3-9 五大湖

「しかしー」

 室内を支配している懐疑的な空気を一掃するように、ディール大統領は宣言した。

「これは正式な取り引き条件なのだ。提案を無視して、このまま何もしなければ、1年後に我々の地球は、見たこともない技術を装備した強大な宇宙艦隊によって壊滅する運命にある。それを防ぐ唯一の方策が湖の提供なら、真剣に考慮すべきではないか」

「しかしー」

 大統領と同じ言葉で疑問は投げ掛けられた。発言の主はハワード・ブレッド大統領首席補佐官だった。

「バイカル湖はロシアの領域です。あの国は我が国の提案に『ダー(イエス)』と答えるでしょうか」

 ディール大統領は小さく頷いた。

「その通りだ、ブレッド補佐官。あの国の大統領との取り引きは一筋縄ではいかない。無理に押し通せば、中国をも巻き込んだ戦争にもなり兼ねん。ディールは慎重にならざるを得ない。もし、まとまる可能性があるとしても、交渉にはかなりの時間が必要になる。そんな時間はなさそうだ。そこで私は決断した」

 会議室は異様な緊迫感に包まれた。ディール大統領は出席者を見渡し、おもむろに口を開いた。

「スペリオル湖1万2230立方キロ、ミシガン湖4920立方キロ、ヒューロン湖3540立方キロ、エリー湖483立方キロ、オンタリオ湖1640立方キロ、合計2万2823立方キロ。この五大湖をまとめてパーティクルに提供する。5つ合わせれば、水量はバイカル湖にほぼ匹敵する。我が国とカナダが地球を救うという犠牲的行為は、世界各国にこれ以上はない恩を売ることができる。国際社会を味方につければ、ロシアや中国を出し抜くこともできよう」

 大統領の突拍子もない案に助け舟をだしたのは、経済学者のカールハインツ・ヴァイツィンガーだ。

「当然、五大湖周辺の工業地帯は壊滅しますが、世界経済というレベルで考えると、それが最も被害を少なくする方法ではないでしょうか。既に我が国とカナダは工業生産のかなりの部分を海外に依存し、産業は空洞化しています。工業地帯の壊滅による損失は小さくはないがカバーできる範囲内と言えるでしょう。逆に言えば、この被害を世界に補償させるスキームを構築できれば、工業分野における我が国の再生にプラスに働くと言えなくもない。いくつかの観光地は失いますが、内需拡大につながる可能性は広げられるはずです」

 早々にヴァイツィンガーは「御用学者」らしい楽天的な結論を導き出してみせた。ディール大統領は満足げに頷いた。

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