第3話 平坂黄泉


「今や日本は長い不景気に加えて、やれ、戦争だ、やれ、増税メガネだ、やれ、転売ヤーだ、危機的状況が我々、高校生の目前まで迫ってきておる!!」


3年4組の教室で俺の悪友『メガネ』こと岸田文彦は教壇の前で演説をしていた


周りにはコイちゃんと、ガースーと、ゲルという剣道部のいつもの面々が集まっている


「米の値段も、キャベツの値段も、庶民の味方だった卵の値段も上がっておる。そして、ついに恐れていたことが起こった。起こってしまった」


「なんだよ。メガネ、その恐れていたことってのは」


馬鹿馬鹿しいと思いながら俺は一応、尋ねてやる


「聞いて驚くなよ、驚くなよ、驚くなよおお!!それはなそれはなあ!」


筆箱をマイクにしてメガネは続ける


ゴクリ


俺たちは唾を飲み込んだ


「『喜楽亭』のカツ丼が400円から600円に値上げすんだよおおお!!」


「なんだって!」


俺を除く三人は驚きの声をあげる


「『喜楽亭』は部活後の俺たちの憩いの場、そいつは大問題じゃねえか」


「全然、セクシーじゃないよそれ」


「喜楽亭の親父のカツ丼はうまくて安いが売りだったのに!俺たちはまだいいよ、もうすぐ卒業だから。だが残された後輩たちが哀れだぞ!」


断固抗議すべきだ、盛り上がる剣道部OB


「なんだ、そんなことか。俺はもっと重要なことだと思っていたぞ」


俺は呆れたようにいう


メガネは俺にむかって筆箱を投げつけた


俺は首を傾けて飛んできた筆箱をかわす


「馬鹿野郎!真守!お前がそんなんだから!!」


「メガネよお、ダメダメ、こいつは上級国民なんだ。俺たちとは所詮、住む世界が違うんだよ」


とゲルが言う


はあ〜、俺はため息をついた


「おいおい、家とか親は関係ねーだろうが。露骨に俺を外すなよ。で、一体、何すんだ?」


「署名だ。剣道部をはじめとして野球部、サッカー部、弓道部、柔道部などなど、この学校だけでも、あの店の世話になっている生徒は多い。署名を集めて喜楽亭の親父に抗議してやるのだ!」


おー!


全く、こいつらは、もうすぐ受験だと言うのに、こんなことをしている場合じゃねえだろーが


とはいえ、『喜楽亭』のカツ丼は俺も部活後によく食べたが美味かった


高校生の経済力で400円から600円に上げられちゃあ、財布が厳しい


中には、カツ丼が食べられなくなる生徒も出てくるかもしれねえ


こいつらはこいつらなりに残された後輩のために、動こうとしているんだ


ここは俺も、協力してやろうじゃねえか


ガラガラガラ


扉が開かれて背の高い男が入ってくる


赤頭アカズケンジ


オールバックにした赤い髪に白人とのハーフらしい俳優のような顔つきだ


3年4組の俺たちの担任だ


優しそうな甘いマスクをしているが、こいつは度を超えた女ったらしで俺たち生徒の間でも有名だ


女をその顔で釣って、自分のギャンブルや遊行の金を搾り取る


前の学校では女に色気と暴力で金を催促しまくった挙句、それがヤクザの兄貴に知られてボコボコにされて、遂には、それが明るみになって辞めさせられた


そんなことは、俺たちは、知っている


俺たち全員、知っている


だから俺たちはこう言っているんだ


「アクズ先生、おはようございます!」


メガネたちはあいさつをする


「あ、アクズとか、いうなよお〜、僕、先生だよ」


「うるせー、女ったらし、ろくでなし!お前なんかアクズで十分だ」


このアクズと言う教師、女には強いが、男にはめっぽう弱い


俺たちはそれも、知り尽くしているから、この教師を舐めきっている


「みんな、聞いてくれよ、今日は転校生がきている」


アクズの言葉にクラスがざわついた


「おかしい、この時期に転校生だと?誰か聞いていたか」


「いや、知らん。なんで卒業前のこの時期に転校してくるんだ?」


「そういえば、俺、今朝、女の子を見たぞ。すげえ美人だった」


「何、ガースー、お前、見ていたのか、詳しく話せ」


「君たち、静かに、平坂くん。入ってきたまえ」


はい、教室の外で高い女の声がした


教室に一人の女の子が入ってくる


腰まで髪を伸ばしたスラリとした肢体をした女の子で、ファッション誌で見るようなモデルのような体型をしていた


虹色に輝く切れ長の瞳をしており、目鼻立ちは日本人離れしているレベルで整っている


ギリシャかローマの彫像に息が吹き込まれたような美しい少女だと俺は思った


他のクラスメイトたちは男も女も見惚れて声がでない


「平坂黄泉です。今日から卒業まで少しの間ですが、皆さんと一緒に過ごさせてくださいね」


平坂黄泉は俺の顔を見てにっこりと微笑むと、俺にむかって歩いてくる


「何だ?」


「久しぶりだね。真守」


「え?なんで俺の名を」


俺のその疑問に答える前に彼女、平坂黄泉は俺の体を思いっきり抱きしめた


抱きしめ返せば折れる花のような華奢な肢体に豊満な胸が俺の胸板に押し当てられてドキッとする




「会いたかった!真守!」







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