オタクくん、俺さぁ、転移ってやつしたみたい
小谷シヲ
第1話 笑ってくれよ、オタクくん
「上原くんって不良っぽくて最初は怖かったけど、でも話してるうちに意外と優しいなって気付いて……もし良ければ、付き合ってください」
面倒くさいことが起きた。
それは学校の階段のずっとずっと上の方。屋上に続く、誰もいない踊り場。
急に呼び出された時の教室の雰囲気でなんとなく察していたが、いざ告白をされると困ってしまう。
「えっ、ないだろ。俺、下の名前やばいじゃん? 普通にやめといた方が良くない?」
「え?
俺は自分の名前が好きではない。カイザーって偉い皇帝のことらしい。完全に名前負けしてるし、そもそも名付け親のことも嫌いだ。
この名前のせいでまともなバイト先も見つからなければ、まともそうな大人ほど、俺とは距離を空けてくる。
「あー……でもごめん! 悪いけど俺、実は彼女いるんだよなぁ……本ッ当にごめん! 明日からも普通に友達でいよ。クラスの奴らに絡まれたら、全部俺のせいにして良いから! じゃ、また明日!」
なんて、俺には彼女と言える彼女などいない。ただ、家に泊めてくれる、お互いにとって都合のいい年上のお姉さんたちがいるだけ。
俺をほとんど一人で育ててくれたばあちゃんが死に、母ちゃんが彼氏を連れてくるようになってから、家に居場所がない。
しかし残念ながら、この現代日本の自然環境には寝る場所がない。公園で野宿しようとしたら警察にパクられかけたし、カラオケもネカフェも、俺のような高校生のお子様に寝床を与えてはいけないと、お偉い人達が決めたらしい。
家出仲間はやっぱみんな頭がおかしいし、中途半端に田舎なせいか、近所に支援団体さんとやらもいないみたいだ。
だからどうしても、ナンパで知り合った一人暮らしのお姉さんの家を何件か訪ねて、都合よく泊まらせてくれる人を探さないといけない。
けど、それももうそろそろ終わりだ。今日、俺は18になった。令和の今、18は成人だ。親が変でもなんとかなるんだ。
大人になれば、もう親はいらない。
お姉さんにスマホを借りて、何かしらバイトを探そう。そして自分のスマホを手に入れる!
「う、うう」
階段を降りていく俺の耳に、上の方からすすり泣くような女の子の声が聞こえる。
面倒くさい、面倒くさい、本当に面倒くさい……。
俺だって、普通に彼女とか欲しいけど、でも母ちゃんみたいな狂った女をこれ以上この世に生み出しちゃいけないし。
猫と一緒で、責任持てない奴に付き合う資格なんか無いんだよ。そもそもアイツのことは好きになってやれるかもわかんないし。
「……上原」
「おっと……あ、オタクくんじゃーん。今日は何のゲームしてんのー?」
階段を降りた先に、クラスで浮きまくってるヤバい奴が立っていた。こいつはたまに、椅子を投げて暴れてる系のヤバさだ。
この辺で一番頭の悪い奴らが集まる低偏差値のこの高校には、なぜだか俺みたいな脳天気なバカと、こういうよくわからない陰キャくんばっかいる。
オタクくんはよく教室の隅っこで一人、スマホゲームをしている。それを横から眺めて時間を潰しながら、時々こいつに話しかけて、俺は仲良くなったつもりでいた。
仲良くなっていた、そのつもりなんだけどさ。
「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね……」
マジで急にカッと腹が熱くなった。それが激しい痛みだと気付いた時には既に3回くらい食らっている。オタクくんが鋭利な刃が俺の腹を抉ったのだ。
がちヤバい。ヤバすぎる。
腹が熱くなったと思ったら、頭や手足の先っぽが冷たい気がしてきた。
「え」
ぼやけた視界がぐるっと回り、暗いようで赤い世界に、やけに大きく心臓の音だけが響いた。頭がグラグラしているようで、体に力が入らない。俺はいつの間にか倒れていて、そのまま起き上がれない。
「お前が悪いんだ! 俺をバカにしやがって! 笑うな! 俺を笑うなよ!」
また違うところに凄まじい痛みが走る。
ぐわんぐわんと平衡感覚も何もわからなくなっていく、視覚を失った世界から、感触も消えていく。最後に残ったのは聴覚だけだった。
「死ね! 死ね! 俺をバカにするな!」
何言ってんだよ。一番バカなのって俺じゃん。
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