第25話

 その頃、隙間の向こう側に顔を出したカーフといえば、


「モンスター!?」

「何だコイツ!?」

「撃て撃て!!!!」

「わわっ!? 待って待って!! 話を聞いて!? 助けに来たんだよ!」


 野生のモンスターと間違われて、撃たれていた。


 村の大人たちと同じように、聞く耳を持ってくれない彼らに、カーフは戻るべきかと、隙間の中で振り返った。

 だが、ふと思い出したそれに、動きを止めると、そっと隙間の向こうへ、それを落としてみた。


「…………」


 しばらくすると、銃声が止んだ。


 そっと、カーフが顔を出してみれば、その人たちは、困惑した表情で、落とした”簪”に目をやっていた。


「あのぉ……ちょっとだけでいいんで、話を聞いてもらえますか……?」


 カーフは、その明日葉の簪を拾いながら、彼らに声をかければ、彼らは顔を見合わせた後、おずおずと頷いた。


「――――つまり、向こう側に、小樟隊員がいるってことか」


 明日葉たちの任務の事と、壁の向こう側に明日葉がいることを伝えれば、軍部の隊員であるらしい彼らは、半信半疑といった様子で、カーフを見ていた。

 いまだに銃を下してはくれていないが、隊長であるらしい人が、数人を連れて、小声で話し出している様子に、とにかく待つことにした。


 本来、カーフはモンスターだ。

 使い魔になったとはいえ、それを知らない人からすれば、契約主である人が傍にいなければ、こういう反応になるのは、想像に易い。

 明日葉の簪があったからこそ、こうして話も聞いてくれたのだろう。


 カーフは、大切な簪を頭に戻しながら、彼らがこちらに向き直り、答えを出すのを待った。


「ひとまず、具体的な救助方法を確認させてほしい。恥ずかしい話だが、硬い木に覆われているおかげで、ここから脱出する手立てが思いつかないんだ」


 そう言われ、周囲に目をやれば、確かに、壁の向こうとは違い、腕で退けるには、少し硬そうな木が多い。

 怪我人はいないようだが、大人が通れるような隙間が無く、動けなくなっていたのだろう。


「小樟隊員が、この壁を破壊する、とかか……?」


 少し強張った表情で問いかける隊長に、カーフも、それは簡単かも。とは思ったが、すぐに明日葉が、現在、魔力を封印していることを思い出し、首を横に振った。


「ボクが、木を退けます」


 実際にやって見せようと、一本の枝を掴むが、妙に絡みついていて、カーフの力でも、一苦労だ。


「…………」


 枝を退かしたいだけなのに、これでは、木を一本抜くような状態になってしまう。

 これを何度も繰り返すのは、いくらなんでも、現実的ではない。


 カーフは、腕を大きくすると、枝を包み込み、吸収していく。


「これなら、いけそう!」


 邪魔な部分だけを、吸収していけば、木々の中に大人も通れそうな、小さな穴が出来上がった。

 カーフが、嬉しそうな表情で振り返れば、隊員たちは、困惑と感心が入り混じった声を漏らした。


 妙に生い茂る木々の一部を、次々とカーフが吸収して、道を作り進んでいけば、覚えるのある壁が見えてくる。


「アスハ、おまた、せ……寝てたでしょ」


 何故か、地面に座っている明日葉の頬には、土と草がついていた。


「寝てない」


 だが、否定する明日葉に、それを指させば、無言で乱暴にぬぐい取った後、否定するように、無言でこちらを見上げてきた。


「…………」

「…………」


 ダンジョンの中で寝るなんて、どう考えても危険だ。


「何かあったら、どうするの」

「殴る」

「…………」


 本当に、それで何とかなってしまうから困る。


「そもそも、カーフだって嘘ついた!! 様子見たら、戻ってくるって言ったじゃん!」

「そ゛、うだけど! 成り行きってあるだろ! 寝てるのとは違う!」

「”ほうれんそう”って言うんだよ! 基本だよ!」

「アスハにだけは、言われたくない!!」


 くだらないことで口喧嘩を始めてしまった、ふたりに、救助された隊員たちは、目を白黒させるが、明日葉の腰に吊るされた携帯から聞こえた冷静な声に、視線を向ける。


『そこの喧嘩はほっといて、所属を教えてくれます? 照合するんで』

「は、はぁ……」


 困惑しながらも、近江の質問に答えていく。


 未帰還者リストとの照合を終えても、喧嘩を続けている明日葉とカーフに、どう声をかけたものかと隊員たちが困惑していれば、こちらをちらりと見たカーフが、明日葉の口を塞ぐ。


「ごめんなさい……えっと、一緒に入口までついて行った方がいいかな……?」

「あ、いや、問題ない。この辺りは、先程のように、こちらを捕らえるような意思を感じない。我々だけでも、問題なく出られるはずだ」

「そっか! よかった!」

「こちらこそ、助かった。君が来てくれなければ、森の養分になるところだった」

「どういたしまして」


 カーフに口を塞がれたまま、まだ騒いでいるらしい明日葉に、隊員たちは、なんとも言えない表情になるが、カーフは一切振り返らなかった。


「え、っと…………その、なんていうか、すまなかった。知らなかったとはいえ、撃ってしまって」

「!」

「ううん。大丈夫! みんな、無事ならそれで――――」


 いいよ。そう言いかけて、明日葉の口を塞いでたはずの腕に、妙な感覚。

 振り返れば、見えてはいないが、明らかに齧られたような感覚。


「ボクの手、食べた!? ダメだよ!? 吐いて!! 今すぐ!!」


 慌てて、手を放して、肩を掴めば、明日葉の口から吐き出される、深緑と茶色の混じるカーフの体の一部。


「ぅぇ……へんな味……」

「勝手に食べといて失礼だな!? 全部出した!? 飲んでない!?」


 鈍い音を立てながら、明日葉の背中を叩くカーフに、隊員たちも、静かに頬を引きつらせるしかなかった。


「自分、こっちの寵愛子見たの初めてなんですけど、あんなん、なんですか?」


 軍部の最高戦力である寵愛子の一人。

 その力に見合う、教育を施される場合がほとんどであり、少なくとも、ダンジョンで、ひとり横になったり、使い魔と子供のような喧嘩をしたり、モンスターの腕を齧って吐き出すようなことはしない。


「あんなん、なんだよなぁ……」


 しかし、残念なことに、東部第一地区の軍部では、違和感のない光景であった。

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