第3話 噂と誓い

 俺は学園一の美少女、天音渚の部屋で手当てを受けていた。


「これでよし!」


 包帯を巻く彼女の手が止まり手当てが終わった。


 流石と言うべきか、彼女の手当ては実に手際が良く、学園一の美少女は怪我の手当てまで完璧なのかと思わせるほどだった。


「……ありがとう」

「このくらいお安い御用だよ」

「それじゃあ……」


 手当てを終えた俺は足早に彼女の部屋を出ようとした。


「もう帰るの?」

「これ以上ここにいても用はないし」

「……せっかくだし、もう少しだけお話しない?」

「しない。そもそも、手当てするだけって話だったろ」

「……どうしても?」


 少し頬を膨らませながら天音は言った。


「お前も俺の名前を知っているなら、俺の悪評も知ってるだろ」

「……向坂くんの悪評?なにそれ、私知らないよ?」


 天音は嘘をついている。

 同じ高校にいて、俺の名前を知っていて俺の悪評を知らないということは無い。誰もが俺の噂をして、その悪評を知っている。

 はずなのに……天音の顔は嘘をついているといった表情ではなかった。


「知ってるだろ……色々噂されているの」

「……噂」

「そう。俺がカツアゲをしているとか、生徒を一方的に殴って怪我をさせたとか」

「そんな噂、知らないよ?」

「嘘だな。あの高校にいて、俺の噂に触れずに生きていくなんて無理だ」

「嘘じゃないよ。あんなのはただの噂。私は噂を一方的に信じることはしない。信じなければ知らないのと同じでしょ?だから、私はそんな噂知らないよ」

「……屁理屈だ」


 優しく微笑む天音の言葉が、俺の心の奥に少しだけ染みるのを感じた。


「……わかったよ。もう少しだけ居るよ」


 ジッとこちらを見つめる天音に、引き下がってくれる気配が無いのを感じた俺は観念をして天音の横に座りなおした。



 ──天音視点──


 時間は少し前へと戻り悠真と二人、自分の家へと向かっていた。


 どうしよう!怪我してるのを見て思わずお家に招待しちゃった!しかも、腕なんて引っ張って……

 変な子って思われてないかな……でも、向坂くんは私のことを助けてくれたし、手当てはそのほんのお礼みたいなもの!大丈夫!きっと大丈夫!


「あのさ、本当に俺大丈夫だから」

「ダメだよ!小さな怪我でも甘く見てたら」

「いやそういう訳じゃ……」

「…………」

「…………」


 ……気まずい、何か会話を続けないと。


「え、えっと、向坂くんはどうしてあんなところにいたの?」

「……本を買ってた」

「へぇー……どんな本を買ったの?」

「小説……」

「そっかぁ、小説……私小説読むの苦手だなぁ…………」

「…………」

「…………」


 ……だめ!

 会話が続かない。

 私、男の子と二人っきりなんて経験が少なすぎて会話がすぐ終わっちゃう……こんな時、りさが居てくれたら……


 ***


「向坂ってどこに住んでんの?」

「駅の向こう」

「あー、あっちの方商店街とか少ないもねー。そりゃ、こっちまで本買いに来るか」

「詳しいな」

「うち、結構色んなところに遊びに行くからね!」

「さすがだな」

「それほどでも」

「「アハハハハハハ」」


 ***


 みたいな感じで、りさなら会話を続けられるはずなのに……


 とにかく、お家に着けば大丈夫なはず!

 私も頑張ってりさみたいにフレンドリーに……


 早くお家に……あの角を曲がれば……見えた!


 二階建ての一軒家。

 多少周りの家よりも大きく感じる私の家は、お父さんが弁護士として多忙を極めていて、専業主婦のお母さんと私の二人っきりでいることが多い。そのため、お父さんは私とお母さんのことを溺愛している。


 もし、男の子をお家に上げたことがお父さんにバレたら……考えるのはやめよう。

 とにかく、向坂くんの傷の手当てをしてあげないと。


「着いたよ、ここが私の家」

「……本当に手当てするのか?」

「もちろん。助けてくれたお礼だよ」


 私は遠慮する向坂くんを何とか家にあげ、傷の手当てをしてあげた。


 ***


 そして、現在。

 渚が引き下がる気配が無いのを察した悠真が、隣に座る所へと戻る。


「……と、隣に座るの?」

「あ、いや、ごめん。他意はなかった。ただ、手当てをされている時も横にいたからつい……嫌だったよな」

「い、嫌じゃないよ!隣に座って!他に座るところも無いし……」

「じゃ、じゃあ……」


 向坂くんが私の隣に座ると、私たちは気まずさから無言の時間がしばらく続いた。


「……あの、会話が無いなら帰っても──」

「だ、だめ!」


 ここで向坂くんを帰らせたら、もう二度と話すことがない気がする!


「え、えっと、向坂くんのご両親は何をしてるの?」

「……俺の両親は、二人とも医者をしていた」

「お医者さんをしてるんだ!ご両親がお医者さんなら向坂くんもお医者さんを目指してるの?」

「ああ……父さんや母さんみたいに人の命を救う医者になりたい。そう思ってる」


 自分の夢を語る彼はやわらかい表情を浮かべていた。


「でも、ご両親がお医者さんならお家に帰ってくるの遅くて大変そうだね」


 私は自分がぶつけた純粋な疑問を後々、後悔することになる。


「……二人とも帰ってこないよ」

「やっぱり忙しいんだね……お医者さんも大変だなぁ」

「……ああ、大変な職業だよ」


 そう呟く彼はどこか寂しそうに見えた。


 ***


 しばらく他愛のない会話を楽しんだ後、私は向坂くんが帰るのを見送っていた。


「手当て、ありがとう」

「気にしないで。助けてくれたお礼だから」

「……ああ。それじゃあ、帰る」

「また、お話出来る?」

「……それは無理だな。俺とお前とじゃ住む世界が違うんだ。俺と無理に関わるな。俺も自分からお前に関わるつもりは無い」


 そう言葉を残し帰って行く彼の背中を、しばらく見つめ家へと戻った。


「りさちゃんが来てたの?」


 お腹を刺激する香りをキッチンから漂わせながらお母さんが尋ねてきた。


「う、うん!」

「そう……あなた達仲良しね。ずっと仲良くするのよ、友達が居ればどんなに辛いことでも乗り越えられるから。もちろん、ママ達もあなたの味方だからね」

「……うん」


 何でもない、いつものお母さんの言葉に、私は向坂くんのことを思い出していた。


 友達が居れば……

 向坂くんには頼れる友達はいるんだうか……

 もし、一人だったら。廊下を歩いているだけで一方的に批難を浴び続ける、あの地獄のような毎日をたった一人で過ごしていたなら……


「私は向坂くんを一人にしない」


 そう心に誓った。

 私を助けてくれた向坂くんのために、誰にも手を差し伸べられず傷ついているかもしれない彼のために。





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