訓練 6
出てきた女傭兵の空気が普通とは違うことは、ボクでも一目で分かった。
正確に言えば、隠すのをやめたというところだろう。
女傭兵は傭兵たちの集団から一歩進み出る。
背の高い女性だった。高さだけで言えばマリアナさんに届くだろうか。しかし豊満な体つきのマリアナさんと比べると、こちらはシュッとしている印象を受ける。身につけている衣服が体のラインが浮き出るインナースーツであることも関係しているだろう。
背中まで伸びた黒い髪の上に、額を覆う鉢金。その両脇には派手な羽飾りが付いていた。戦場での手柄を主張する一昔前の傭兵にありがちな装束。だか怜悧な空気を纏う彼女が身につければ、戦乙女のように見える。
得物は、先端に布を被せた長物だろうか。背負っている。
前に出てきた女傭兵に、ストラは睨みながら言った。
「名を名乗りなさい」
「これは申し遅れました。私の名前はメイリン。しがない傭兵でございます」
いっそ慇懃なくらいに丁寧な口調で、女傭兵・メイリンは自己紹介をした。
意外にも礼節を弁えるメイリンの態度に面食らいながら、ストラは詰問する。
「……そう。じゃあ問うわ、メイリン。あなたがこの馬鹿に吹き込んだのでしょう?」
「申し訳ありません。世間話の一環として、お話しました」
「それだけじゃない。この傭兵たち全体、あのググフとかはあたしたち勇者のことを明らかに舐めていた。……無知なだけとも思ったけど、不自然すぎるくらいだった」
「………」
ストラはまだ伸びているググフに目を向けて言った。
アズが首を傾げる。
「どういうこと?」
「誰かがあたしたちのことを大したことない存在だって、吹聴した奴がいるってことよ。……そして、それがアンタね、メイリン」
確かに、それはボクも気になっていた。
あの傭兵たちは、明らかにストラたちのことを舐めすぎていた。それは勇者たちの力を目の当たりにしたことがないからと言うのもあるだろうけど、それにしたって侮りすぎていた。
だけど誰かからそういう風に吹き込まれたというのなら、納得だ。
「………」
ストラからの鋭い問い詰めに対し、メイリンは、
「──申し訳ありませんでした」
「え?」
あっさりと認め、頭を下げた。
あまりに抵抗がなかったせいで、ストラも拍子抜けしてポカンと口を開いている。
「認めます。全て私の仕業です。集まった傭兵たちに噂を流し、皆様の実力を誤認させました」
「……そ、そう」
「全て、私の不得が致すところです。私は、好奇心に勝てなかったのです」
そう言うとメイリンは顔を上げ、大仰な仕草で胸に手を当てて言った。さながら歌劇のように。
「かの勇名轟く勇者殿が一体どれほどの実力者なのか! そしてそのお仲間の実力は如何に! ずっと気になっていたのです。あの魔王を討ち果たした存在が、どれほどの英傑であるのか。……私はそれが知りたくて知りたくて……つい、このように仕向けてしまいました」
言い切ると、メイリンは再び頭を下げる。
「重ね重ね、申し訳ありませんでした。勇者様を測るなど不躾な行いでした。どうか、ご容赦を」
「……アズ、コイツ、紛れ込んだ魔族じゃないわよね?」
あまりに唐突で奇天烈な態度に人に化ける魔族ではないかと疑ったストラが、その判別のできるアズに問う。
「ん……魔族じゃない。一応、人。だけど……?」
「ああ。私はユグドヴァニア出身でして」
「ん、それなら納得」
ユグドヴァニアは多種族が住まう国家。どこかで亜人の血が混ざったのだとすれば、純粋な人間とは違っても不思議はない。
つまり……ただ、奇天烈な傭兵だったと言うことだ。
それが分かって、ストラはため息をついた。
「はぁ……なんか、馬鹿馬鹿しくなってきたわね。魔王の残党を警戒したあたしが馬鹿みたいじゃない」
ストラは魔族の仕業であることを警戒していたのだろう。人に化けて襲ってくる魔族には、散々に辛酸を舐めさせられた。天候はあいにく曇り。陽の光に弱い魔族でも十分に活動ができる。
だが実際には、奇人。ストラの力も抜けようものだ。
「申し訳ありません」
「それで、アンタの思惑通りになったってワケだ」
「ええ。……ですが」
「?」
「まだ一つだけ、叶っておりません。……貴女ですよ、ストラ・フリスト」
メイリンは、ジッとストラの顔を見つめて言った。
「まだ、貴女の実力の程が見られておりません」
「……今、自分で無礼を謝ったじゃない」
「それはそれ、これはこれです。私は、貴女の実力を見たい。いやむしろ、貴女の業前こそが一番に見たい!!」
ガバッと手を広げ、感極まったように己の身体を抱きしめる。
「ああ! アレだけの実力を見せつけたお仲間、その筆頭たる勇者様! かつて魔族の軍勢を相手に先頭に立ち、人類を勝利へと導いたそのお力はどれほどのものか! このまま知れずに去ってしまっては、もう私は、気になって夜しか眠れないでしょう」
「……眠れるじゃない」
ストラは半目で睨む。どうやらこの奇人は、まだ満足していないようだ。
「是非とも……是非とも! お力の一端をお見せいただきたい」
「……嫌よ」
「なぜ?」
「自分の見極めが目当てだって言われてホイホイと見せびらかす奴がいるの?」
ふい、と顔を背けてストラは断る。
「ですが、この度はカザネ商会長のご依頼を受けての訓練のはず」
「その義理はもう果たしたわ。これだけぶちのめせば。それとも、後ろの奴らはまだやる気なのかしら」
キッと残りの一団を睨みつければ、一斉に首を横に振った。アズとストラにやられた奴らの二の舞は嫌らしい。
「これで少なくとも、自分より強大な相手を目の当たりにした経験が得られたでしょう。あたしたちが相手する魔族がどんなに強大な相手か分かったでしょうし、あたしたちの指示を無視して変なことはしないハズ。訓練としては十分だわ」
「なるほど……もう理由がないと」
「ええ。ちっとも」
キッパリと、ストラはメイリンの懇願を断った。
ストラは勇者一行のリーダーだ。
それゆえ決断が迫られる場面が多々あり、そのたびに判断力を試されてきた。そして生半な判断がどういう結果をもたらすのかも知っている。
こうなっては、テコでも動かないだろう。
「そうですか……残念です」
「話は終わり? じゃあ、訓練の総評をしてもう解さ──」
「──では、荷物持ちに対する謝罪と訂正は飲み込ませていただきましょう」
「──は?」
空気が割れるような錯覚がした。
メイリンの態度によって弛緩した空気が、再び張り詰める。
「もちろん、勇者パーティの荷物持ちに関しての話を吹き込んだのも私でございます。そして……相応しくなかったと言い含めたのも」
「………」
「こちらも訂正するご用意があったのですが……勇者様がここで満足されて切り上げると言うならば、その必要はないかも知れませんね」
慇懃な態度は崩さない。だが、細められた目からは感情が伺えなかった。
少なくとも言えることは、申し訳なさは欠片も含まれていなかった。
「……なるほど。安い挑発ね」
「お帰りになられるようでしたら──」
「いいわ」
一方のストラも、表向きは無表情で剣に手をかける。
だけど長い付き合いのボクは知っている。
アレは、怒りを抑えている時の顔だ。
「それ、乗ってあげる。地面に蹲らせて、泣きながら謝らせてあげる」
「……ええ、ありがとうございます」
メイリンも背中の長物から布を取り払う。
出てきたのは湾曲した刃。グレイブ……あるいは、薙刀と呼ばれる武器。
「それでは、一手手合わせをお願い致す」
「ええ。存分に」
そして両者は向かい合う。
合図すら不要だった。
示し合わせたように、同時に駆け出す。
「──鏡のようなことを言いやがって……!」
駆けるストラは何か言ったようだが、己が切った風に吹かれてかき消えた。
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