第3話 ちょっとヤバそうな女の子

「あなたは旅人さん?」


 しばらく話しているうちにお喋りに慣れてきたのか、女の子から質問をしてくれるようになった。

 俺はとりあえず頷く。


「そ。なんか目が覚めたらこの世界来てて、もう無理〜って思ってたとこに、お姫様が来てくれたの」

「そうなんだ……旅人さんも、迷子になっちゃうんだね」

「あ、わかってくれる? そう、まじで大変で泣きそうだったわ。あ、お姫様、俺のことはカイで良いよ。いや、つか、カイって呼んでくれたら嬉しいな〜」


 女の子はきょとんとして、一度瞬きをしてからにこにこと笑う。

 その曇りのない笑顔はまさに理想の彼女そのものだ。年上のおねえさんたちも嫌いじゃないが、やっぱり俺はこういう、同い年の彼女と付き合ってみたかったんだ。


「なんで? カイって、なに?」

「……あ、こっちの世界だと俺の名前って珍しい感じ?」

「お名前? 人間の迷子の旅人さんは、カイってお名前があるの?」

「そうそう。俺の生まれた国だとなんか強そうな意味だった気がするけど、うーん? 忘れたわ。それよりも、俺のお姫様は呼ばれたい名前とか無いの? 君の理想の呼び方で良いんだけど」

「呼ばれたい? わかんない……あのね、お姫様で良いよ。お姫様は嬉しいから……カイ、優しいね。ありがとう」


 ものすごく可愛い反応だが、同時にちょっと恐怖を感じる。多分彼女は家庭環境がヤバいタイプの女の子だ。家出仲間の中に、こういう不思議な女の子がいた気がする。


 けど、お姫様と呼ばれただけで相当嬉しいようで、照れくさそうな笑顔が可愛い。逆になんで誰も彼女をお姫様と呼ばないのか、俺には謎だ。


 彼女はどう見てもプリンセスそのものだ。テーマパークのお姫様って、多分こんな感じなんだろうなって思う。


 可愛いお姫様と一緒に冬のイルミネーションのように光る蝶たちの間の道を歩いていると、やがて開けた小さな土地についた。家と小池のある庭だけ木も岩もなく、その一帯だけが整地されている。


 光る蝶たちが舞う空間は幻想的で、それらに照らされた花々も妖しい水色を反射していた。

 しかし残念ながら街ではなく、薄暗い中で目を凝らしても、宿泊施設などは見つからない。


 もう完全に日も暮れそうだ。空はほとんど藍色に近づき、星が瞬いている。

 ダメ元で、泊まらせてと頼むしかない。


「お姫様、俺さ、実は今日泊まるところが無くて」

「うん! そうだよね。夜は危ないから、わたしのおうちに泊まって。おうちには温かいお茶もご飯もあるよ。お風呂も沸かしてあげるね。この辺りは夜になると恐ろしい魔物が出て、旅人の魂を食べてしまうの。だから安全のためにも泊まっていって」


 先程までよりも流暢に話す女の子にびっくりしつつ、俺は大袈裟なほど喜んでみせた。


 考えられる可能性は2つ。この子が俺に気があるか、もしくは美人局のぼったくり宿屋だ。


 頼む、前者であってくれ。


 ドキドキしながら入った女の子の家はよく整理整頓がされているが、至るところに置物やら植木鉢が飾ってある可愛らしい部屋だった。2階建てで、1階には台所とダイニングがある。


 他に家族はいないようで、ダイニングテーブルは小さく、2脚ある椅子のうちの片方には、王子か何かのような格好をした男の人形が置かれていた。


 女の子はその人形を適当な棚へ移し、俺に座れる場所を提供する。それはそれは嬉しそうな笑顔で、心から歓迎してくれていることが伝わってくる。


 もういっそこのまま、このこと同棲とかさせてくれないだろうか。そんな気分にさえなる。こんなに可愛い女の子が一人暮らしなんて、不便も危険もあるだろう。


「お客さんが来たら、まずは飲み物……お茶、お茶」


 歌を口ずさむような可愛い独り言がキッチンから聞こえ、俺は立ち上がった。するとぎょっとするような速度で女の子が振り返って、俺を観察する。


「え……あー、ごめん、びっくりさせちゃった? 俺に何か手伝えることある?」

「えっと……ううん、休憩しててね。お茶用意するから……」


 彼女は俺が座り直すまで確認するように見つめ、それからまたるんるんと楽しそうに飲み物の準備を再開した。


 多分ヤバい。多分俺が出ていかないかを気にしているようだ。


 こんなに可愛いのに、ちょっとヤバそうな女の子って……俺はどうしたらいい。いくら見た目や仕草が可愛くて好みだろうが、ヤバい女とは上手く付き合えるかわからない。


 少し待つと、やけにいい匂いが部屋中に広がった。甘い香りだ。元いた世界でも嗅いだことがあるような匂いだ。俺とは無縁の、お上品な匂い。


「はいどうぞ。毒は入ってないよ」


 余計すぎる彼女の一言に、そんなまさかと俺は笑う。


「まじ? 睡眠薬とか盛って、俺のこと襲ったりしない?」

「……」

「いや、そこで黙られると怖いんだけど……流石に冗談っしょ?」

「えへ、冗談……!」


 肩を揺らして笑う美少女。俺のお姫様。心の底から可愛いと思う。

 カップは元の世界のマグカップと変わらない。ただ100均のマグカップと違って、左右非対称に歪んだ形が手作りっぽく、逆に高価な茶器に見えた。


 何か作法があったとしても、俺にはわからない。俺の作法は、女の子が出してくれた食いモンは残さず食べる。それだけ。


 ほんのり甘いお茶は、香りは強いが味は普通だった。烏龍茶的な味だと思う。

 嚥下する俺を、女の子は嬉しそうに見ていた。


 ……飲んだ直後から、凄まじいほどの眠気。


 やられた。冗談じゃないじゃねえか。

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