第6話 息子の職場
2022年2月 Vandits field
高知駅から乗った列車で目的地である高知県東部にある駅『夜須』を目指す。本当はあと二つ先の駅である『
今日は自分が応援するサッカークラブ『Vandits高知』を運営する(株)Vanditsが主催する年に一度のイベント『大評定祭』に参加する為、娘と二人、飛行機で高知県までやって来た。
イベント自体は夕方からなので、それまでは高知市内で高知城に行ってみたり、そのすぐそばにある『ひろめ市場』と言う屋台の複合施設のような場所で地元グルメに舌鼓を打った。
「高知県の人は酒飲み」と言われるように美味しいとお勧めされる料理はどれもお酒に合うものばかりで、この後のイベントも考えお酒を控えなければいけない自分にとっては非常に楽しいのに苦しい時間となってしまった。
特に気に入ったのは「チャンバラ貝」と言われる巻貝の一種。シンプルなのにも関わらず手が止まらずおかわりまでしてしまった。
そうして辿り着いた夜須駅にはすでに大型バスが2台、乗客を待っている状態だった。待合所に貼られたポスターを見るに、15分置きに3台のバスがスタジアムを往復しているらしい。
私はVandits安芸は県リーグ時代から追いかけている。その理由は自分の息子がVandits安芸に所属しているからだ。息子の名は『古賀 啓太』。小さい頃から足が速い事だけが自慢の子だった。
そんな息子が初めて「今年で最後になると思う。」と年末に長崎へ戻ってきた時に打ち明けられた。引退後は会社の方で仕事を続けたいと言っていた。だから観に来てほしいと。
啓太が小さい時に妻を病気で亡くし、四つ離れた啓太の姉が母代わりのように手伝って啓太を育ててきた。
イベント開始までまだ二時間以上あるが既にバスの中には多くの方がユニフォームやグッズで身を固めていた。
「あっ、お父さん。あれ。」
娘が指差す先に立っていた男性のユニフォームの背番号が【11】。その下にアルファベットでKOGAと書かれていた。自分の体の体温が少し上がったような気がした。啓太はこのチームでしっかりと認知されている。
バスが出発し海沿いの坂道を上がっていくとトンネルを抜ける。その先には広い畑が見える。この沢山の畑の中にはデポルト・ファミリアが管理するものもあるのだろうか。
すると乗客から「見えてきた!」と声が上がる。皆さんが指差す先を見ると、山側の高台になっているような場所に、現代とは思えない木の壁で囲われた施設が見える。バスは主要道路から脇道に入るが、その脇道が突如途中から広く真新しい道路に変わる。途中に同じ会社のバスが待っており、すれ違えるだけの広さがあった。脇道ではち合ったらすれ違えなかったかもしれない。
その長閑な田園風景から少し木に囲まれた道を抜けると突如広大な更地の敷地が現れる。その敷地ではいくつかの工事が行われているが、どれも大掛かりなモノばかりだ。これが啓太が行っていた私立高校だろうか。
そこから敷地の西側へ進むと二階建ての大きな駐車場が見えてくる。一階・二階・屋上と相当数の車が停められそうだ。バスはその駐車場近くに構えられていたロータリーに停まる。
この敷地に入ってからはバスと車で走る道が分けられているのはバスに乗っている観客としては、駐車場に入る車の列に巻き込まれないので非常に助かる。
娘と二人、その規模に驚かされながらスタジアムへの順路を歩いていく。道も綺麗に整備されていて道路脇には手すりも付いており、どうやら車椅子の方にはスタジアムと駐車場間をゴルフカートのような車での送迎もあるようだ。
坂道を下ると野球場が見える。ここがサッカースタジアム施設内の野球場とは思えないほどの広さで、夏休みなどは小中学生の合宿でスタジアムはほぼ毎日予定が埋まっていると聞いたが、それも納得だ。おそらく広さだけで言えばプロ野球規格なのではないだろうか。
そして更に下っていくと広い広場のような場所に着く。そこにはいくつものコンテナハウスがあって、それぞれに人の列が出来ていた。コンテナハウスの上部には『スマートチケット用入城ゲート』『紙チケット用入城ゲート』と分かれている。
私は娘に任せてあったのでスマートチケット用のゲートから『入城』した。
そこからはもう素晴らしいの一言。なぜ今まで見に来てやらなかったのかと自分に腹が立つほどの見事な施設だった。特に飲食のスペースは本当に広く構えられていて、飲食スペースに入る前に飾りのような城門が構えられていてそこには大きい字で『御味方、敵方無用!ここでの争い事は無きように。』と見事な達筆で書かれている。
本当に細部にまで拘った印象作りにこちらの気分も上がって来る。スタジアムに着いたのでもう良いだろうと娘と二人大好きなハイボールに手を出す。他にも高知県産の赤牛や豚を使った焼き串や芋天(芋の天ぷらだが周りの衣が甘くお菓子感覚で食べられる)を買ってみた。そして驚いたのが
私達の地元ではポン酢をかけて食べる事が多いのだが、高知では「鰹出汁」をかけるのだと言う。薬味はお好みで乗せられて、おろし生姜やミョウガ、鰹節に刻みのりなど食べる前から楽しい。
すると隣の席で座っていた地元のサポーターさん達が私達の反応を見て、県外から来たのだと分かったのだろう「どこから来られたんですか?」と声をかけてくれ、長崎だと答えるとすぐに「あっ!賢太君の出身が長崎だよね?」と盛り上がり始めた。
嘘をつくのも申し訳ないので、啓太の家族だと伝えると大層驚いてくれて一緒に写真を撮ったり握手を求められて娘と笑いながらそれに応えた。息子がこの地で愛されている事に誇らしさを感じた。
席は息子が事前に構えてくれていたが、まさかのゴール裏でしかもかなり応援団の皆さんに近い場所だった。娘は啓太から話を聞いているらしく、啓太は最初メインスタンドも考えたそうだが、やはりこのスタジアムの本当の臨場感を味わってほしいと考えてゴール裏のこの席にしたようだ。
高知県立安芸高校サッカー部のメンバーとのフレンドリーマッチ。啓太はスタメンで出場した。ここでまた驚かされたのは、ヴァンディッツは一切手加減しない。どれほどリードしようが、相手が高校生で全国大会など経験した事も無い選手達であろうが、一切手を抜く事は無い。最後の最後まで全力で両チームがぶつかり合った。
試合は終わってみれば11対2。啓太は4点上げたが一度も笑顔は無かった。後に聞いた話では、プロを目指しているチームとの対戦経験が高校生達のこの先の人生の何かしらの力になって貰いたいと言う昨シーズンで引退された及川さんの考えが、チーム全体に受け継がれているんだそうだ。
私達は涙を流しながらもスタジアムを回り礼をする高校生達に胸を打たれた。聞けば、運営部長でもある冴木さんのお子さんもメンバーの中におり、今年で安芸高校を卒業されるそうだ。
そしてヴァンディッツ側にはその安芸高校からVandits高知へ練習生として加入した一条選手がいた。最後に安芸高校のメンバーと固く抱き合っている姿は、その状況を詳しく知らない人達でも十分に感動的な場面だった。
息子は素晴らしいチームにいるのだなと幸せな気持ちになった。
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