3

「志乃センパイがあんなキレてるの、初めて見たかも俺。」




とりあえず、あの場は何とか真野先輩がおさめてくれて、あたしは渡された今後のスケジュール片手に帰宅中。


後ろからついてくる、鬱陶しいヤツのことは全力で無視。



「普段はなんか冷めてるってか、愛想笑いとか?そーゆうので距離とって、人と関わらないようにしてるのに。」



だいたい何で年下のコイツに、あたしのアレコレについてを語られなきゃなんないのって話だし。



「俺にもあそこまでキレたことはないじゃん?」



それ以前に、なぜコイツがあたしの後ろを付いて来てるかってのが問題だし。




「本当に真野さんのこと好きなんだね。」



だったら何よ、何か問題でも?



「やっぱ真野さんのコトだから、センパイあんなに熱くなってたの?」



そんなのアンタに関係ないでしょ。



「真野さんじゃなかったら、ここまで気にしない?」



何でアンタがそんなこと聞くのよ。



「センパイさ、何で真野さんが好きなの?」


「格好良いから!」



さっきから、真野さん真野さんって鬱陶しい!



「何か文句でもある?ないよね、別にアンタに関係ないし。あたしが誰を好きだろうが、それが何でなのかとかどれだけ本気なのかとか、アンタには超無関係だし。」


「いや、そうでもねーけど。」


「はぁ?」


「関係ないって程でもない。」


「何言ってんの?明らかないでしょ、あたしのことただ面白がってるだけのクセに。」


「別に、センパイ見て面白がってる訳じゃねーし。」


「嘘くさ。」


「全然、面白くなんかねぇよ。」



そういって掴まれた腕に込められた力の所為で、バカみたいにそこが痛い。



「──ちょっと痛い、何すんのよ!」



手加減なんて全くしてないだろうから、抵抗したって敵うはずがない。




「むしろ、何一つ面白いことなんかない。」




振り返った体勢のまま勢いよく引っ張られた体は抗えもせずに引き寄せられて——…




「俺、志乃センパイのこと好きだから。」




無防備に晒された唇が、奪われた。








…………最っ悪。



ただその一言。それに限る。


それ以上も以下もない。

ってかこれ以上に最悪なことなんてない。





「頭可笑しいんじゃないの?」



理解不能の域を超えるコイツも。

そんな気狂《きちが》いに関わってしまった、あたしも。




怒りなんて芽生えもしない。

あるのは呆れと諦めだけ。




残念だけどあたしは、アンタにキスされたくらいでキレたりしない。


不快感ならMAX振り切れてるけど、それでもキレるなんてことはない。


生憎あたしはそんなに純粋に出来てない。




だとしても、コイツがあたしのキレるとこが見たいが為にこんなコトを仕出かしてるんだとしたら、やっぱり、



「ドMなの?」


「いや、どちらかっていうとS。」


「聞いてないから!」





何が嫌ってこいうところ。


突然意味不明な言動かましてきたかと思えば、平然と生意気な態度を貫き通す。



相当、ナメられてる。

本当、洒落になんない。




「俺ばっか文句言われてっけどさ。オカシイのはセンパイの方でしょ。」


「何が。」


「『好きだ』っつってキスしてんのに。」


「だから?」


「もっと他に、なんかねぇの?」


「ない。」



第一、"なんか"って何よ。

何が不満でそんな不貞腐れた顔してんのよ。



「言いたいことあんなら言えば?」



さっきから散々、言いたい放題言ってたクセに。



「だから何だっての。」



急に黙り込んだかと思えば恨めしそうな視線送ってきやがって。



「何とか言いなさいよ。」




本当はこんなヤツ、構わずほっとけばいい。

相手にする義務も義理もあたしにはない。




「ちょっと!聞こえてんでしょ!」



わかってる。

ただ見て見ぬフリをすれば良いだけだって。




「何なのよ!だったら他にどうしろって言うのよ、何が不満で何が足りないワケ!?」



変に関わったところでどうせ——…



「愛。」


「は?」


「センパイの、俺への愛が足りてない。」



……超ロクでもないことにしか、ならないんだから。



「センパイ俺が何しても、そんな顔しかしないよね。」


「そんな顔ってどんな顔よ。」


「それ。眉間にシワ寄せて、険しいってかイカつい顔。」


「悪かったわね、可愛げなくて。」


「ね。」


……ちッ。



「もっと笑えばいいのに。」


「元々こういう顔なの。」


「今思ったけど、俺センパイが笑ってんのって見たことない。」


「あぁそう。」


「センパイ笑ってみて。」


「無理に決まってんでしょ。」


「なんで?」


「アンタの前では笑わない。」


「なんで?」


「楽しいコトが何一つないから。」


「なんで?」


「アンタが憎らしいコトばっか仕出かすからでしょ。」


「ウザ。」




……お前がな!




はぁ。あたし、何やってんだろ。


コイツとまともに会話しようなんて、最初から無理だってわかってんのに。

真面目に答えても、無意味だって知ってんのに。



疲れる。

マジ疲れる。



おまけに相当ストレス溜まってる。

ただ一緒にいるだけで、ストレスが無限に溜まってく。


未だかつて出会ったことない、こんな図々しくて生意気で粘着質なヤツ。


……出来ることなら一生出会わないでいたかった。






「つーか、さっきから気になってたんだけど。志乃センパイが持ってるそれ、何?」



気になってたっていう割に興味無さげなその態度。

本当一々、勘に触る。




これ以上会話するのも面倒だから、聞こえなかったことにしてここはスルーを決め込んでおく。



「ねぇ、センパイ。」


……。



「聞いてんだけど。」


……。


「絶対聞こえてんじゃん。」


……。


「センパーイ。」


……。


「志乃センパーイ。」


……。


「志ー乃ーセーンーパーイー、」


……マジでしつけぇな、おい!


「……何よ。」



黙ってたら黙ってたで、余計に面倒事に巻き込まれる。


こんな往来で、バカみたいにデカい声で名前呼ばれりゃ嫌でも返答せざるを得ない。


どうせそれもわかった上でやってんでしょ。

嫌味なヤツ。




「だから、それ、何って。」



嫌々ながらも追った来栖の視線の先。


"それ"が指すのはどうやらあたしの手に握られてる一枚の紙切れらしい。



一見よくわからない略語がカレンダーに記載されただけの、なんてことないただの紙。



「スケジュール。」



どうせコイツには、あたしにとってソレがどれだけ大切かなんてわからない。

だから、これ以上の詳細な説明は不要。



「それは知ってる。何でセンパイがそれ持ってんの?」


「真野先輩からもらったから。」


「何で?」


「把握するため。」


「何を?」



さっきからバカの一つ覚えみたいな質問責め。


小学生か、お前は。



「スタジオ押さえんのよ。だから把握しとかなきゃなんないの。それを真野先輩があたしに頼んでるってことなの。」


「何でセンパイ?」



……はぁ。マジやってらんない。



「バイトしてるから。」


「バイト?」


「音楽スタジオでバイトしてんのよ。だから、あたしが頼まれてる。」


「センパイのバイト先を、俺らがこれから使うってコト?」


「そう言ってんだけど。」


「だからセンパイが俺らのスケジュール把握する為に、真野さんからそれ貰ってんの?」


「だからそうだって!」


「ふーん。」




もういい加減、殴っていいかなコイツ。

自分が散々しつこく聞いてきたクセに、ふざけやがって。


相手があたしじゃなかったら、とっくにシバかれてるわ!



「それって意味あんの?」


「は?」


「センパイが真野さんから、一々もらう必要なくね?」


「あるでしょ、じゃなきゃ面倒でしょ。」


「いやそっちのがどう考えたって面倒だろ。」


「はぁ?」


「そんなん俺がセンパイに教えるし。」


「意味わかんない。」


「俺がセンパイに教えた方が早いし。」


「超意味わかんない。」


「だからセンパイさー、」


「嫌。」


「連絡先、教えて。」


「絶対に嫌。」



そうくると思ってた。

絶対そんなロクでもない話だって気付いてた。



これまで幾度となくその台詞を聞いてきたから。

だけど絶対、あたしは屈しない。



「志乃センパイのケチ。」



なんと言われようと、それだけは譲らない。



「なんでそんな頑ななの。」


「いやむしろなんでそんな緩々なの。」



あたしだって、こうまでして断る理由はなんだろうって正直思う。

そんな意地になることじゃないってのも、わかってる。



だけど、どうしても解せない。

何がって言うまでもなく、コイツのこの態度。


根底にある"どうでもいい"ってのが滲み出てて、隠し切れてない投げやり感が否めないのに、



「まあ、そーゆうとこも好きだけど。」



簡単に、そんな台詞を吐けちゃうとこが。




「本当、顔色一つ変えてくんないね。」



だってどうしたって、本気だとは思えないから。



「ムカつく。俺如きに感情揺さぶられたりしないってその顔。」



あたしだってムカついてる。

躊躇なく思ったこと何でも言っちゃうアンタが。

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