第6話 初めての……
「いえ~い! 盛り上がっていくぞ~!!」
「い、いえ~!」
「…………」
「ちょいちょい、二人とも。一曲目だからって声出てなさすぎ」
イントロが終わって歌が始まるというところ────それでも歌声は聞こえてくることはなく、代わりのツッコミがマイクを通して大きく響く。
今日の放課後は乾さん、九条さんとともにカラオケにやってきていた。
お昼にいきなり言われたときはビックリして、午後の授業の内容はほぼ入ってこなかったけど……。
「そう言われても、そんなノリを出来るほうがおかしいじゃない」
「まあ、憬華はそうかもだけどさ。日坂ちゃんはどういうわけ?」
「私は、決まった子としかカラオケって来ないから……。テンション感が分からなくて」
「その子って小笠原さんかしら?」
「うん。こういうとこに来れる友達って、あかりくらいで」
「そう言われるとよく一緒にいるよね。でも、これからはうちらも友達でしょっ! ちゃんとノリにノってもらわないと!」
「この子の言う通りよ。もう、ただのクラスメイトでもないのだから」
面と向かって友達と言われたら、一気に顔が熱くなる。
けど、同時に嬉しさもこみ上がってきて、釣られるようにテンションも変に高くなってしまった。
「そ、そうだよね! 友達なんだし、これからはカラオケとかいっぱい行こうね!」
私なんかが二人の友達だなんて、一ヶ月前では考えられなかったことだ。
二人と付き合いたかったって願望を持つ者として、友達っていうところは複雑だけれど。
本来は関わることも出来なかった相手なんだし、そんな邪念は今は置いておこう。
頭を左右に振って整理していたら、乾さんが改めてマイクを持ち出した。
「じゃあ気を取り直して。日坂ちゃん、準備はいい? 盛り上がっていくぞ~!」
「いえ~いっ!!」
「そのテンションの高いノリは、定番みたくしないでちょうだい」
声にまで楽しさを溢れ出させながらニッと笑う乾さんと、仕方なさそうにしながらもどこか楽しそうな九条さん。
その様子をみれば、私も自然と笑顔になった。
再びスピーカーから流れ出したのは、さっき歌われることがなかった曲のイントロ。
私でも知っている、流行りのドラマの主題歌だ。
まず最初は、乾さんが歌い始めた。
下手かもしれないとは全く考えてもなかったけれど、あまりにも上手くて驚いてしまう。
盛り上げ上手で、溢れ出ている元気さも乾さんらしい。
あっという間に歌い終えると、次にマイクを持ったのは九条さんだった。
正直、何を歌うのか全く想像できない……。それに、すんなり歌ってくれるとも思ってなかったし……。
乾さんのときとは違った驚きを感じていると、画面には曲のタイトルが映し出される。
それを見て、思わず二度見してしまった。
九条さんが歌うのは、まさかのミュージカルの劇中歌。
高く空へと突き抜けそうな透き通った歌声が、狭い部屋を支配して一瞬で空気を変える。
当たり前のように上手く豊かな表現に、ただただ圧倒されてしまった。
九条さんが歌い終わると、私は気になったことを素直にぶつけてみる。
「九条さんってカラオケに来たことあるの?」
「片手で数えられるほどね。入学したばかりの頃に、親睦会としてクラスメイトの数人に半ば無理やり」
「聞いてよ~。その子たちとは行ったのに、うちとは一回も行ってくれなかったんだよ?」
拗ねるような乾さんの姿に、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
にしても、知らないところでそんな親睦会が……。
入学したばかりなんて、あかりと同じクラスだった喜びに浸っていたっけ。気づいたときには、すでにいくつかのグループに分かれていたし。
そんな過去を振り返っていると、九条さんが顔を赤くしながら言いづらそうに口を開いた。
「仕方ないじゃない。恋人と二人でカラオケなんて緊張するのよ」
「なんでさ!? あっ、もしかして密室だからって変なこと考えてるんでしょ」
「そ、そんなわけないでしょ。適当なこと言うのもいい加減にして」
やっぱり恋人とカラオケって、そういうこと考えるのかな。
にしても、この雰囲気……。
「ここ、私がいて大丈夫な空間……?」
「安心して。日坂ちゃんがいてくれないと、憬華が逃げ出しちゃう」
「逃げ出さないわよ……。念願のカラオケデートなんだから……」
九条さんって綺麗でカッコいいイメージが強かったけど、こういうところは凄く可愛いんだなと思う。
学校の九条さんを知っている人が見たら、ギャップで頭が麻痺するんじゃないだろうか。
「可愛いでしょ、憬華」
「えっ!? あっ、はい」
「日坂ちゃん、憬華の反応見てすごくニヤニヤしてたよ。うちとしては、分かってもらえて嬉しいけどね」
「そんなに顔に出てた……?」
「怪しまれるくらいには」
自分の頬を触って口角が上がっていたか確かめるけど、いまいち分からなかった。
笑っていた自覚はないけど、そんな気持ち悪い笑みを浮かべていたのか……。今度から気をつけないと。
「黙って聞いていたけど、からかうのはやめてもらえる? 私は可愛いってキャラじゃないでしょう……」
「そうやって、キャラを気にしてるところが可愛いんだよ~。ねっ?」
同意を求められて頷きかけたけど、九条さんのジトっとした視線に気づけば、私は苦笑を浮かべて誤魔化すしかなかった。
「お話タイムはここら辺にして、次は日坂ちゃんの番だよ」
「私も歌うの?」
「もっちろん。せっかくなんだし、歌って楽しまないと!」
「私だって歌わされたんだから、聞くだけなんて許さないわよ」
音痴ではないけれど、決して上手くもない私にとって、二人の歌を聞いた後だとかなりハードルが高い。
だけど、絶対に逃がしてもらえなさそうな二人の目付きに気圧されて、渋々マイクを持たされてしまった。
そうしてマイクを回しながら順番に歌ったり、休憩がてら会話したりすること一時間。
だいぶ場もあたたまってきて、私もこの空気感に慣れてきていた。
「ねぇ憬華、デュエットしようよ~!」
「もう勘弁してちょうだい……。私が音楽の流行に疎いことは知っているでしょう?」
「そんなこと言ってると、日坂ちゃんと歌っちゃうよ?」
「ちょっと、勝手に巻き込まないでよ!」
「私は聞いてるだけでも十分楽しいわ。あなたの歌が聞ける機会は、こういう場所だけなのだから」
「九条さんも、そこは嫌がってよ……」
こんな調子で二人のペースに巻き込まれて、私も歌わされている。
二人のことが好きな者としては、デュエットを聞きたい気持ちも強いけれど。恥ずかしがる九条さんの壁は、なかなかに手強かった。
「ちょっと飲み物取ってくるね」
「うん、行ってらっしゃ~い」
タイミングが良さげなときに声をかけて部屋を出ると、私はコップを片手にドリンクバーへと向かう。
まだ緊張しているのか、いつもより喉が乾いて飲む量も多くなってる気がした。
「この後どうする~?」
「え~あたしお腹空いた~」
「じゃあ、あそこ行かない? めっちゃ並んでたとこ」
特に変わったこともない何気ない会話。私がその人たちを見たのも何気なくだった。
反対側から来た人たちを見て、すぐさま目を逸らす。
そして咄嗟に駆け足で部屋へと戻れば、勢いよく扉を開けてすぐに閉める。
「あ、あの! って……」
「こ、これは、ちょっと流れで」
「ノックくらいしなさいよ……」
焦って部屋へと戻ってくれば、そこには九条さんの膝の上に座って迫っている乾さんの姿が。
見るからに照れている九条さんと、イタズラ笑い浮かべる乾さん。
尊いけれども、こんな短時間でそんな空気になるなんて……。私は大切なことを忘れそうになる。
「せめて、あの空き教室だけにしてもらえると……って、そうじゃなくて。ドリンクバーのところで、同じ制服の人を見かけたの!」
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