第5話 特定完了
ようやく特定できた。不倫相手は、美園だ。
銀行員とは思えないような、あどけなさの残る20代前半の女性。
「先生、今日も美味しかったです! ありがとうございました!」
帰り際、美園は無邪気に笑う。その表情は、やはりパリのルームメイトを思い出させた。
「――クロエ……」
「えっ?」
思わず、クロエと目の前の彼女を重ねて名前を口に出してしまっていたと知り、ハッとする。何を言おうか、と焦る。
「いえ。美園さん、前回より手つきが上手になっています。またお待ちしていますね」
私は優しく微笑み返した。胸の中で渦巻く言葉にならない感情を押し殺して。
「はい! またお願いしますっ! 好きな人に喜んでもらいたいので……!」
腹が立って仕方ない存在。それなのに。
こんな可愛い女が相手じゃ、勝ち目なんてないんじゃないの?
そんな弱気な考えが、よぎってしまう。
そんな自分が、嫌だった。
なにか、現状を一歩でも進ませなきゃ。
「好きな人って、お仕事先の方?」
待て。私、焦るな。
脳内で必死にストップをかける。
「いえ。でも……好きな人との出会いはお仕事中なんです。銀行の窓口に、相談に来られて……」
「あぁ、お客さんなのね」
「はい」
美園は頬を染めながら話し始めた。窓口で何度か会ううちに、食事に誘われたのだという。
でも、まだ何かを隠していそうな雰囲気がある。
いきなり多く聞き出したら、怪しまれるか。
夜。
寝息を立てる太陽の横で、私はスマホを見つめていた。スマホの画面には美園のSNSアカウント。
なにか裁判で有利になりそうな証拠はないものか。
そのとき、隣から「んが!」といびきが聞こえた。
パジャマはもうヨレヨレのを長いこと着ている。独身時代からヨレヨレで、これじゃないと安心して眠れないとかなんとかで、買い替えないのだ。
こんなプライベートなこと、家にいないと知らないよなぁ。
と思った時、はっとひらめいた。
「より確実な証拠を集めるには……」
私はスマホを両手で持ち直し、新しい投稿文を作成する。
よし。これで完成だ。
送信ボタンを押す指が、わずかに震えた。
これで、美園の自宅に入り込める可能性がある。
そしてそこには、きっと決定的な証拠が。
太陽の腹立たしいいびきが響く中、私は証拠収集の計画を練り続けた。
不倫相手の家に行って、できるだけ多くの証拠を集めるのだ。
今夜、私が投稿した内容は次のとおりだ。
『 【新コース開講!】
ご自宅の環境でお料理レッスンを楽しめるコースを始めます。
記念すべき第一回目のメニューは
"あの人が白米を3杯おかわりしたエビチリ"
です。お楽しみに!』
もちろん、あの人とは夫・太陽を指している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます