第二話

なんかもう、どうでもよくて

5

季節は夏。


自由と開放感に満ち溢れる夏休み。

無論、そんな概念受験生には通用しないんだろうけど。


当たり前にそんなものに属してないあたしは、その自由も開放感も手にしてるっていうのに、



「だぁーっ!暑い!!」



灼熱地獄の中、毎日バイトに勤しんでる。



「ごめん志乃ちゃん。明日には業者の人来てくれるってからさ。」


「オーナーの所為じゃないんで、謝らないで下さい。仕方ないですよ。」



……こんな、ボロスタジオなんだら。



「今年はギリいけるかなって思ってたんだけどねぇ。中の機械系にお金掛けてたら、そこまで気も回らなくて。」



回らないのは、気じゃなくてお金でしょ。



こんな利益総無視の体制で、マネジメント能力なんて持ち合わせてないだろうオーナーの下に働いてるんだからそれこそ仕方がない。


本当にあたしなんか雇ってて大丈夫なんだろうか、なんて何度思ったかわかんない。


だからと言って、急に辞めさせられても困るけど。





去年からグォングォン変な音たててたエアコンが、先週ついに壊れた。


まあそうだろうなって思ってたけど、マジでぶっ壊れた。



それぞれの個室に完備されてるモノたちは、春にオーナーが大金叩いて新品に買い換えてたから、絶好調で運転稼働中のため問題ないとして。



その皺寄せの如く古びたまんまの受付は、入口真正面にある所為で今や外気温と等しいと言っても過言じゃない。



そんな倹約ぶりを発揮させるこのスタジオ。


あたしたち従業員だけが使う事務所という名の古びた一室に、エアコンなんて文明の機器が備わってるはずもなく。


受付すぐ横の廊下に設置された、年季の入ったシロモノの冷気を頼りに今時扇風機一台でなんとか過ごしてた。




それなのに、そのシロモノがうんともすんとも言わないんだから、そこはもう地獄以外の何物でもないって現状。



何をしようにも只管《ひたすら》暑い。

身動き一つ取れないほどに矢鱈暑い。



ただ、この状況を打破できる方法がないって訳じゃない。

それが唯一この地獄から抜け出せる手段だってわかってる。




…――その扉一枚挟んだ向こう側が天国だと言うことを、あたしは知ってる。





ただ、それが出来ないのが常識故であって。

だけど、そろそろ限界だとも思う。


寧ろそっちの方が思考を占めてる所為か、さっきから無意識に何度も扉を見つめてる……ってのに気づかないフリしてる。




マジでヤバい。

何がって暑さが。

それに耐えられそうにない自分が。


調子乗って夜更かししたのが仇になってる。

いや、夏バテだからって朝から何も食べてない所為かもしんない。



とにかく、一回休憩もらおう。

事務所に移動したところで暑さは変わらないだろうけど、ここで突っ立ってるよりは幾らかマシに違いない。



つーかオーナーどこ行った。

オーナー居ないんじゃ休憩出来ないじゃん。


いくら誰も来ないだろうからって流石に受付蛻の殻にするのは――…




「どう考えたってヤベぇだろその顔色。」




…――なんて心配も、手遅れっぽい。




新品稼働中の部屋から出てきたからか、自棄に冷んやりとした手に掴まれた腕。



自力で立ってるのか支えられてるのかも曖昧。


ギリギリ意識はあるから、それが来栖だってのは分かる。



だけど何で来栖があたしの腕を掴んでる?


あたしがヤバそうだって気付いたから?

こんな絶妙なタイミングで?



だったらもっと早くその扉を開けろっての。

そしたらこんな事にはならずに済んだのに。




なんて、そんな悪態つける状況じゃないけど。

ていうか、文句言えた立場でもないし。



どちらかといえば今伝えるべき言葉は、



「……ありがと。」



いくら嫌だと思ってもこれ以外にない。




多分もう一生、コイツには吐かない台詞だと思う。

後世に渡っても、二度とないって言い切れる。




だけど間違いなく今回の場合、来栖に非はないから―――、





なんて必死に言い訳を考える中、多分そこであたしの意識は途切れた。

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