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現場に足を運ぶことではじめて見えてくるもの、肌で感じられるものはたしかにある。しかし、翼たちに立ち入ることができたのはスラムのごく末端、はずれの地域に限られていた。その先へ足を進めようとすると、必ずそれを阻む者が現れる。部外者のスラム内部への侵入を、少年たちは決して許すことはなかった。
あらかじめ予測してきたことではあったが、このままでは彼らが実際にアジトを築く領域にまで活動範囲をひろげることは難しい。状況的にも、ほぼ不可能と思われた。
それでも数日かけて港湾区南東部付近を歩きまわるうち、そのあたりを溜まり場にしている、比較的警戒心や厭世傾向の少ない少年たちから話を聞くことができるようになった。
むろん、そこに至るまでに、幾度となく危険な状況に直面したことは言うまでもない。しかし幸いにも翼には、頼りになる相棒がついていた。彼らの周りで発生した荒ごとは、すべてこの相棒が一手に引き受けてくれた。
絡んでくる
無鉄砲な少年たちの闇雲な攻撃に対するとき、レオの反撃には、つねに充分な余裕が窺えた。その腕っぷしのよさと優れた身体能力、剛胆な精神力に、翼は毎度舌を巻く。会社が翼につけてくれたカメラマンは、ボディガードとしてもこのうえなく優秀だった。
翼が安心して取材をつづけることができたのは、ひとえにこの相棒の存在あればこそと言える。そしてこの相棒が撮る写真についても、文句なしに満足していた。
洗練された高性能の撮影機器が世に氾濫する中で、彼女が好んで愛用しているのはいささか時代遅れの、古臭い型の静止画専用カメラだった。重量感たっぷりで持ち運びに便利とは言いがたく、機能も必要最低限にとどめられている。無骨で大きく、野暮ったいデザインのそれは、しかし、職人
レトロな機材は、だからこそ彼女のような写真家が持つに
切り取られた刹那の中に、素朴なあたたかみと心を抉り出す真実とが共存する何気な一枚。そこにはレンズをとおして被写体と向き合う、撮影者の真摯な想いが映し出されていた。
自分もそんな、表層に見えているものの奥にひそむ真実を見極め、あるがままを伝えていける人間になりたい。
相棒の助けを借り、スラム生活者との対話を進めるにしたがい、翼の中でその思いは強まり、それはやがて、信念へと変わっていった。
《セレスト・ブルー》のルシファー。
やはり、どうしても彼に会わなければならなかった。
少年たちの心の聖域に位置づけられる〈彼〉は、もはやこの取材において決して欠くことのできない、要とも言うべき存在となっていた。
彼に少しでも近づくために、自分はこの先、どうすべきなのか。
何気なく視線を落とした先で、左手首に嵌めた通信端末が目に留まる。それは、地上を訪れた初日、グループ抗争に巻きこまれた翼の腕からはずれ、騒乱の彼方に消えたはずのものだった。
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