第2話 私の恋、終了のお知らせ!?

 どうしてこうなっているんだろう。


 いつもは一人ぼっちで歩く静かな通学路なのに────私は今、学校の二大美女に挟まれていた。



 なんで私の家を知ってたのとか、二人はどういう関係なのとか、色々気になることはあるけれど……。

 家を出てから今まで一言も会話が無く、とても朝とは思えない重苦しい空気が私たちの間には広がっていた。


「あ、あのぉ」


 さすがにもう耐えきれなくて、私は様子を伺うように右隣の九条さんを覗き込む。

 間近で見ると、綺麗すぎて眩しい……。

 そして中でも心を奪われたのは、九条さんの瞳。

 思わず見つめてしまうその瞳は、工芸品のように綺麗だった。


「見たわよね?」


「ご、ごめんなさい……っ!」


 鋭い語気でそう詰められると、私は咄嗟に目を逸らす。

 急に顔をジロジロ見られたら、誰だって不快になるよね……。

 特に九条さんのご尊顔は、私なんかが勝手に拝んでいいものじゃないんだから。


「どう思った?」


「ど、どうって……」


 目を逸らした先にも、また顔が良い人……!

 そう、左隣には乾さんがいるのだ。

 明るい声と可愛い雰囲気の見た目。何もかもが九条さんと真反対だけど、乾さんの顔も女子なら誰だって憧れる顔だ。

 うっすらとメイクが施されているのが近くで見ると分かって、綺麗なアイラインをつい目で追ってしまう。

 けど、また不快な気持ちにさせてしまうと思った私は咄嗟に両手で顔を覆う。


「何を勘違いしているのか分からないけれど、昨日の光景を見てどう思ったか聞いているの」


「目が合ったんだもん。見てないは通じないよ?」


「昨日の? あっ……」


 二人が言ってたのって、昨日の空き教室のことだったんだ。

 あれはあれで、悪い夢であってほしかったんだけど……。

 そんなことを考えている間にも、今度は二人に両側から覗き込まれてしまう。


 顔面の暴力がスゴい……!


 とりあえず、なんでもいいから口に出さないと。

 否定するか、それとも肯定するのか……。もう頭がパンクしそう。



「あ、ありがとうございますって感じでした……」



 なにを言っているんだ私は!



「えっと、違くてですね、今のは……」


「……引かないんだ?」


「へっ? なんで私が引くんです?」


「……決めた! いいよね?」


「そうね、私も適材だと思うわ」


 全く理解が出来ないうちに話が進んで、さらに頭が混乱する。

 私のレベルが低すぎて、二人の会話についていけてないのかな。

 朝からフル稼働の脳みそでもう一度考えようとすると──突然、乾さんが私の前に立ちはだかった。



「ねぇ、うちらと取引しない?」


「取引……?」


「放課後、昨日と同じ空き教室に来てちょうだい」


「バックレてもいいけど……。そうしたら、ちょっと怖い目にあってもらうことになるから。ちゃんと来てよねっ」


 きわめて明るい声でそう言い放つ乾さん。

 ウインクに撃ち抜かれそうになったけど、冷静に考えたらとんでもない脅しにあってる気がする。

 私の返事を聞く前に、くるっと向きを変えた二人は、分かれ道をそれぞれ別の方向へと歩いていってしまった。



 えっ、学校は……?






「はぁ……」


「どうしたの? そんな深いため息ついて」


 あまりにも憂鬱な雰囲気を醸し出す私を心配をしてか、隣の席のあかりが声をかけてきてくれた。

 今思っても、昨日の放課後の光景と朝の登校は夢なんじゃないかと思ってしまう。


「なんか、昨日からずっと頭がおかしくなってる気がして」


「優美子ちゃんの頭がちょっとズレてるのはいつもじゃない?」


「地味に酷い!」


「でも、それが優美子ちゃんらしいんだから」


「フォローになってないような……」


 あかりにそう思われているなら心外だ。

 でも、今日の私をここまで狂わせているのは、間違いなく原因になった人がいるわけで……。

 その原因の二人を、私は遠目から見つめる。


「どうして言われたことが分からないのかしら? 提出は今日のはずだけど」


「これだから頭が堅い人は。提出は今日、なんでしょ? まだ放課後まで時間あるじゃん」


 休み時間の教室では、相変わらずの言い合いが響いていた。

 そう、乾さんと九条さんは私のクラスメートでもある。

 登校中に別れたあの後は、それぞれ別のルートを通って学校に来たみたい。


「あはは……あの二人、またやってるね」


「うん、そうだねぇ」


 口喧嘩の様子を見て、隣であかりが苦笑を浮かべている。

 あれは演技で、本当は仲良いんだよ!

 なんて──今のこの状況で私がそう言っても、誰一人として信じないだろうなぁ。


 それにしても、取引ってなんだろう。


 口止めのことだとは思うけど、私に交渉権も拒否権も無いような気がする。



 そんなことを考えていたら全く授業に集中出来ず、気がつけば放課後になっていた。

 周りは部活に行く人や、寄り道の話をする人でそれぞれ。

 私もこの流れに乗って帰っちゃおうかな。

 そう思ったけど、ふと乾さんの言葉が頭によぎる。


 ────バックレたら、怖い目にあってもらうから。


 もし誘拐でもされたらどうしよう……。

 結局、脅し文句に屈する形で、しぶしぶ約束の場所へと向かうことにした。



 昨日の記憶を辿るように、私は重い足を進める。

 人けが少なくて、こっそり会うにはうってつけの雰囲気だなぁ

 そんなことを考えていると、あっという間に例の空き教室の前に到着してしまった。

 早くなっていく心臓の鼓動を落ち着けるために、一つ深呼吸。

 すると、ドアの向こうから話し声が微かに聞こえてきた。


「うちは憬華の真面目なとこ好きだかんね?」


「私も千波の明るいところに、励ましてもらっているわ」


 毎日、放課後にこんなことやってるのかな……。

 いけないとは分かっていても、こっそりドアに耳を当てて中の様子を探ってしまう。


「ねぇ、シよ?」


「ダメよ、昨日シたばかりじゃない」


「うちは毎日だってシたいんだもん」



 ────きゃぁぁぁぁぁ!



 思わず叫びそうになった自分の口を、両手で必死に押さえ込む。


 あんな甘えた声の乾さんはズルすぎない?


 見たい、このドアの先を見たい……。


「少しいいかしら?」


「ん、どうしたの?」


「聞き耳たてるなんて趣味悪いわよ」


「うひゃあ!」


 そんな言葉と同時に突然ドアが開くと、私はそのまま倒れ込んでしまう。


「いてて……あっ!」


 顔から派手に飛び込んだせいで、顔中にじんわりと痛みが。

 だけど、そんな痛みすら消えるくらいの圧を、目の前から感じるような────

 恐る恐る見上げると、鋭い目付きでこちらを見下ろしてくる九条さんと目が合う。



「えっと……大変申し訳ありませんでしたぁ!」



 その目を見たら、私の身体は自然と土下座で謝罪をしていた。


「盗み聞きなんて、褒められたものじゃないわね」


「全然気がつかなかったよ。すごいね、憬華」


「この子は気配がうるさいからすぐに分かるわよ。頭をあげてちょうだい」


 恐る恐る頭を上げると、九条さんの表情はいつも通りに戻っていてホッとした。


「ねねっ、どこから聞いてたの?」


「……お互いの好きなところを言い合ってる辺りから」


「それじゃあ、もう隠しようないね~」


「あ、あの……二人はどういったご関係で?」


「そのことも含めて説明するつもりよ。取引する上で、知ってもらわないといけないでしょうし」


「そだね! じゃあ、座って座って」


 乾さんに手を引かれると、そのまま奥にあったパイプ椅子に座らされる。

 二つくっつけられた長机を挟んで、二人は向かいに。

 重苦しい雰囲気を感じると、自然と私の背筋も伸びる。



「じゃあまずは……日坂ちゃんも興味津々のうちらの関係についてだけど──」



 私から聞いておいてなんだけど、いきなり本題なの……!?

 そんな動揺なんてお構い無しとばかりに、その事実は淡々と告げられた。


「恋人よ」


「うちら付き合ってま~す」


 やっぱりそうだった……。

 昨日の放課後から今までの出来事を考えれば、付き合ってるに決まってる。

 でも今日も教室では喧嘩してたし、何よりも信じたくなかったし……。

 心の中では必死に否定するようにしていたから、いざそう言われると少しショックだった。


「あれ、もしかして落ち込んでる?」


「何かの奇跡で、お二人と付き合えることを夢見ていたので……」


「それ、よく私たちに直接言えるわね。二人と、ってなかなかに最低な発言よ」


 そう言われても、それが私の願望だったんだから。

 叶わぬ恋なら、もうどう思われようと関係ない。


「まぁ、憬華は綺麗だし付き合いたくもなるよね~。あっ、あげないからね!?」


「取りませんよ!?」


「安心しなさい。私はあなたのものだから」


「えへへっ、やった」


 なんだろう、なんか心を刺された気持ちになるような……。

 顔の良い人たちのイチャつきを見れるのは眼福だけど、そこに私が混ざれないのがなんとも悔しい。


「話を戻すけれど、わざわざここに来てもらったのは、日坂さんにお願いしたいことがあったからなのよ」


「私に手伝えることなんて無いと思いますけど」


「いやいや、うちらは日坂ちゃん頼みなんだよ~」


 この二人が力を合わせれば、出来ないことなんてないだろうに……。

 特別に仲が良いわけでも、クラスの中心でもない私に何をしてほしいんだろう。

 ジッと二人を見つめて考えていると、口を開いたのは九条さんのほうだった。




「私たちの関係がバレないように手伝ってほしいの」

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