剣と魔法とアブダクション

@iichiko

第1話 キャンスさんはキャッチしてリリースした

「みんなー! 今日はありがとうーっ! Have a nice day!」

「あかりん! あかりん!」


 小さく飛び跳ねながら手を振るアイドル。

 俺は、彼の映る画面にペンライトを振りながらコールを繰り返す。

 すらりと伸びた美脚。ちょっとゴツイ手。喉や腰回りを隠す衣装。そう、彼は男の娘アイドルのあかりちゃん。女の子にしか見えないルックスと、そこから出てくる低いイケボのギャップで性癖を歪められたファンは数知れず。しかたないよ、KAWAIIの化身だもの。


「ライブ行きたかったな」


 画面の中で手を振るアイドルの姿を見ながら、表情をスンッと消してスーツに着がえる。

着ていた『あかりんアイドル伝説』のTシャツとハッピは丁寧にハンガーにかけて神棚の下に掛ける。

 仕事だ。今日はライブだというのに。チケットが取れていたというのに。ちゃんと有休を申請していたというのに。


「俺の怒りと憎しみを液体に変換できたのなら課長の家は水没する。35年ローンと共に」


 だが、それだけでは止まらなくて地球の海面が上昇して大変な事になってしまうかもしれない。だからこれで良かったんだ。俺にそんな力が無くて良かったな地球人類よ。

 小さく呟きながらカバンを手に取り、名残惜し気にDVDの電源を消して家を出る。

 モチベーションは限りなく低い。生きているのが辛い。ゴミ出しに出て来た隣人に挨拶をしてすれ違うが、『LOVE☆AKARIN』のハチマキも、手に持ったペンライトもそのままな事に気づいていない。心が出社を拒否しているのだ。


 そんなイヤイヤ期の三十歳児の通勤の最中に、空から光が降り注いだ。足元が消え、吊るされるように宙に浮く感覚。そしてそのまま俺は意識を失った。



 ふと目が覚めると、白い床の上に倒れていた。


「まさかこれは、異世界召喚されたり転生する時のあの白い空間?」

『ゴメンねぇ、空間はちょっと用意出来なかったから空間プロジェクターでそれっぽいの映すから勘弁してねぇ』


 安っぽいボイスチェンジャーを通したような甲高い合成音声が聞こえる。

 周囲が真っ暗になり、上下左右に星が映された宇宙空間仕様になる。そして目の前には金属光沢のテルテル坊主のようなものが浮いている。

『私はウチュウジンです』

「フラットウッズモンスター?」

 

 フラットウッズモンスターは、フラットウッズという街で目撃されたスペードのエース見たいな形をした三メートルの未確認生物だ。それの小さい版みたいのが目の前に浮いている。


『話が早い。そして右手をご覧ください。銀河の端っこです』


 言われた通りに右を向いてみると、逆と言われる。自分の右側かよ。そして言われた通りに見てみると、正面側にはたくさん映っていた星々が無い。


『今、私の宇宙船に居まして、外の景色をそのまま映してます』

「どういう事?」

『説明しよう』


 宇宙人を名乗るテルテル坊主は、A4のコピー用紙をどこからともなく取り出すと、ボールペンで点をたくさん打ち始めた。あっという間にそれは渦巻き状の姿を描き始める。


『これ、あなた達のいる銀河系です。太陽系はこの辺』


 クルっと小さく丸を付ける。


『そして今いるの、この辺り』


 銀河系の絵の端っこに丸を付ける。


「つまり、星々が密集している場所の端っこだから、外側には星が無いので見えない?」

『話が早い。その通りです』


 いきなり変なモノに変な話をされた。理解が追い付かな過ぎて混乱する暇も無い。


『それでですね、あなたは自力では日本に帰れません。誘拐とも言えますが、ある意味では異世界召喚と同じだと思ってください。そういう設定だと』

「設定?」

『はい、アナタは異世界に召喚されて、特殊能力貰って、冒険します。私はそれを見て楽しむ。あなたも好きでしょ、そういうの』

「いや、読むのは好きだけど、嫌だよそんなの! 俺を日本に返してくれ!」


 なんなんだ。いきなり変なところに連れて来られて異世界召喚って。いや、確かにライトノベルのテンプレと同じだなと頭の片隅で思う。そのお約束との類似がわかってしまうので、訳が分からないなりに奇妙に納得してしまう。


『いいですね、日本に帰りたいって台詞、いいですね。わかりました、魔王倒したら帰してあげます! ワクワクしてきました。ちょっとね、あなたの身体をいろいろ弄っているので、直さないと地球で生存できないので準備はしておきます』

「おい、何してるんだ」

『脳を弄ってこの星の言語を母国語として理解できるようにしてます。あと、地球人類にとって毒になる物質が大気にあるので内臓にも少し手を入れて無毒化しました。あとは私と連絡ができるように通信機とGPSですね』


 体のあちこちを触ってみる。特に傷があるようにも見えないし痛みもない。だが、何かをされたという気味の悪さが込み上げてきた。


「何てことしてくれてんだよ! そういうのやりたければ自分で無双とかすればいいじゃないか、なんで俺なんだよ!」

『やったんですよ、無双も内政も。でもね、私思ったんです。私は読み専だなって』

「自分で活躍するんじゃなくて、人を活躍させて見ていたい、と?」

『そうそう』

「あまりにも勝手じゃないですかね」

『大統領とも密約できてますし、年に数人なら条約の内です』


 なんだその条約。ムーに書いてありそうな宇宙人と大統領の密約、本当なのかよ!


『申し遅れました、私はチーリリ星のアッド氏族キャンスと言います。地球のラノベとレトロゲームにハマって自分でもやってみたくなったクチです』

「そういうのは小説書くとかするんだよ、普通」

『やってみたらできたので』

「倫理観どうなってんの」

『あ、私は前に無双した関係で神の一柱として認識されているので、私と通話したい時は祈りを捧げてる風にするといいですよ。キャンス神の信者って事にすれば身分も作りやすいです。そろそろ着きますので心の準備してネ』


 壁面の全周囲モニターに映る星空の中に、青い星がだんだん大きくなってくる。

 地球によく似ているが、大陸の形が全然違うようだ。


「なんだこの星、大陸が一つしかない」


 オーストラリア一つで、残りは全部海。そんな星だった。





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