あなたの傷

第7話

~芽衣~


冬は夏と同様長くて、毎日が冷え込む。

あれから雪は降らなくて、そしてあたしと千里はさらに絆が深まったように思う。

あたしも前よりも心がやわらいでいる。


2月。

もう少しで、観里の命日がやってくる。


前に進めたと言っても、あたしはまだまだ。

お墓参りにもまだ行けてないし、あの日から1年経つという事実はあたしに重くのしかかっていた。


そんな今日は、4時間目の授業に出ていたら何やら窓際の生徒が騒ぎ出した。

その声につられて窓の外を見ると、ちらちらと舞い落ちる雪。

クラス中が湧き立った。


あたしは口元を引き締める。

少しざわざわする心…。


だけど…。


不思議と、前みたいに呼吸が乱れたりしなかった。

少しのざわざわ。


それだけ。


あたしは確実に前に進んでる…。


スマホに通知が来る。

見ると、千里から『大丈夫か?』の文字。

千里はいつでもあたしのことを気にかけてくれる。


『ありがと。昼休み、屋上来てよ』

そう送る。


その言葉通り、4時間目が終わり、2人で屋上にそろった。

雪はもさもさ降っていて、薄く雪が積もっているので、あたしたちはまた屋根の下でそれを眺めた。


「千里…あたし、多分ね、ほとんど観里の死を乗り越えたんだと思う」

「…」

「もちろんまだまだ受け入れられない部分は多いよ。それでも、この1年で随分変わった。前みたいにあの日から遠ざかるのが怖いとも思っていない。今はどちらかというと…乗り越えた上で、観里との思い出を大切にしたいと思ってる」

「そうか…」


千里は優しい顔であたしを見ていた。

あたしはその表情がなんだか嬉しくて。

雪の降る寒いこの場所も気にならなかった。


「千里のおかげだよ、ありがとう」

「そう言ってもらえて…良かった」

「だからね、あたし、観里の一周忌もちゃんと出られると思う」


観里が死んでから、色んな法要の案内をご両親からもらっていたけど、あたしはお葬式以外どれも行けなくて。

それを今は少し後悔もしている。

観里だってあたしに来てほしいと思っているはず。


だから、一周忌こそ…行こうと思ってる。


あたしの決心に、千里は優しい顔を崩さない。

だけど…どうしてかな。


その優しい顔に少し複雑な表情が織り交ざっているような気がした…。



そして、迎えた命日。

忘れもしない、2月21日。


その日は平日だったけど学校を休んであたしは観里の一周忌に出掛けた。

一周忌は観里の家でひっそりと。


制服に腕を通して、準備をしてあたしは観里の家へ向かった。


久しぶりの観里の家。

近づくにつれて緊張が増す…。


だけど、着いた観里の家では、ご両親があたしのことを歓迎してくれた。


「お葬式以外ろくにご挨拶もせずに…ごめんなさい」

「いいの。芽衣ちゃんの気持ちは分かってるつもり。今日は来てくれて本当にありがとう。観里も喜んでると思うよ」


ご両親はすごく優しかった。


だけど、奥にいる千里は…。

なんだかいつもより表情が固い。


なんかこの前から変だよ…。

どうしたんだろう…。



それから家で法要が簡単に行われ、あたしたちはお墓参りをすることになった。

初めて行く観里のお墓…。

緊張する…。


ちょっと胸が苦しくてドキドキする心臓。

それでもどうにか着いたお墓。


観里の名前が彫ってある…。


観里…。


目にするとやっぱりあたしには残酷で。

涙をぐっとこらえた。


隣にいる千里の裾をきゅっとつかんだ。


だけど…。


千里がそれをやんわりと外して。


千里…?


あたしは不思議な顔を千里に向けたけど、千里はまっすぐと前を向いていて、何を考えているのかは分からなかった。


順にお墓にお線香をあげると、本当に観里が死んでしまったのが、改めて分かる。

お墓の前にあたしはたまらなくなって泣き崩れた。


「芽衣ちゃん…」


観里のお母さんが、あたしと一緒になって泣いてくれる。

お母さんに背中をさすられながら、そのまましばらく泣いていた。



一通りお墓参りが終わって、あたしたちは観里の家に戻る。

ここからは、おときと言って簡単な会食。


出された食事をあたしはご両親と観里の話をしながらつまんでいた。

観里の思い出話をするこの時間なんかもあたしは切なくて泣きそうだったけど。


以前はそれすらできなかったように思う。


1年でよくここまで成長したと思う…。


千里のおかげだよね…。


っていうか千里がさっきから見当たらない…。


あたしはご両親にお手洗いに行くと言って席を立った。


千里…どこ?

トイレにもいないし…。


2階に上がってみた。

何度も来たこの家。


観里の部屋も千里の部屋も2階にある。


奥から物音が聞こえた。


「千里…?」

音は観里の部屋からだった。


近づくにつれ、それは人の声だと分かった。

観里の部屋をそっと開ける。


そこには…号泣している千里の姿があった。


「千里…どうしたの、千里」

あたしは千里に駆け寄って背中をさする。

千里は涙が止まらないようだった。


千里がこんな姿になるなんて…。

今まで見たことがない。


あたしが泣いてるそばで支えてくれていたことがあっても、千里の涙なんて…。


「千里、大丈夫だよ」

そう言ってとにかく背中をさする。


「芽衣…俺、ダメかもしれない。俺はやっぱり、観里には…報えないのかも」

「なんのはなし…?」

千里は泣きながらよく分からないことを言う。


だけどとにかく目の前の千里が辛そうで、あたしは必死だった。

思わず千里のことを抱きしめる。


そのまま背中をさすると、千里ははっとしたように、動きを止めて、あたしを離した。

そして立ち上がる。


両手で顔を覆って、それから涙をぬぐって。


「ごめん、取り乱した。…忘れてくれ」

そう言って、あたしを置いて部屋から出て行った。


千里、どうしたの?


あたしには何がなんだか分からなくて。


だけど、千里には千里の大きな傷があるのかもしれない。

そう思った。

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