訓練 2
ググフの先手。駆ける巨漢はマリアナさんとの間にある距離を一気に詰めていく。
一方でマリアナさんは動かない。それが彼女のスタイルだからだ。
マリアナさんはハンマーにタワーシールド、更に胸当てなどの鎧を身につけた重武装だ。司祭の他に聖騎士としての資格も持つ彼女はストラに代わってパーティの前衛をこなすこともあって、必然的にそうなった。
もちろん一歩も動けないほど彼女にとって重くはない。だが流石にググフの着ている革鎧と比べては動きが制限される。
なのでマリアナさんの戦法は、基本的に受け身だ。
「シャァッ!」
距離に入って、獣じみた呼気と共に突き出される槍。容赦なく急所を狙った切先を、マリアナさんはこともなげに盾で受け流した。
僅かに斜めになった盾の上で、穂先はガリガリという音を立てながら滑っていく。
「チッ!」
完全に後方へと流されて身体が伸びるのを嫌ったのだろうか。ググフは舌打ちをしながら槍を引き戻す。そして今度は盾のない方を狙って横から柄を叩きつけようとした。
「行けーっ! お頭ーっ!」
「司祭様に戦いってもんを教えてやれー!」
傭兵たちから野次が飛ぶ。ググフは少なくとも槍捌きの実力は信頼されているようだった。
槍は攻撃手段が多い。穂先で突くだけでなく、横薙ぎ、払い、打ち据える。長い柄がある分、剣よりも多種多様な手札がある。
今ググフは、振るう勢いで柄をしならせ、鞭のように打ち据えることでマリアナさんに打撃を与えようとしていた。
が、それが見えていないマリアナさんではない。
盾のない方を狙った一撃。しかしそちらの手にはまた別の得物が握られている。
慌てることなくマリアナさんは迫る槍に合わせ、ハンマーを振るって打ち返した。
「ぐっ!」
あっさりと弾かれカチ上げられるググフの槍。
何も知らない人が見れば違和感を覚えそうな光景だ。
大男の振るった槍を、細腕の女性が、しかも片手で打ち払っているのだから。そのまま切り取れば、あり得ない風景。
しかし観戦しているボクからすれば当たり前の光景だった。
何せマリアナさんはパワーも勇者パーティ随一。
自分より十倍大きな魔族の突進だって受け止められる怪力の持ち主なのだから。
そのまま何度も打ち合うググフとマリアナさん。
果敢に挑み掛かるググフのことを、マリアナさんはその場から一歩も動かずあしらっている。
ハンマーと盾を的確に合わせるだけで、ググフの攻撃を全て防ぎ切っていた。
「くっ、この……!」
やがて猛攻のツケが来たのか、ググフの息が荒くなる。
切先が僅かに鈍くなった途端。
「えいっ」
「!? ぐほっ!!?」
マリアナさんが振るった槌先が、ググフの胸当てを強かに打った。
一見は無造作な一撃。子どもが木の枝を振り回したかのような軌道。
だがそれでも的確に隙を狙った、ググフには避け難い一撃だった。
「ゲホッ、がほっ」
肺の空気が全て押し出されたのだろう。ググフは苦しげに咳き込む。
いつの間にか、傭兵側の野次は止んでいた。それどころか、水を打ったように静まり返っている。
今までの攻防で明らかになったからだろう。
二人の武術における実力差が。
マリアナさんはニッコリ笑顔を崩さない。
「降参しますか?」
「誰、が……!」
息を整え立ち上がるググフの戦意はまだ衰えていない。射殺すような目でマリアナさんを睨みつけたググフは、片手を槍から離し、印を組んだ。
あれは確か……魔法の予備動作だ。
「あれは……アズ」
「ん、了解」
アズがさりげなく位置を変え、ググフと観客席にいるボクの直線上を塞ぐように立つ。
ググフは血走った目で睨みながらマリアナさんへ告げる。
「降参するなら今の内だぜ……」
「? 魔法の使用は禁止していませんよ?」
「……チッ!」
痺れを切らしたググフは、呪文を唱え始めた。
「“茨の道” “迫り来る死神” “怯え竦み飢え果てよ” ーー【
練り上げられた魔力が天に打ち出され、形を作る。
それは数十本に至る、黒い鉄の棒だった。
「あら……」
黒棒はそのまま重力に引かれ、雨霰のように地上目掛けて降ってくる。
その標的は、もちろんマリアナさんだ。
「っとと」
激しく降り注ぐ黒棒。それをマリアナさんは盾を傘にしてやり過ごす。
平然としているように見えるが、当たった盾が鳴り響かせる甲高い金属音が、魔法の持つ威力を物語っていた。
やがて弾が尽きたのか、黒い雨は止む。
「ふぅ……これで終わりですか?」
「バカが、こっからだ!」
「ほう?」
ググフの言う通りだった。魔法の効果はまだ終わっていない。
降り注いだ黒い棒はまだそこに残っていた。訓練場の地面に突き刺さり、乱立している。それは枯れた森のようにも見える光景だった。それが棒を弾いたマリアナさんの周囲を、グルッと囲うように広がっている。
魔法の素人でも予感する。むしろ魔法の効果はここからなのだと。
「ハハァッ!」
ググフが跳躍し、巨漢とは思えない俊敏性で棒の一本へ飛びつくと、それを足場に更に別の棒へと飛び移った。
ググフが触れると黒い棒はゴムのようにしなり、弾力を伴って弾き飛ばす。
その勢いを以てググフは次から次へと、縦横無尽に飛び移っていく。
目まぐるしいほどに。
「これは……」
「でた! お頭の得意戦術!」
「コイツがでちまえばおしまいだぜ!」
傭兵たちが元気を取り戻す。
だけどこれは、確かに厄介だ。
ググフの魔法はいわば地形を自分有利に書き換える魔法だった。有利なフィールドに持ち込むことで、戦闘を優位に運ぶための魔法。
相手は軽装を生かし、まるで猿のように自在に飛び回る。
金属鎧を纏ったマリアナさんに同じような芸当はできない。
マリアナさんが試しに近くにあった棒をハンマーで叩いてみるが、金属音と共に受け止められる。
どうやらググフ……いや、仲間と共に使う場合もあるだろうから自分の許可した相手か……それ以外が触れても元の質感のままらしい。
即ち、硬い。破壊には時間がかかる。
マリアナさんにとっては、周囲を囲う黒い棒はただ邪魔なだけだ。
「ハッ! これが俺たち『飛猿傭兵団』の得意技、“黒牢の陣”だ!」
これは、中々に厄介な魔法だ。
自分たちにとっては有利な戦場。相手にとっては行動を制限する檻になる。
自らを強化し、敵を弱体化する。確かにこれなら、実力差を埋めるだけの差になるかもしれない。
「へぇ。中々賢いわね」
「ん、悪くない。問題点、魔力消費。アイツの魔力、一回だけ、もう打てない」
「なるほど、大技ね」
ストラたちも感心している。けど、そこに焦りはない。
マリアナさんも同様だった。
自分を囲う黒い檻を、褒め称えるように頷く。
「なるほど、素晴らしいですね」
「いつまでその余裕が続くかっ!」
ググフの攻撃。跳ねて跳ねて、背後に回っての強襲。
死角へと槍が突き出される。マリアナさんは盾を背に回して槍を防ぐが、それに先程までの猶予はない。ギリギリのタイミングだ。
その後も何度かの攻防が繰り広げられるが、マリアナさんは防御に手一杯。先のように隙を狙った反撃もできない。ググフが完全にスピードで上回った。
哄笑が響く。
「ギャハハ! どうした、手を足も出ないか!」
「ええ。中々のスピードです。一対一でこれだと、多人数を相手にした時は更に手こずりますね。優秀な魔法です……後は、
「……チッ」
痛いところを突かれたと言わんばかりにググフの表情が歪む。
そう、恐らくググフの魔法には時間制限という弱点がある。
魔法で作り出した物質は、籠めた魔力が切れると消える。マリアナさんがアズを縛った魔力の紐のように。
アズのように低温にして凍らせるのとはワケが違う。こういう魔力でしか作れないような物質は、魔力がなくなれば存在を保てない。
つまりこのまま耐え切ればマリアナさんの勝ちだ。
その事実を指摘されて焦ったのだろう。ググフはどうにかマリアナさんの隙を引き出そうとし始める。
「勇者一行のやることが亀みてぇに引きこもることかよ! 情けねェ!」
「防御も有効な戦術の一つですから」
「魔法は使ってこねぇのかよ! 下手なのがバレるのが怖ぇのか!?」
「ええと、しかしそれでは一瞬で勝負がついてしまうので、訓練にならないかと……」
「……あぁ!?」
しかしマリアナさんはどこ吹く風。逆に天然で煽られてしまい、ググフが逆上してしまう結果に。
「しかし、貴方がそう望むのであれば仕方ないですね」
そう言ってマリアナさんはため息を一つつき、大きく息を吸い込んだ。魔法を使うためだろう。
それを見たググフは狙い通りだと言わんばかりに顔を歪めた。
魔法を使えば大なり小なり隙ができる。それを狙うつもりなのだろう。
確かに初撃さえ凌げば、反撃のチャンスが生まれる。対魔法使いの常套戦術の一つだ。ボクもやった覚えがある。
それにマリアナさんは司祭だ。
聖職者は攻撃系の魔法よりも、支援系の魔法を優先して覚える傾向がある。だからマリアナさんからも大した攻撃魔法は来ないだろうとググフはタカを括っているのだろう。
それは決して間違いじゃない。マリアナさんは攻撃力の高い魔法はあまり使わない。
──けれど、攻撃魔法を使うまでもないとしたら?
「──【
詠唱破棄をした、短い言葉。
「──あ?」
ただそれだけで──ググフは意識を失った。
糸が切れた人形のように。
ゴロリと、その場で。
盛り上がっていた訓練場が、水を打ったように静まり返る。
「え、あ……?」
「お、終わった、のか?」
あまりにあっけない幕切れに、傭兵側も困惑を隠せない。
魔法を使った瞬間、勝負は決着した。
「……ほら、一瞬で終わってしまいました」
マリアナさんは、そう困った風に笑った。
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