第一章  呪獣ノ叛逆者『ゼン』

ACT.2 洗礼

 …もう何度目の死だろうか。


 俺が『悪魔の力』を求め、ここ『罪骸之墟バビロン』に訪れてからずっと負け続きだ。

 13回首を刎ねられ、22回心臓を串刺しにされ、7回は生きまま食われた。

 …毒の罠に掛かったり、解けない『魔術結界』に閉じ込められを余儀なくされたのを含めると、ゆうに100事になる。


 …?人は一生に1回しか死ねないって?…あぁそうだ。だがそれはあくまで、『罪骸之墟ここ』では無い外での話だ。


 少なくと『罪骸之墟ここ』で死ねば、例外なく都の入り口のすぐそば…『枯れた噴水広場』に横たわっている。

 致命傷となった傷は、何故か何事もなかったかのように完治し、痛みも後遺症も無い…。

 何故こんな事が起こるのか俺に分かりはしないが、少なくともここ『罪骸之墟バビロン』に渦巻く呪いの一種なのだろう。…ここではすべて、外での常識が一切通用しない。

 そう認識するほか無い。…無学な俺がいくら思索しようが時間の無駄だからな。

 

 都中の至る所に彷徨う。ボロボロの装備を纏った自意識の無い『亡者』共ならともかくとして、剣や爆薬…あらゆる物理現象を透過して襲い掛かる『影の獣』や、長距離や死角から正確無比な射撃を行う『子鬼の斥候』…さらに集団になって『勅死の呪い』を連続して掛け続ける『朧げな外套』の群れなどは、ただの一介の傭兵剣士である俺にはどうしようも無かった。剣の腕がどれだけあろうとも…。

 

 一度体制を整えてから挑み直すかと、ここからすぐそばの大門から出て、砂塵が吹き荒ぶ都外に強硬突破も試みたのだが、気が付けばまた…。


 生還者がいないと噂されていたのはこれが原因だろう。ここ『罪骸之墟バビロン』は一度捕まえた愚かな好奇は決して逃さない。足を踏み入れた者は囚われるのだ…永遠に…。


 …だが不思議と恐怖は無かった。

 仲間も救えず、復讐も果たせなかった。脆弱なクズの自分の末路に相応しいとも感じていたからだ。

 『悪魔の力』を求めたのも、復讐は勿論のこと、大した力の無い弱い俺が、『悪魔の力』…その力を得る事で弱い自分と決別しようと思ったからでもある。

 …だから俺はこんなの根も葉も無い噂話をも、藁にも縋る思いで信じ、なけなしの路銀を使い果たしてここまで来たんだ。



 安易すぎる発想だろ?…俺はただ、本当は『死に場所』が欲しかっただけなのかもしれない。

 力もそうだが、罰も欲しいんだ、…が。


 俺はそう内証しながら、持っていた粗製の鋳造剣を支えにゆっくりと立ち上がり、自らの足を前に出す。

 俺はこれから何度も何度も、何千も何万を死を繰り返すのだろう。…だがそれでいい!俺には価値の無い命も時間も限りなくあるんだ!!魂が燃え尽きるまで暴れ回ってやる!!


「まぁ待ちなヨ…怖い顔した…お兄サン」


 突然の声に俺は驚き、声の方をよく凝視する。 

 目線の先には『枯れた噴水広場』の奥の壁面、獅子顔の彫像のすぐそばに、黒衣を纏った一人の若い『修道女』がその彫像を愛でるように優しく撫でていた。


 俺は反射的に持っている剣を構える。

 何度も死んでは『噴水広場ここ』に来ているが、少なくともこの辺りにだけは『魔物』はおらず、近寄って来ることも決して無かった!!

 …しかも人語を解す類か。厄介だな。俺は『修道女』に切っ先を向けたまま様子を見る。


「…いつから其処にいた?」


「アァ、やっと気付いてくれたんだネ。…ワタシはずっと此処にいて、何度も君に声を掛けたヨ?けど、君はワタシを無視して行ってしまうんダ…何回も、何回も…ネ」


 奇妙な事を言う。いや、『罪骸之墟ここ』では全ての物事が奇妙だ。今更驚く事では無い。


「質問を変える。何の用だ。何が目的だ!」


「目的?私自身の目的はナイヨ?…ワタシは『代行者』」


「…『主』は仰られていまス。…ト」


「貴様は弱い。余りに弱い!何故か?心に影があろうとが無いからだ…半獣よ…ト『主』は仰られていまス」

 

 こいつ…ずっと俺を監視していたのか。しかも俺を『獣人コボルト』とのハーフとまで見抜いていやがった!?耳や尾は装備の中に隠していたのに!!


「興じさせろだと!?死に道化じゃ満足出来ないってか?あぁ!?」


「『…が欲しいのだろう?』」


 目の前の『修道女』の声色が突然変わる。それに醸し出す雰囲気と存在感の圧がまるで別人のようだ。今の声は人間の女が出せるような物では無く、聴いた者の気分を暗澹させる、暗い地の底に久遠に響き渡るような重なり合う重低音の響きだった。

 何者かが憑りついた?魔物…いや、これは!!


「!?その口ぶり!!お前が『悪魔』か!!?」


「…『力欲しくば、我が元へ。我が元来たくば…従え、我が『眷属』に』」


 眷属…おそらく目の前の『修道女この女』の事だろう。彼女が案内人という事なのだろうか?…目の前の『悪魔』は俺の問いには答えずにそれだけ言ってから、存在感ごと煙の様に消え去る。『修道女』の雰囲気はさっきと同じような静かで荒涼としたものに戻った。


「あんたが『眷属』って事でいいんだよな?で?どうやったら悪魔に合わせてくれるんだ?何をすればいい?」


「難しい事ではありません。剣士様、どうぞこちらへ…」


 『修道女』はそう言って自身の傍の獅子顔の彫像の前に来るように促して来た。今更勘ぐって躊躇する理由も無い。もし騙されて死んだとしても、数え忘れたあやふやな死亡回数が一つ増えるだけだ。

 俺は迷うことなく獅子顔の彫像の前に来る。


「さぁ、手をここに…」


『修道女』は静かな仕草で俺の手を、獅子顔の開いた口部分に手を入れるように指示した。…なるほどな。俺は何となくこれからどういう事が起こるかを察した。

 そういえばは『太陽の国』にある『真実の口』にとても酷似してる。…もしこれがそれにまつわる伝説と同じ物だとしたら、これに手を入れた『偽者』は口に手を食いちぎられるって話だ。

 

「まずは覚悟を確かめるってところか…面白れぇ!!」


 俺は彫像の開いた口に手を限界まで深く突き入れ…叫ぶ!


「まさかこれで終わりって訳ねぇよな!!?…くれてやるよ!!この右腕も!命も!!『悪魔の力』が手に入るならなぁ!!」


 自身の叫びに呼応するように、彫像の口は俺の右腕を押し潰すように強く閉じられた!右腕の骨は砕け、肉と神経がすり潰される激痛が全身を駆け巡る!


「ぐっ!!!ああ゛っぁああああ゛ぁaaa!!!」


 俺は耐え難い激しい痛みに悶えながらも、『眷属』に覚悟を示す為に脂汗をかきながらも不敵の笑みを見せつけ、彼女に見栄を切った。そんな俺の精一杯の虚勢を見届けた彼女は、満足げに、静かに、微笑み返して来た。

 

 それと同時に彫像の目、鼻、口、穴という穴から、現在俺の潰れた腕から出ている以上の、夥しい量のどす黒いを腐った血を流し始める。

 とどまらずあふれだす大量の腐血は、遺志を持った流動性の生命の様に『枯れた噴水』の中に集まり、その杯を十全に満たされた噴水は渇きを潤していく。

 噴水内の腐血は溢れ出し、噴水頂部に佇んでいた歌う人魚の像は、満たされた腐血を広場一帯をまき散らした。

 

 ある種の幻想的かつ倒錯的な血の雨を見届けたまま、俺の視界は力尽きるようゆっくりと暗転していく。




——————————————————————————————————————


 …気が付けば俺はまた、広場の前で横たわっていた。辺り一帯の景色は、以前の様に渇き、荒涼としている。

 居たはずの『修道女』も姿を消しており、まるで先ほどまでの光景が嘘幻だったとの言わんばかりだった。


 …ただ一点、点があった。

 それは、俺のだった!

 元々握られていた粗製の鋳造剣の刃は、真ん中からぽっきりと折れており、それを包み込む…いや、これは骨を支える『筋繊維』だ。

 皮を剥いだ、剥き出しの上腕のような生々しい肥大化した赤黒い筋肉の束が、折れた鋳造剣と俺の右腕を正確に接続している…。

 まるで自身の右腕が魔物の肉で増築されたみたいだった。

 右手首の部分は肉で完全に覆われており、手首としての感覚は完全に無い。

 それにしても奇妙な感覚だった。俺は右腕の『肉塊』に対して、違和感も嫌悪感も感じない。…むしろ最初から俺はこの様に生まれ、今までそれを忘れていたかのようにも思い始めている。


 おもむろに、『肉塊』に埋もれ混ざった右手部分に思い切り力を込める…剣の柄を強く握りこむように!

 『肉塊』の、その筋繊維の隙間から刃が飛び出す!鹿の角のような、鮫の牙のような、虎の爪のような、竜の尾のような大小様々な堅牢な『骨刃』が、痛みと出血を伴いながら、俺の右腕に生え揃う!!



「ハハハ…ハハッハ!!!アッハハハハハッハh!!!!!!」


 気分が激しく高揚する!それは戦士に憧れる少年が、初めて本物の剣に触れた時の血沸き肉躍る、闘争本能に基づく抑えきれない興奮だった!!!

 

 切る!!斬る!!キル!!!KILL!!!!


 何でもいい!今はただ、…貫きたい!砕きたい!!引き裂きたい!!!押し潰したい!!!!

 額からは汗が、右腕からは鮮血が滴りだす。

 俺は血眼で辺りを舐めまわすように見渡す。敵はいないか?獲物は無いか?…そうだ、ここはまだ、『安全地帯』だったな!!

 思い出したと同時に駆け出す。

 血に飢えた獣のように…戦を求める狂戦士のように!!!



 ——————————————————————————————————————


 …その青年は呪われていた。『獣人コボルト』に孕まされた娼婦に産み捨てられ、差別受けながらゴミを漁る野良犬のような幼少期を過ごした。そうやって成長した結果社会を憎み、世界を恨んだ少年は、ある日小銭を稼ぐため、とある名のある傭兵団の団長を相手に強盗を働く。

 

 当然返り討ちに会い、死を覚悟するも、傭兵団の団長は彼を気に入り仲間として迎え入れた。少年は傭兵団そこで無償の愛と信頼を知り、疑似的だが家族が出来た。それは彼にとってかけがいの無い幸福時間だったが…長くは続かなかった。

 

 たまたま駐留していた都市の政治的陰謀に巻き込まれ、雇い主の政争相手が差し向けた刺客達によって『傭兵団』は壊滅させられた。

 団長及び団員達全員が、一番若く純粋な青年を自らの命と引き換えに守り抜き、青年だけは辛うじて生き残った。

 

 家族を奪われた青年は復讐を誓い、数か月の後にその都市の王となった黒幕を襲撃した。

 青年は王を斬りつけはしたが、止めを刺すことは叶わず、親衛隊に拘束され投獄される。

 

 彼はそのまま斬首刑を宣告されたが、処刑日の前夜に、何故か刑罰が『追放』に変更され、彼は訳も分からぬまま夜の荒野に捨てられた。


 青年は自らの無力と運命に絶望し、失意の中亡霊のように彼方此方を彷徨った。その旅の最中で偶然耳にした、『罪骸之墟バビロン』と『悪魔の力』の話に魅入られた青年は、持てる全ての力と僅かな情報を頼りに、やっとの思いで『罪骸之墟ここ』にたどり着き、今現在、こうして命の限りに足掻き続けている。

 

 運命を否定する為、弱き自身と決別する為、全てを叶える『悪魔の力』で『傭兵団家族』と再会する為…。


 青年は叫ぶ。血に塗れ、喉が涸れ果てても…。


 「力を!俺に力を!!…もっと『力』を!!!」


 青年の名は『ゼン』


 哀れな半獣。泣き叫び、駆ける狂戦士ベルセルク













 …呪獣ノ叛逆者『ゼン』


 


 

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