドイツのフランクフルト。ここは今季の結果によっては来季のヨーロッパリーグどころかカンファレンスへの昇格も危うくなる。その中で調査をしてくれたと言う感じだね。」

 「キッツイ選択ですね。」

 「まぁね。確認だけどベルギーに残るって選択は無いと思って良いよね?」

 「....はい。」


 デュビスで1部に上がりたい気持ちはある。でも、それよりも叶えなければいけない目標がある。


 「僕の予想ではトゥールーズではほぼレギュラーとして出場機会は得られるはずだ。それくらい得点力を求めてるし目玉となる選手の獲得にも難航してる。」

 「なるほど。」

 「フランクフルトは出場機会はかなりの挑戦になるだろう。さすがにブンデスだからね。でも、アピールはフランスリーグの比じゃない。」

 「長谷部さんいるんスよね?」

 「そうだね。鎌田選手も所属してるけど、どうやら複数のクラブが獲得に動いてるみたいでね。恐らく移籍になると思う。」


 炭酸水を口にしてゆっくり息を吐く。ヨーロッパリーグ1部が目の前にある。もちろんこれからの移籍交渉の成功があってこそだけど、自分がベルギーに来ると決めた目標の一つが叶えられようとしてる。


 「当然他にも売り込みをしたクラブはあるし、良さそうな反応があったクラブもあるけど、契約合意と言うゴールを考えるならこの2クラブが一番現実的だ。」


 迷うな。飛び込むと決めてただろ。


 「フランクフルトでお願いします。」

 「分かった。条件面はある程度の話は出来てるけど、ここから一気に詰めるよ。恐らく移籍期間に入る前に事前合意に持ち込めると思う。ちなみに年俸とか希望はある?」

 「今の収入を確保出来るならいくらでも良いです。」

 「ははは! そりゃブンデスリーガを舐め過ぎだ。大丈夫。悪いようにはしないから。ただ当然だけど、誰にも話しちゃダメだよ?」

 「はい。」


・・・・・・・・・・

 その週から練習グラウンドに記者らしき人がチラホラと見かけるようになった。移籍市場でも俺の名前が挙がっているらしい。嬉しい事ではあるが、まだ1部でプレイした事も無い選手にわざわざこうして取材に来てくれるのは有難い事だ。


 色々と聞かれるが「代理人からは何も聞いてない」の一言で話を終わらせる。そんな生活が1ヶ月ほど続いた。


 そして、羽生さんからの嬉しい報告で俺はついに四大リーグへの個人昇格を手にした。

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