守ってやるよ

麻井めぐみ

守ってくれる人

第1話

~芽衣~

忘れられない日はいつだって天気の悪い日だった――



今日も、いつもと同じ朝。


「おはよう」

朝の挨拶も


「いただきます」

朝ごはんも


「早く準備しなさいよ」

「わかってるよ」


身支度も

「いってきます」


そして、一人でまっすぐ向かう学校も。


何もかもがいつもと同じ。

観里みさとのいない朝。

あたしの毎日には、観里がいない。



岡崎 芽衣おかざき めい 15歳。

恋人の瀬川せがわ 観里を4か月前に事故で亡くしてから、あたしの毎日は色を失った。

観里はあたしのすべてだった。


小さいときからご近所で一緒に育った観里。

気が付いたらお互い両想いで、小学生のときからずっと一緒。


正式に付き合ったのは…中学1年生のときかな?

それまでなんとなくお互いの気持ちを分かったつもりではいたけど、観里が突然「俺と付き合って」って言ってくれて。


すごく嬉しかった。


あたしより2つ上の観里は誰よりも輝いて見えて。

そんな観里がこの世界で誰よりも好きだった。


どうしてあたしのことを置いて行ってしまったの?

あたしの毎日には色がない。



学校に来るまでの間、ずっと悪かった天気は、学校に着いた瞬間に大雨に変わった。

梅雨の季節。

あたしは灰色の空が大嫌い。

授業に出る気力がないなんていつものことだけど、今日みたいに天気の悪い日は特にそう。


それに、机の上の落書き。

また増えてる…。


『ブス』とか『死ね』とか…。

しかも先生にバレないようにあんまり大きい文字で書かずに鉛筆でひっそり。

どうやらあたしはいじめられてるらしい。


友達も一人もいない。

入学してからずっと暗いあたしに友達なんてできるわけもない。


話しかけてくれる子もいたけど、ほとんど無視に近い状態で対応していたら、その話しかけてくれる子が気性の荒い子だったみたいで、そこからたまに嫌がらせされるようになった。


でもそんなことどうだっていい…。

何されたって、今のあたしには響かない。

『死ね』なんて、死の重みを分かっているあたしには逆に響かないよ。


あたしは、授業をサボって一人屋上に向かった。

高校に入学して2か月なのに、あたしはもう何回授業をサボってるんだろう…。

でも苦しいんだもん…。


どうせ来たくない学校だから家に引きこもろうと思ったこともあったけど、家に一人でいたらあれこれと考えてしまって余計苦しくなることがわかって、それからは一応学校には来てる。


屋上の、屋根のあるところでぼーっと雨を眺めていた。

気が付いたら涙がこぼれていた。


涙って止むことがないんだな…っていうのが最近新しく知ったこと。

いくら泣いてもこうして新しく涙は湧いてくる。


そのとき、あたしの後ろから「芽衣」と優しくあたしの名前を呼ぶ声が聞こえた――。


観里の…声…。


「観里!?」


咄嗟にあたしは振り返る。


でも、そこにいたのは…。


「久しぶり」

千里ちさと…」


観里の弟、あたしと同い年の千里だった…。


観里かと思った…。


そうか、千里の声って観里とそっくりだったね…。


「何してんの、こんなとこで」

「サボり…。千里こそ…」

「俺もサボり」

「不良じゃん…」

「そっちこそ」


2人でなんとなく軽く笑い合って、雨を眺めた。


同じ高校の千里。

観里とは3人で幼なじみとして仲良くしていた。


観里が死んでからはほとんど顔を合わせていない。

学校ですれ違うこともあったけど、なんとなく距離を置いていた。


あたしは改めて千里の顔を見た。

茶髪だった観里と違って黒髪の短髪。背も、身長の高い観里と違い平均くらい。


全然違うけど、顔立ちはそっくり…。


その大きい目なんて、観里とほとんど同じなんじゃないかっていうくらい。


その顔を見ていたら、なんだかまた泣けてきた。

あたしは千里に悟られないように、正面に顔を戻した。


「天気…悪いね」

「そうだな」

「梅雨って嫌いだなあ…」


観里の死んだ日も天気の悪い日だった。


その日は大雪で。

前日の夜、観里とやり取りしていたことが思い出される。


『明日は大雪らしいよ』

『へー! 積もるかな?』

『多分積もるんじゃない?』

『じゃあ雪遊びしよ! 雪だるま作ったり、雪合戦したり』

『いいけど、その前に芽衣の合格発表が先だね』


観里とした雪遊びの約束は果たされることはなかった。

そして、ちょうどその日はあたしの高校合格発表の日で。


観里と同じ高校に行きたくて一生懸命勉強した。

明日は早く起きて、合格発表を見てから観里と遊ぶんだって思ってた。


それなのに。


“芽衣、起きて!”

“どうしたの、お母さん”

“観里くんが――”


起きたその時、観里はもうこの世にはいなかった。

雪につられて散歩に出て、スリップした車に跳ねられたって…。


そこからあとのことはもうほとんど覚えていない。

あまりにも身に起きたことに現実味がなさすぎて…。


起きて観里のことを聞かされたあの朝から、あたしの時間は止まっている。


とにかくただひたすら、毎日を泣いて過ごしていた。


そんなことを思いだしたらまた涙があふれ出す。


「帰る頃には止むといいな…って…」


千里があたしのことを見て、ぎょっとした。

あたしはもう止まらない。


「千里…あたし…どうしよう…」


千里があたしの前でおろおろとしている。

あたしはそれでも泣き止まなくて。


「どうしたんだよ…」

「千里ぉ…」


千里にしがみつくようにあたしは泣き続けた。

観里にそっくりな千里のその声が、あたしに色んな感情をもたらす。


ずっとその声を聞いていたい、いや、これは観里のものじゃない。


観里…観里に会いたいよ…。


「どうしようもなく、怖くなるの…。観里がいた日から遠のいていく夜の闇とか、観里がいなくなった心の虚無感とか。そんなものがずっと心を支配している」

「…」

「観里があたしのすべてだった。それなのに夢にすら出てこない。夢でもいいから会いたいよ…」

「芽衣…」

「観里がいなくなるのが怖いよ…。でもそんな恐怖から守ってくれる観里はもういない。あたしは…どうしたらいいの?」


あたしはそう言って泣き続けた。


そして、千里は。


千里は、泣くしかできないあたしにこう言った。


「俺が、守ってやるよ」


「え?」

あたしは、突然の千里の言葉に、涙が一瞬止まる。


千里…?


「観里がお前を守れなくても、観里の代わりに俺が守ってやることはできる。俺が、お前を夜の恐怖や不安から守るから。だから、もう泣くな」


真剣な表情で、優しい声で。

そう言う千里に、あたしはまた涙があふれてきた。


「泣くなっつったろ…」


千里はそう言って、困った顔で、あたしの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


それが、あたしたちの物語のはじまりだった。

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