ディールの代償

@yoshitak

1-1 招集

 それは有無も言わせぬ招集だった。

 リチャード・オースティンバーグ博士がいつも起床する午前6時ジャストに、郊外にある自宅のドアチャイムが鳴った。昨夜は旧友と深酒したため、チャイムが2階の寝室で眠る博士の耳元に届くまでに、恐らく十数回は鳴ったことだろう。

「何だ、こんな早くに」

 博士は眠気と怒りと若干の吐き気を感じながら、ふらふらと階下にたどり着き、居間で防犯カメラの映像を確認した。そこには黒いスーツに身を包んだ2人の男が立っていた。

<ブルースブラザーズか>

 博士は目をしばたかせた。小さな液晶ディプレイに映った黒ずくめの男は大真面目な顔つきをしている。まるでダン・エイクロイドのようだと、博士は思った。

「オースティンバーク博士ですね。早朝から申し訳ございません。国防総省のケント・アンドリュースと申します。緊急でお話ししたい事案がございます」

 そう言ってアンドリュースと名乗る男は、カメラに向かってIDカードを示した。

「国防総省?」

 博士はなじみのない官庁の名前に首を傾げた。それもそのはず、博士の専門は言語学。言語類型論の研究者であり、世界中の記号(文字列)の構成を比較して、その相違や類似を分析するのが専門だ。たまに関わるのは教育庁くらいで国防とは髪の毛一本ほどのつながりもない。加えて自分はテレビやネットによく登場するタレント学者でもない。

「今何時だと思ってるんだ」

 博士の至極当然の抗議にも、アンドリュースは顔色ひとつ変えずに答えた。

「緊急事態なのです、博士。とりあえずドアを開けてください。お願いします」

「嫌だと言ったら?」

 博士はまだ酒が残っている頭に耐えがたい痛みを感じつつあり、猛烈に機嫌が悪くなっているのを自覚していた。

「そう言わずに、博士。強制的な措置を取らせないでください」

「強制的だと」

「我々は大統領から直接の命令を受けて、博士のお宅にお邪魔しています」

「大統領…」

 オースティンバーグは回らない頭を必死に働かせたが、今の言葉の意味を正確には理解できなかった。しかし、言った。

「仕方がない。入り給え」


「昨夜は少し飲み過ぎたのでね。まずはコーヒーを一杯もらうよ」

 2人の男を応接室に通した博士は、不機嫌を隠さずに言った。

「どうぞ、ご随意に。我々はお待ちしておりますので」

 博士は未だ収まらないいらだちを何とか抑えながら、とりあえずキッチンに行き、3人分のコーヒーを淹れた。香ばしい匂いを感じて、少しだけ気持ちが鎮まった。

 およそ10分後に、応接室に戻ってみると、2人は部屋に通されたときのまま直立して博士を待っていた。

「何だ、座って待っていたら良かったのに」

 博士は2人の行動にますます警戒心を募らせた。

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