第43話 Time after time ⑦(拓弥) R18

 代わりばんこにシャワーを浴びてから、少し遅めのおやつにした。

 昼食が結構なボリュームだったとはいえ、さっきのあれこれのおかげでぼくたちはすっかりお腹が空いていた。ちゃんと煎茶を淹れて、さっき帰りに買ってきた和菓子を仲良くいただいた。

 夏の花や風物をモチーフにしたもの数種類の中から、あれこれ迷って向日葵、夏菊、朝顔、花火を象ったものを選んでいた。

「この練り切り、綺麗なだけじゃなくてとっても美味しい」

 シンプルな部屋着のワンピースに着替えた美也子さんは、お菓子を楊枝で切って口に運びながら、感激した様子だ。ぼくも当然嬉しい。

「よかった、気に入ったみたいで」

「拓弥さん、長野の時もそうだったけど、ちゃんとお店調べてくれるよね」

 どこか感心したようにそんなことも言ってくる。

「そういうとこ、すごくマメだよね」

「美也子さんを喜ばせるためなら、マメにもなるよ」

「あはは。嬉しい。あたし限定?」

「もちろん。ぼくは源氏とは違うから、あっちこっちでマメにはなれない」

 夏菊の練り切りを口に運びながら、ぼくはついでに付け加えておいた。

「ちなみに……あまりこういう言い回しは好きではないけれど、あえて言うとさ。釣った魚にはじゃんじゃん餌付けして太らせるタイプだよ」

「気をつけないと、あたしブタになっちゃうね」

 二つ目の練り切りに楊枝を入れようとしていた手がぴたりと止まり、ちょっと困った顔が向けられる。

「そもそも、昔からあんまり運動するタイプじゃなかったの。中、高と文化系の部活だったしなぁ」

「ずっと文芸部?」

「うん。あ、でも、大学では、ラクロスやってた」

 ラクロス? それは初耳だ。思わず、今度はぼくの手が止まってしまった。

「まじか」

「……なに、その反応?」

 美也子さんの目がすうっと細くなった。

 あ、やばい、これ絶対、いつもとは逆にぼくの思考を読まれてるな、と思ったら案の定、睨まれた。

「スカート短いの最高、とか言うんでしょ」

「ばれたか。というか、美也子さんの綺麗な脚が惜しげもなく晒されてたかと思うと、嫉妬で目の前が暗くなる……マジで見たかった」

 冗談めかして見せながらも、実はけっこう本気だったりする。ミニスカートはやっぱり夢だ。何も着ていない姿をさんざん見せてもらったとはいえ、それとこれとは別だ。

 予想どおり、はあ、と呆れたようにため息を吐かれてしまった。

「時空を超えた嫉妬されても、困るんだけど……」

「いや、愛は時空を超える」

「絶対、純粋な愛じゃない気がする」

「いやいや、純粋だよ? 美也子さんの脚に関しては、ぼくは一歩も譲らないよ?」

「……少しは譲ってよ。というか、脚のことはいったん忘れようよ」

「無理。いつなんどきも、脚は別腹、っていうか」

 とうとう根負けしたらしく、美也子さんはぷっと吹き出した。なにそれ、と。

 ぼくは大真面目に説明しておいた。

「美也子さんにとっての甘いものと一緒。いつなんどきも別腹、なんでしょ? それと同じで、美也子さんの脚はさ、ぼくにとってはいつでも見たいし、触りたいし、ついでに舐めたい……あ、変態、とか言おうとしてる? もしかして」

「……わかるなら、やめようよ。っていうか、もう変態って言葉じゃ全然足りないわ。怖くなってきた」

「外ではしないから、許して」

「……外でしたら、別れるよ?」

 まさにドン引き、という顔をされてしまった。やばい。

「そ、それだけは……」

「はいはい。話戻すけどね、そもそもスポーツのユニフォームなんだから、エロい目で見ちゃダメだし」

「……はい、すいません」

 確かに調子に乗りすぎたか、と思ってちゃんと謝っておくと、素直でよろしい、なんて言われてしまった。

 気を取り直したように話が続く。

「っていうか、うちの大学のラクロス部、ユニフォームかわいくてね、それで入ったっていうのもあるんだー」

「ああ。よくある、チェックのスカート?」

「そうそう。ちゃんと中にはスパッツ穿いてるけどね」

「まあ、そうだよね。そもそも意外と激しいスポーツだよね、ラクロスって」

 確か、男子と女子ではかなりルールが違うはずだった、となけなしの知識をかき集めて思い出そうとしてみる。

 うちの大学にも、ラクロス部はあった。男子は結構強かった気がする。女子はあまり知らないけれど、人数は結構多そうだった。華やかなイメージだから、人気があったのは覚えている。

「ボディコンタクト、だめなんだっけ、女子は」

「うん。でも、それじゃなくてもけっこうあのボールが硬いから、うっかり身体にあたると痛いんだよね」

「プロテクター的なもの、女子はしないでしょ?」

「うん。ゴーリー以外はなしだね、基本的に」

 懐かしいなぁ、とにっこりして、美也子さんは今度はぼくに話を振ってきた。

「拓弥さんは? 部活、何やってたんだっけ?」

「中高はサッカーやってたよ。大学はテニス」

「わ。ちゃんとスポーツ少年だったんだ」

「高校までは真面目にやってたけどね、わりと。大学のはまあ、動機が不純だというか……」

 隠してもしょうがないので、正直に言うことにする。

「彼女が欲しかったので、女子が多そうなところを選びました。すいません」

「あっはははは……正直すぎていっそ清々しいし」

 大笑いされてしまって、なんだかちょっと釈然としなかったけれど、まあ、しかたない。

「じゃあ、テニス、できるんだ?」

「うん。一応は。最初はわりと真面目に練習したし」

「いいなぁ。今度教えて?」

「お。いいよ、もちろん」

 始めた動機が不純だったとはいえ、テニス自体もちゃんと好きではあった。意外とハードなスポーツだということも、やってみてわかった。

「この近くにも屋内コートあるから、今度来た時にでも行こうよ」

「わ、楽しみ」

 美也子さんはとても嬉しそうだ。

「一緒にできることがあると、やっぱり楽しいじゃん。それに、テニスだったら、こうやってしっかりおやつ食べても、太らなくて済むから、一石二鳥だもんね?」

「うんうん。あ、まあでも……別にテニスじゃなくても、いいんじゃない?」

「え?」

 再び、美也子さんの目がすうっと細くなった。 

 というか、こうやってちょっと睨んでくるときの美也子さんの顔、すごくかわいくて実はちょっと楽しみだったりもする――って言ったら、たぶん二重に怒られそうだけれど。

「……なんの運動よ?」

「美也子さんが好きなやつ」

「拓弥さんも、でしょ?」

「うん。大好き」

「えっち」

「気持ちよくて、太らない。最高だよ」

 冗談でもあり、本気でもある。というか、今回のお盆休みも明日で終わり。やはり名残惜しくてたまらないのだった。

 はあ、と美也子さんが深々とため息を吐いた。

「……正直すぎて清々しいわ、ほんと」

「人間、正直なのが一番だよ。ということで、また夜にしようね?」


 練り切りを二個ずつ食べて、一緒に買った甘夏羊羹は夜のおやつにすることにした。

 夕食は少し遅めでいいね、なんて話しながらキャベツや小葱を切って、豚肉や海老などの具も含めてお好み焼きの準備をしておいた。山芋と小麦粉、だし汁を使って生地も作って冷蔵庫に入れて、ホットプレートやお皿の準備までしてしまう。

 こんなふうに一緒に台所に立っていると、明日の夕方には美也子さんが帰ってしまうのがなんだか嘘みたいだった。一昨日の夜ここに来てからまだ3日目なのに、もうずっと一緒にいるような気分なのだった。

 実際、彼女もずいぶんぼくの部屋になじんでいて、当たり前のようにさっとモップをかけてくれたり、レンジやシンク回りを綺麗に拭いてくれたりする。それがごく自然で、まったく違和感がないのがすごく嬉しいというか、このままずっとここにいてくれたらいいのに、なんて本気で思ってしまいそうになる。

「ねえ、外、なんだか賑やかな感じがするね。なんだろ?」

 洗濯の終わったタオルをたたんでくれていた美也子さんが、ベランダの窓を開けながら尋ねてきた。

「ああ。近所の神社でお祭りやってるんだ。行ってみる?」

「うん! 浴衣持ってくればよかったなー。ま、荷物になるから難しいんだけどね」

「ああ、見たかったなぁ、美也子さんの浴衣」

 たぶん、めちゃくちゃかわいいに違いない――というか、最高過ぎる。

「ねえ、今月末に長野に出張行くから、その時、ぜひ見せてください、浴衣。お願いします!」

「あはは、なんで敬語?」

「もう、何がなんでも見たいから。なんなら拝み倒してでも……お願いいたします!」

 美也子さんはずいぶん可笑しそうにくすくす笑ってから、「しかたないなぁ」なんてわざとらしくもったいつけた。

「そんなに言うなら、着てあげよう」

「お。やった。出張、楽しみ過ぎる」

「去年は着なかったからなぁ……」

 さらっと言ってから、ふと、口を噤んでしまう。続きを促すつもりで黙っていると、なんだか不自然に「さてと」と言ってベランダから離れてぼくの横をすり抜けようとした。

 とっさにぼくはその手を掴んだ。

「え……な、なに?」

「どこ行くの?」

「着替えてくる。これ、部屋着だから」

「そっか」

 手を離しかけて、やっぱり思い直した。ぎゅっとそのまま引っ張って正面に立たせ、さっと両腕に閉じ込めてしまう。

「ねえ……どうしたの?」

 困惑気に尋ねられて、ぼくこそ途方に暮れてしまいそうになった。確かにそうだ。いったいぼくはどうしてしまったのか。

「なんだろう。急にこうしたくなった」

「あはは。甘えん坊だ」

「うん。美也子さんが帰ってしまう前に、うーんと甘えておくよ」

「かわいいじゃん」

「……美也子さんの方がよっぽどかわいいよ」

 腕の中でもぞもぞ身じろいでから背伸びした美也子さんは、ぼくの首筋辺りにちゅっ、と口づけてきた。

「大好き」

「ぼくも。大好き」

 ほおにふれて、そのまま上を向かせて口づけた。少しの間そうやってキスをしていたけれど、本格的に深くなる前に、あっけなく美也子さんは離れていってしまった。

「また、なし崩し的に襲われちゃいそうだから、もうおしまい」

「えー。残念」

「またあとで。お祭り行こ?」

 着替えてくるね、と今度こそ寝室へ向かう後ろ姿を見送って、なんだか切なくなってしまう。

 去年は着なかったからなぁ。

 あれはどういう意味だろう。一昨年は着たってことか。浴衣を着て花火やお祭りに出掛けるということは、つまりはそういうことだろう。

 時空を超えた嫉妬されても困る、とさっき言われたばかりなのに、やっぱりなんだかもやもや考えてしまう。

 かわいいチェックのユニフォームから伸びるあの美脚を、不特定多数の人間の目に晒していたのは、百歩譲って我慢するとして、浴衣は別だ。

 時間をかけて着付けて、おそらく髪型もそれに合わせて凝った形にまとめて、そうやっておしゃれをした美也子さんを連れて歩いていたのは、例のクズな浮気男なのか、と思うとやっぱり嫉妬で目の前が真っ暗になってしまう。

 むかし付き合っていた恋人がいるのはお互い様だ。今こうして本当に心から愛していると思える相手と付き合えているのだから、そんなことはなんの問題でもない。というか、過去があるから、今がある。ぼくが好きなのは今の美也子さんだし、おそらく美也子さんだって今のぼくを好きになってくれたのだ。

 時空を超えた嫉妬なんて、確かに馬鹿げている。

 ぼくだって、昨夜、美也子さんにこう言ったじゃないか。あの女性はやきもちを焼くような相手じゃない、と。

 浮気するような男に嫉妬したってしかたない。頭ではわかっていても、もやもやしてしまう理由ははっきりしている。

 距離を隔ててもなお、美也子さんの心をつかんで離さなかった。今とはまったくつながらない、完全に過去形の出来事であると同時に、今の美也子さんを形作っている現在完了――つまり「美也子さんはかつてその男に恋をしたことがある」という経験――でもあるからだ。


 ちょっと透け感のあるうぐいす色のニットに花柄のフレアスカート、というやっぱり綺麗めな組み合わせの服に着替えてきた美也子さんと手をつないで、神社まで歩いた。ニットからうっすら見える黒いキャミソールがちょっとエロい、とか思っていたら、「これ、下着じゃないからね。ちゃんと見せる用なの」と先手を打たれてしまった。

「美也子さんも、ぼくの思考、読めるようになってきたんだね。なんか嬉しいや。以心伝心? みたいな」

「拓弥さんが考えてることって、だいたいエロいことだし、わかりやすすぎ」

「えー。心外だなぁ」

「特にあたしの服に関しては、ほぼいつもそういう目で見てるでしょ」

「う……ショックだ。そんなふうに思われてたとは」

 図星、と認めたくはないけれど、絶対違う、と言い切れないところもあって複雑ではある。

「まあ、まったく無関心、というよりはぜんぜんいいんだけどね」

「無関心になれるわけないよ。いつもおしゃれで素敵だなぁ、と感心しながら見てる。エロいのもよく似合うから嬉しいっていうか」

「はっきり言わないでよ、もう」

「……すいません」

 いつもの流れになって、美也子さんが可笑しそうにくすくす笑った。

「拓弥さん、ほんっとブレないよね、そういうとこ。ある意味すごいわ」

「お。それ、褒めてる?」

「まあ、けなしてはいないよ?」

「褒めてはいないってこと?」

 ん-、と美也子さんはちょっと考える仕草をした。

「さっきも言ったけど、そこまであからさまだと、清々しいわ。カラッと明るくエロさを披露されると、いちいち咎めるのもはばかられるじゃん」

「なるほど……湿っぽくこそこそせず堂々としてれば、エロくてもいい、と」

「いいとは言ってない。いちいち怒ったらこっちが悪い事してる気にさせられる、って言ってるの」

 美也子さんはため息を吐いた。

「そもそも、拓弥さんは最初からそうだったもんね。もう、慣れちゃった」

「お。慣れてくれてありがとう」

「こちらこそ、こんなずけずけものを言うあたしに呆れずいてくれて、ありがとう」

 なんだそれ、と思わず吹き出してしまった。

「美也子さんのいいところでしょ、そこが」

「えー。無遠慮で品がないところが?」

「それ、誰が言ったの?」

「え。お兄ちゃんとか」

 なるほど、と一応納得しておく。確かに、聡史さん――美也子さんの兄である――は最初からそういう言い方をしていたけれど。

 お兄ちゃんとか、の「とか」というのは誰のことか、と追及してみようかどうか迷って、やめておいた。

「ぼくさ、美也子さんの率直なところ大好きだよ。覚えてる? 夕顔を死なせた源氏のことをさ、『ナンパした女の子を安いラブホに連れてって、きっちりしっかり楽しんだ挙句にうっかり死なせちゃったようなものだ』って言ったよね、あの結婚式の日にさ。あれ、かなりのインパクトだったよ」

「うわ……もう、忘れてよ、そんなの」

 なぜかぱっと顔が赤くなってしまった。文句なしにかわいらしくて、なんというか、こう……変なテンションが上がりそうだ。

「あの日にさ、何度かハート射抜かれたんだけど、その一つが安いラブホ発言だよ」

「ってか、ドン引きするとこだよ、それ?」

「まさか。恋に落ちるとこだって」

「……変だって、それ」

 照れ隠しなのか、怒ったようにぶつぶつ言いながらうつむいてしまった。

「あれだけ言いたい放題で、恋に落ちる要素、ゼロじゃん」

「いやいや。かわいいな、としか思わなかったよ、何もかも」

 正直に言っただけなのに、もう、とため息なんか吐きながら困ったように美也子さんはちらりと横目でこちらを窺ってきた。

「……だ、だいたい、あたしそんなふうに言われたこと一度もなかったし」

「美也子さんの初めて、ってことか。やばい、なんか興奮してきた」

「……すぐそういうこと言わないで。えっち」

「誰の言葉か忘れたけどさ。男は好きな女性の最初の男になりたがる、で、女は好きな男性の最後の女になりたがる。言い得て妙じゃない?」

 美也子さんはちょっと目を見開いて、しばらく考え込むような仕草をした。

 ああ、こういう顔も大好きだ、なんて思いながら観察する。ちょっと真面目にあれこれ思いを巡らせているときの真剣な表情で、たいていは源氏物語のことだったりする――と思ったらやっぱりそうだった。

「葵上、軒端のきばおぎ、紫の上、朧月夜、明石の君、花散里、末摘花、女三の宮……ぱっと浮かぶだけで8人の女性の初めての男だね、源氏は」

 さらりと出てくるあたりはさすがである。

 しかも、軒端の荻までちゃんとカウントしている。例の空蝉に着物だけ残して逃げられたあと、肩透かしを食らわされた源氏が仕方なく成り行きでやっちゃうことになる、空蝉の義理の娘だ。風情はないが、色白でなかなかグラマーだ、という描写をされている若い女性だ。

「じゃあ、一方で源氏の最後の女になったのは、女三の宮、であってますか、先生?」

「はい、あってます。よくできました」

 すまし顔でそう言ってから、あはは、と美也子さんは笑った。

「まあ、でも、女三の宮は別になりたくてそうなったわけでもないよねー」

 確かにそうだ。

 女三の宮は、源氏の兄である朱雀院の娘で、源氏にとっては姪にあたる。しかも、彼女の母親は、あの藤壺の中宮――源氏の永遠の憧れの女性――の異母妹であり、つまりは女三の宮は、藤壺の中宮の姪でもあるわけだ。そして、藤壺の中宮の姪という立場は、紫の上とまったく同じである。

 そもそも、10歳の若紫を見初めたとき、藤壺に生き写しである、と源氏は驚きと歓喜の声を上げている。姪であると知ってますます執着し、あの通り攫うようにして連れ帰って、14歳で枕を交わすことになるわけだ。

 晩年、兄に乞われて女三の宮を娶った源氏の心のうちには、やはり藤壺の中宮への思慕があった。最愛の紫の上がいながら、それでもなお、永遠の憧れである藤壺の面影を追い求めた。

 ところが、女三の宮は藤壺とは似ても似つかぬただ幼いばかりの人形のような女性で、源氏は落胆することになる。そして、こんな幼女のために紫の上を傷つけてしまった、と激しい後悔にも襲われる。

 その上、この幼な妻は、のちに源氏を裏切ることになってしまう。もちろん、心ならずも、ではあるものの、かつて源氏のライバルであった頭中将の息子、柏木と密通事件を起こしてしまうのだ。しかも、そのまま柏木の子を身ごもってしまう。この子こそ、宇治十帖の主人公となるかおるの君である。

「もし、女三の宮が計算高い女だったら、話は違っただろうな。天下無双の光源氏の最後の女になれた、と誇れるような人物だったら、さ。または、密通相手の柏木と夫である源氏の両方を愛してしまって、どうしよう、選べないわ、とか言っちゃう恋多き女だったら、とか考えるとちょっと面白いけどさ。ま、そんな風情のない展開だったら、晩年の源氏の苦悩もないわけで……いやぁ、今さらながらだけど、ホントに良く練られた物語だよ」

「確かに。というか、やっぱり拓弥さん、すごいね、よくわかってる」

 感心したような視線を向けられて、なんだかニヤけてしまう。

「お。惚れ直した?」

「うんうん。っていうか、源氏に関しては、初めて会った時からこのひとただ者じゃないな、って思ってたよ? 拓弥さんの言葉を借りるなら、とっくに針が振り切れてるし。これ以上惚れられません」

「やばい。嬉しすぎる」

「あたしも嬉しいよ。楽しすぎる」

 美也子さんはにっこり笑った。

「でもさ、イケメン二人に愛されて『どうしよう、選べないわ』ってのは、宇治十帖でたっぷり見られるじゃん」

「浮舟だね」

「そうそう。賛否両論あるけど、あたしは宇治十帖、結構好きだよー。最初に田辺聖子の新源氏物語を読んだ時もね、思いっきり浮舟に感情移入しちゃって、うっとりしちゃったもの。薫と匂宮におうのみや、いい匂いのするイケメン二人の狭間で揺れ動くって……最高じゃん」

 なるほど。女性はそういう読み方をするのか、となんだか感心してしまった。

「あれ? でも美也子さん、最初に田辺源氏読んだのって小学生の時って言ってなかった?」

「うん。小5のときだよー」

「すごいな。小5で浮舟に感情移入とか……すでに肉食女子だったってこと?」

「いやいや、さすがのあたしも、小学生のときはそんなんじゃないって。単に大人の恋にちょっとうっとりしてた、って感じ?」

 小学生の美也子さん、ってどんな感じだろう、と想像しようとしたけれどうまくいかなかった。

 ああ、でもいずれ結婚して娘が生まれれば――なんて考えたらめちゃくちゃ幸せな気分になってきて、またしても顔が勝手に緩んでしまう。

 すかさず、美也子さんに睨まれた。

「……変なこと考えてるでしょ、またしても」

「え? いや、まさか」

「怪しいなぁ……」

 さすがに、「娘の名前、どうしようか?」なんて言えるわけもないので、とりあえず笑って誤魔化したのだった。


 さっきおやつを食べたばかりだから、出店の食べ物を買ったりはせず、のんびり散歩しながらにぎやかな雰囲気だけを楽しんで境内へと向かった。

「いい雰囲気の神社だね、ここ」

「うん。小さいけどぼくも好きだよ」

 歩いて来られる距離だから、わりとよく寄ってお参りしている。自分にできることは全てきちんとした上で、最後の最後は神の采配だ、と思っているから、ここぞ、というときには特に神頼みのつもりで来たりする。

「裁判の前なんかも、何度か来てる」

御利益ごりやくはあった?」

「うん。ちゃんと守ってくれてる、という安心感がもらえて、仕事に集中できてる。いつも助けられてるよ」

 見れば、すごく柔らかい笑みが向けられていた。

「そういうの、すごくいいね」

「そう?」

「うん。よし、じゃあ、せっかくだから、願い事しよっか?」

 お賽銭を入れて、手を合わせた。

 こういうのは、欲張るといけない。ひとつだけでいい。今この瞬間に心に浮かんだことだけを、お願いする。

 いつまでも、二人で幸せでいられますように。

 最後に一礼してからぼくたちは顔を見合わせた。

「ねえ、美也子さんは、何をお願いした?」

「内緒」

 そう言いながら、美也子さんは左手――薬指にアメジストのリングがはまっている――にさり気なく視線を移した。

「まあ、十分幸せだから、特にこれ以上願うことなんてないし。罰が当たらない程度に、ささやかに、ね」

「あはは。確かにね。でも、ぼくは正直にお願いしといたよ」

「なんて?」

「いつまでも、美也子さんと幸せでいられますように、って」

「やだ。一緒じゃん」

「お。やった。じゃあ、もう予約確定ってことで」

 ぼくの言葉に、美也子さんはにっこり笑ってから、静かに言った。

「あのね、拓弥さん。ちゃんと安心していいんだよ」

「え?」

「昼間も言ったでしょ。あたしも同じ気持ちだから」

 美也子さんの左手の甲がぼくに向けられる。夕闇の中、小さな明かりに照らされて薄紫色の石がきらきらと光っていた。

「心配しないでよ。あたし、ちゃんと拓弥さんのものだよ、もう」

「美也子さん……」

 ああ、見透かされていたんだな、とちょっと情けない気分だった。

 冗談めかして何度も言うのは、うっすら囚われている不安の裏返しなのだと、ちゃんとばれてしまっていた。

 とはいえ、ゆるゆる外堀を埋めて、指輪まで贈って、こうやって一緒に過ごす未来を確かなものにしてしまいたい、というぼくの気持ちをちゃんと受け入れてくれているというのは、死ぬほど嬉しい。

「ねえ、もう一回言って?」

「えー、どうしようかなー」

「お願い」

 その左手にそっと触れ、指輪のはまった細い薬指に、唇を付けた。ふう、と小さくため息を吐いた美也子さんは、小さな声でこう言った。

「あたし、もう、拓弥さんのものだよ。だから、心配しないでね」

「やばい、なんか幸せすぎて……」

 そのまま引き寄せてぎゅっとしようとすると、「神様が見てるからダメ」なんて冗談めかして言われてしまった。

 確かに、神域で不埒ふらちな真似はさすがに控えるべきか。あ、でも心からの愛情だから不埒という表現は不適切か――なんてあれこれ考えていたら、美也子さんがちょっと呆れたように言うのだった。

「ねえ、なんかぽにゃっととろけた顔してるけどさー。逆に、拓弥さんだって、あたしのものなんだよ? ちゃんとわかってる?」

「もちろん。もう、美也子さんのしたいように好きにしていいよ」

「うわ、なんか余裕じゃん。そんなこと言っていいのー?」

 目を細めて一歩ぼくに近づいた美也子さんは、すっと伸びあがって至近距離まで顔を寄せてきた。

「全力で好きにするよ? さっきのお返しに」

「お。めっちゃわくわくするんだけど……楽しみ過ぎる」

「……もう、ほんとえっちだね。ブレなさすぎ」

 呆れたような台詞とはうらはらに、その表情はずいぶん楽しそうだ。

 よし、じゃあそろそろ戻ろうか――と言おうとしたその時、聞き覚えのある声が社務所の方から聞こえてきた。

「おみくじって、引き直すのありなの?」

 え、と思って見やると、白いTシャツを着た後ろ姿と、その右隣にはずいぶん小柄な浴衣姿が並んでいた。

 お守りや破魔矢、絵馬などを売っている小さなカウンターの隅の方で、おみくじも引けるようになっているようだ。

 そして、なんとも可愛い会話が聞こえてくるのだった。

「いいんじゃないかなー。一度結んでからなら」

「どうしようかな。また凶でも嫌だし……」

「2連続はさすがにないんじゃないかなー」

「僕は運の悪さに関しては自信があるっていうか……」

岳琉たけるくんの悪運、もう使い果たしたと思うよ?」

 まさかこんな小さな神社で知り合いに――というかクライアントとニアミスするとは思いもしなかった。

 そもそも、あの子の家からはここはずいぶん遠い。お祭りをやっている神社なら、もっと大きくて賑やかなのが二駅ほど離れたところにあるのに、なぜわざわざここに来たんだろう。

 しかも、浴衣の女の子連れ、ということは、彼もデートか。

 お盆に一度実家に帰省する、と先月下宿先を訪ねたときに確かに言っていたのを思い出した。

「拓弥さん? どうかしたの?」

 不思議そうに顔を覗き込まれて、はっと我に返った。

「あ、いや……そろそろ帰ろうか」

 野暮な真似はしたくない。幸い、まだこちらには気づいていないようだから、今のうちに退散した方がいい。日も暮れてきたし、このまま夕闇に紛れてしまおう、と美也子さんの手を取って、そのまま境内を出る。

「あっちに浴衣の女の子がいたね」

 階段を下りながら、美也子さんが肩越しに後ろを窺った。

「赤紫のね、とっても綺麗な浴衣だった。紫陽花柄の」

「へえ。よく見てるね」

「中学生くらいかな? 隣に彼氏っぽい子がいたよ」

 岳琉君もすみにおけないな、とちらりと思いながらぼくはうなずいた。

「神社のお祭りデートなんて、健全で結構なことだよ」

「あたしたちも健全に見えるよねー」

「うんうん。実に健全なカップルに見えるだろうね」

 美也子さんはあははと笑った。

「これからうーんと不健全なことするのにね?」

「いやいや。健全だよ。ちゃんと愛があるもの」

「あはは。物は言いようだね。その前に、まずは夕飯ね」

 歩いたから、結構お腹すいちゃった、なんて美也子さんがつぶやく。

 ああ、明日の今頃は美也子さんはもう新幹線に乗っているのか、とちょっと切なくなってしまうけれど、だからこそ、今夜はうんと大事に過ごしたい。

 左手の薬指にはまった指輪の感触を確かめながら、つないだ手をなんとなく揺らすと、夕闇の中で美也子さんがふわりと微笑むのが見えるのだった。


* * *


【Caution!】

 以下から、R18です。

 男女間の性描写があります。 

 18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。

 ええと、はっきり書いておきますね。 

 美也子がお口でご奉仕するシーンもあります(露骨ですいません)

 苦手な人はここで回れ右、でお願いします。そして、わたしのことはきれいさっぱり忘れてください。


 いいですか?

 警告しましたよ?

 OK、望むところだ! という方は、引き続きどうぞ


* * *


 昨日、中華街でエビマヨに大喜びしていた様子から予想はしていたけれど、美也子さんはどうやらエビが大好物らしい。というわけで、お好み焼きにはかなり贅沢にエビを入れ、上には豚バラをたっぷり乗せた。

 一枚ずつ食べたあと、少し残っていた野菜と生地で小さめのを焼いて半分こし、残ったエビと豚肉を入れて少しだけ焼きそばも作って食べて、すっかり大満足だった。

「軽めにしようと思ったのに、結構食べちゃったね。お腹いっぱい」

「粉ものって、消化早いから平気だよ。しかも、野菜メインで、意外とヘルシーだし」

「ヘルシーって、魔法の言葉だよね。ちょっと罪悪感減るし」

 確かに、となんだか可笑しくなってしまう。

「あ、ねえ。ちょっと口直ししよっか?」

「お。果物にする?」

「いいね! 最高じゃん」

 ひとまず、ホットプレートやお皿を片付けてから、さっきスーパーで一緒に買っておいた桃を食べることにした。美也子さんが皮を剥いたり種を取り出したりしてくれている横で、ぼくはお皿を出してスタンバイする。

 器用に果物ナイフで8等分してくれるのを感心しながら眺めていた。

「上手だね。ぼくさ、料理はわりとする方だけど、果物って一人だとあんまり買って食べないんだよなぁ」

「だろうね。特にこういう皮を剥く系のは、面倒でしょ?」

「うん。バナナとか楽なのはたまに食べるけど……桃とか梨は、まず自分では買わないな」

「葡萄なんかは楽だけど、結構高いもんね」

「確かに。同じお金をかけるならステーキ肉とかの方がいいって思ってしまうかも。それに、葡萄はさ、ひとりで食べると、なんとなく盛り下がる」

「あはは。言いたいことはわかる気がする」

 盛り付けてもらった桃の皿に楊枝を添えて、ダイニングテーブルへ戻った。

「こういう風に果物を剝いてもらったりっていうの、すごく贅沢で幸せな気がするなぁ」

「大げさだね。おっかしい」

「いやいや。これ、今回のやりたいことリストに入ってなかったけどさ、地味に嬉しい」

 しかも、とても甘くておいしい桃だった。自然と顔が緩むのを自覚していると、向かい側から、なぜか興味深げにこちらを観察する視線を感じる。

「すっごく幸せそうな顔しちゃって……そんなに嬉しいもの?」

「やばいね、これ。なんか……幸せな未来を先取りしてるみたいで、嬉しいのと、もったいないのと、複雑な気分」

「なにそれー」

 くすくす笑いながら、美也子さんはちらりと左手の指輪に視線を落とした。

「……覚えておこうっと」

「お。なになに?」

「食後の桃で、拓弥さんが大喜びする、ってことを」

 そんな台詞と共に、楊枝に挿した最後の一切れが目の前に差し出されていた。

「もしケンカしちゃったら、これで仲直りできるじゃん」

「ぼくたち、ケンカするの?」

「もしもしたら、って話だよ。ほら、あーんして?」

 言われた通り、口を開けてぱくっと一口で桃をほおばると、にっ、と美也子さんがいたずらっぽく笑った。

「餌付けしてるみたいで楽しい」

「やばい。なんか新たなスイッチが入りそう」

「……なんのスイッチよ?」

「内緒です」

 はあ、とため息を吐きながら美也子さんが椅子から立ち上がった。

「どうせ、またえっちなこと考えてるんでしょ」

「ばれたか」

「少しは隠そうよ?」

「肉食男子なので無理」

 空のお皿を流しに持って行ってさっと洗い始めた美也子さんに続いて、ぼくも席を立つ。

 洗い終わってゴム手袋を外すのをちゃんと確認して、後ろからそっと抱きしめた。

「ねえ、美也子さんだって無理でしょ、肉食女子だもの」

「ん-。まあ、そう、かな?」

 肩越しにぼくを見やるその目は、すでに誘うようにうっすら濡れていた。たまらなくなって、ちゅっ、と小さくキスをすると、当然ながらほのかな甘い桃の味がした。

「シャワー、どうする?」

「散歩したからちょっと汗かいちゃったし、浴びたいな」

「わかった」

 先どうぞ、と促そうとすると、美也子さんは意味ありげに目を細めた。

「ねえ……一緒に浴びる?」

「お。マジか。やった」

「先に入ってて。準備したらすぐ行くから」


 実は「一緒にお風呂」も今回やりたいことの上位に入っていた。ただ、さすがに抵抗があるんじゃないか、と思ってぼくから切り出すのは遠慮していたのだった。まさか美也子さんの方から誘ってもらえるとは思ってもいなくて、予想外だった。当然、小躍りしたいほど嬉しい、というか最高過ぎる。

 せっかくだから浴槽にお湯を張ることにする。真夏だけれど、ちゃんとお湯に浸かった方が身体にもいいし、当然、ゆっくりできるわけで、この時間をたっぷり堪能できる――というか、おそらくここであれこれしてしまうことになりそうだ、と思って着替えと一緒に脱衣所にゴムを用意しておいた。

 箱の中身は、もうあと3つしかない。今回、ぼくも美也子さんもしっかりそのつもりだったから、まあ、予想どおりではある。まだ封を切っていない箱がベッド脇の引き出しの中にもう一つ入っているから、ひとまず足りなくなる心配はなさそうだ。

 トイレの横の洗面所で美也子さんが歯磨きしているのがちらっと見えたから、ぼくもそれに倣って脱衣所でさっと歯磨きしておいた。服を脱いで籠に放り込んで、先に浴室に入る。

 さっき髪は洗ってしまったから、とりあえず身体だけ簡単にボディソープで洗って、シャワーで洗い流してしまう。ついでに顔も洗って――なんてしていると、脱衣所から「あ、ねえ、入っていい?」という声がした。

「もちろん。どうぞ」

 かちゃ、と戸が開いて、胸を手で隠した美也子さんの姿が目の前の鏡越しに見える。当然、大きいので手で全部隠れるはずもなく、二つの綺麗な形のふくらみがばっちりはっきり映っていて、最高の眺めである。

「ちょっと。ガン見しないで、えっち」

「見るなって方が無理だよ? やばい。綺麗すぎ」

「拓弥さんは、正直すぎ」

 屈みながら目を細めて睨んできた美也子さんに、ぼくは椅子に座ったまま振り返って、ちゅっと小さく口づけた。ぼくと同じで髪はさっき洗ったらしく、濡れないようにタオルを巻いてまとめていた。当然素顔だから、つるんと素朴でとてもかわいらしい。

 それほど狭い浴室ではないけれど、さすがに二人で入ると洗い場は窮屈だ。椅子も一つしかないから、ひとまず美也子さんに譲った。

「椅子どうぞ。ぼく、もう先に身体洗ってしまったから、お湯に浸かってるね」

「ありがとう。あ、お湯張ったんだね」

「うん。一緒にあったまれるよ」

「わりと浴槽大きいよね。確かにこれなら二人入れるね」

 すとん、と椅子に座った美也子さんは、ボディーソープを泡立てて身体を洗い始めた。当然、ぼくはお湯に浸かりながらじっくり観察させてもらうことにする。浴槽のへりに両腕を置き、その上に顎をのせた。

 すぐ目の前に、一糸まとわぬ姿で椅子に腰かけた美也子さんがいる。すぐ触れられる距離にいるのにただ見ているだけ、というのは、ベッドで抱き合っているのとはまた違った意味でドキドキしてしまう。

 午後、部屋に戻ってきてリビングのソファーであれこれしたあと、寝室で抱き合ったとき、後ろ姿があまりに綺麗で我慢ができず後ろからそのまま挿れてしまったのを思い出していた。しっかり存在を主張する形のいいお尻とほっそりしたウエストのコントラストが、もうたまらなかった。後ろから突き上げながら好き勝手にいいだけ触りまくった柔らかな胸の感触も、夢のように素晴らしかった。

 そうやってさっきのあれこれをこっそり頭の中で再生するぼくの目の前では、ほどよくふっくらした白い肌を、もこもこの泡をまとったスポンジがくるくる行ったり来たりしている。知らず知らず、吐息が零れてしまう。

「やばい……いい眺め過ぎてめちゃくちゃ興奮する」

「……実況はいいから」

「夢に見そう……というか、これはさ、確実に夜のおか」

「ちょっと! おかずにする、とか……ほ、本人の前で言わないでよ。変態」

 顔を真っ赤にして睨まれてしまった。

 やばい、調子に乗りすぎたか、とこっそり反省していたら、シャワーヘッドを取り上げて身体を洗い流しながら、美也子さんが諦めたように小さくため息を吐いた。

「でも、まあ……そうやっていっつもあたしのことを考えてくれるんだ、と思うと、無下にも怒れないかな」

「考えずにいられないよ……」

 ちょっとのぼせてきそうになったから、湯船から立ち上がって浴槽のへりに腰かけた。

「美也子さんも、ぼくのこと考えてよ、離れてる間」

「もちろん。今は箱に入れてきたけど、指輪、ちゃんと毎日して、見るたびに拓弥さんのこと、想い出すよ」

 にっこり笑ってそう言ってから、美也子さんの視線がふとぼくの顔から逸れた――下の方へ。

 当然、反応してしっかり硬くなってしまっているその部分へと。

「やだ。えっち」

「反応するなって方が無理」

「もう……」

 再び視線を逸らした美也子さんの顔ははっきり赤くなっていた。すっと椅子から立ち上がると、同じく浴槽のへりに――ぼくの隣に腰かけた。そのまま誘うようにぴたっと密着してくるから、柔らかな胸が腕に押し付けられて、ぼくはうっとりしてしまう。たまらず、そっと肩を抱いてそのままキスをした。

 待ちかねたようにすでに彼女の唇は半開きになっていた。舌を差し込むと、すぐさま応えて舌がからんでくる。ふっくら柔らかな感触を夢中で味わっていると、ふと、唇が離れた刹那にこんな言葉が降ってきた。

「ねえ……さっき言ったこと覚えてる?」

「ん? いつのどれ?」

 長いまつげに縁取られた濡れた瞳が、鼻が触れ合うほどの至近距離で、ぼくをじっと見つめていた。

「さっき、お参りしたとき。拓弥さんだってあたしのものなんだよ、って言ったでしょ?」

「そうだった。好き放題するんだっけ?」

「うん……今しちゃおうかな」

 え、何してくれるの、と尋ねようとすると、その目がすうっと細くなった。ちょっとどきっとするというか、ぞくっとするというか、初めて見るどこか妖しさの漂う眼差しに戸惑っていると、美也子さんの唇が不意にぼくのほおへ滑ったかと思うと、そのまま首筋をすうっと舌で舐め上げた。耳朶を食みながら内緒話みたいに囁いてくる。

「ねえ、じっとしててね」

「うん」

「素直じゃん」

「いい子にしてたら、ご褒美もらえたりする?」

「さあ?」

 今度は唇が首筋から肩へ、胸へとゆっくり這っていった。ぺろっと乳首の辺りを舌先で舐められて思わずびくっと反応してしまった。やばい、と思うより先に今度はちゅっ、ちゅっ、と唇で啄むように何度もそこに触れてくる。

 ふう、と勝手に吐息が漏れる。女性と同じで男だってここは性感帯なのだと今さらながらに思い知らされる。

「ね、気持ちいい?」

「うん……」

 いい子じゃん、素直だね、なんて言いながらひとしきりそこを攻めたあと、美也子さんの唇はゆるゆると下がっていって――まさか、というか、やはり、というか、予想通りすっかりガッチガチに硬くなったそこに触れた。

 焦らすように閉じたままの唇が何度か鈴口あたりを行ったり来たりしたのち、手でそっと根元の部分に触れてきた。あ、と思わず声が出そうになってとっさに堪えた。当然、ばれてしまったらしく、くすっと小さく笑う気配とともに唇がすいっと竿を滑って下りてきた。そのまま今度は舌でゆっくり舐め上げながら再び先端部分へと戻っていくと、腰の奥の方がぞくりと疼いた。

 くびれの部分を上下の唇で挟み、先端部分に柔らかな舌をゆっくり這わせてくる。唇の絶妙な柔らかさと湿った舌の感触がやばいくらいに気持ちよくて、思わず目を閉じてしまう。はあ、はあ、と我慢できずにまたしても吐息が零れてしまう。

 本当なら、止めるべきなのだと思う。こんなこと、美也子さんにさせるべきじゃない、というか細い理性の声もちゃんとする。

 そもそも、ぼくはどちらかというと思い切り攻める方が好きで、こうやって受け身でいるのは落ち着かないタイプだ。けれど、今はこんなふうに口であれこれされているのが、死ぬほど心地よくてどうにかなりそうだった。

 理由ははっきりしている。美也子さんにされている、というただその一点だけで、ぼくはどうしようもなく興奮していた。

 こんなことをどこで覚えたんだ、と考えだせばきりがない。ファーストキスの相手だというクソガキや、例のクズな浮気男にもこうして奉仕していたのかもしれない、なんて思うと、単なる嫉妬をはるかに超えて殺意すら抱きそうになるけれど、それは完全に過去形の出来事だ。

 今この瞬間に、こうして目の前の彼女が触れてくれているのはぼくなのだし、さっきの言葉を借りるなら、ぼくは間違いなく美也子さんのものだ。美也子さんがぼくのものであるのと、同様に。

 そう思うと、ただの身体の心地よさのみならず、愛おしさでぼくのすべてが満たされていく気分だった。

 いつの間にか浴槽のへりから下りてぼくの脚の間に跪き、下腹部に顔を埋めて一生懸命口を動かしている姿が、とにかくたまらなく愛おしい。

 時おり、ちゅっちゅっ、と軽く吸い上げながら、濡れた舌が何度も何度も先端を這う。ちろちろ細かく動かしたり、ゆっくりねっとりねぶったり、その緩急に知らず知らず呼吸が荒くなる。行為に耽る美也子さん自身も興奮しているらしく、んふっ、んふっ、と半ば喘ぎ声のような苦しそうな声が唇から零れ、それがなおさらぼくを煽るのだった。

 ほどなく、今度は裏筋部分をつつっと舌が滑り下りていく。ぞくっ、とひときわ強い快感が腰の奥から背筋まで走り抜け、ぼくは思わず目を閉じた。

「ちょ……それ、やばいから」

 思わず上ずった声が出てしまうと、美也子さんの動きがぴたりと止まった。

 目を開けると、すっかり蕩けて潤んだ瞳がぼくを見上げていた。開いた唇から覗く濡れた赤い舌が、怒張したそこにぴったり押し付けられている。

 やばいって、なんだよその顔、エロ過ぎ。

 思わず、ごくっと生唾を飲みそうになった。

 タオルで髪をまとめているから額が全開な上、つるんとした素顔だ。いつもよりも少し短めの眉毛は綺麗な弧を描き、その下のくっきり綺麗な二重の目はしっとり濡れていた。そしてふっくらしたピンク色の唇が触れているのは、まったく似つかわしくないほどに生々しい色と形状のその部分だ。

 もともと美也子さんの顔立ちはとてもかわいらしいから、こんな姿でこんな仕草をして、こんな顔をされると――筆舌に尽くしがたいほどエロくて、最高である。

「ねえ、ここ気持ちいいの? いいこと聞いちゃった」

 れろ、れろ、と柔らかな舌が何度もそこを這う。ときおり、明らかにわざとだとわかる上目遣いでぼくを見上げながら、美也子さんは執拗にそこばかりを舐め続けていた。しかも、いつの間にか手が竿の部分をゆっくりしごき始めていた。柔らかな手がそこを握って優しく上下する動きは、もどかしくも死ぬほど気持ちよくて、油断すると情けない声が出てしまいそうなほどだった。

 健気に奉仕するその姿は最高の眺めだけれど、暴力的なまでの心地よさをどうにかやり過ごすために、ぼくは目を閉じた。手をゆるゆる滑らせ、美也子さんの首筋をそろりとなでると、ふうっと彼女の唇から漏れた吐息が先端を掠めて、再びぞくりと背筋に快感が走り抜けた。

 やばい。これ、このまま続けられたら、確実に出る。というか、もうすでにやばい。

「美也子さん……もうストップ」

「んふっ……どうして?」

「出る、やばい」

「いいよ。出して」

「いや、だめだって」

 舌や唇の動きがずいぶん大胆になっていた。といっても、決して乱暴じゃない。柔らかくてすごく優しくて本当に心地よくて、もう何も考えられなくなりそうだった。おまけに、手の動きも次第に速くなっていき、ぼくを確実に追い詰めようとしていた。

「はぁ……もう、ほんとにだめだって」

 目を閉じたまま、両手を美也子さんの頭の辺りに滑らせると、タオルを留めていたピンか何かが緩んだのか、ぱさっとタオルが落ちる気配がした。ほどけた髪がさらりと落ちてきて手に触れる。

「んっ……ねぇ、いいんだよ。我慢しなくて」

「や、だから……はぁ……」

 竿を扱く手も、裏筋をねぶる舌も、先端を吸い上げる唇も、全てが死ぬほど気持ちがいい。上手いとか下手とかそういうのは関係なく、ぼくだけのためにこんなに一生懸命になってくれているということ自体が、嬉しくてたまらない。

「んふっ……出していいよ……」

 だめだだめだ、絶対だめだって――どうにか他のことを考えてやり過ごそうとするのも、限界だった。

 せめて、口の中に出すのだけは避けないと。そう思って、その瞬間、身体を引こうとしたのに、いつの間にか美也子さんの片方の手がぼくの腰に回されていた。やばい、これでは動けない。

 ああ、もうだめだ――

「うっ……」

 先端を中心にぶわっとさらに怒張するのがわかる。あ、まずい、と思ったときにはもう遅かった。

 優しく扱いていた手を止めると、美也子さんは唇をきゅっとすぼめて先端部分を咥えこんだ。そして、ぼくが出してしまったものを一滴も零さず口の中に収めると――そのまますべて飲み込んでしまったようだった。

 しかも、どこか名残惜しそうに先端をぺろりと何度か舐めてすっかり綺麗にしてくれようとしている。心地よさの余韻でぼんやりしながらも、その姿がすごく健気に思えて、思わず両手で美也子さんの髪をくしゃっとなでてしまった。湯気のせいで少ししっとりして、手触りがすごくいい。

 いまだうっとり蕩けた目で見上げてきた美也子さんは、ちょっと困ったようにつぶやいた。

「……いっぱい出たね。ちょっと苦い」

「飲まなくてもよかったのに……」

「えー。だって、ここまでしたのに、飲まないのもったいないじゃん」

 ぺろっと唇を舌で舐めながらいつもの調子でそんな台詞を口にしてから、照れ隠しみたいに、にっと笑った。

「ね、気持ちよかった?」

「……色々やばかった。っていうか、まさかこんなことされるとは」

 はあ、とため息が漏れてしまうと、美也子さんの顔がちょっとだけ心配そうに曇った。

「え。もしかして、いやだった?」

「いやいや、まさか。最高でした」

「やったぁ」

 無邪気に喜んでいる姿はすごく可愛らしいものの、ぼくとしてはなんだか釈然としない。

 両肩を掴んで立ち上がらせて隣に座らせ、そっと彼女を抱きしめる。柔らかな二の腕をそっと撫でながら、唇にキスをした。

 しばらくの間、ちゅっ、ちゅっ、と小さな口づけを繰り返したあとで、またしても自然とため息が零れてしまった。

「美也子さんになら、食べられてもいいかも、と確かに言ったけどさ、前」

「え? ああ……カレー食べた夜のこと?」

「お。よく覚えてるね」

「そりゃね。肉食男子だから、とかなんか妙な流れになって、けっこう焦ったんだから」

「あはは……そっか。ま、あれも実は計算ずくだったっていうか」

「うっそ」

「ほんと」

 もう、と呆れたような美也子さんに、再び小さく口づける。

「ぼくはさ、どっちかというと、常に食べる側に回りたいタイプなんだよね」

「え」

「さっきみたいなのも、たまには悪くないけど……」

 ぎゅっと美也子さんを抱きしめたまま、浴槽に片足をおろす。そのまま少しずつ身体をずらしてゆっくり中へと促した。とりあえずあったまろうよ、と。

「あ、ちょっと待って」

 さっき解けてしまったタオルを拾い上げると、美也子さんは再びしっかり髪をまとめた。よし、オッケー、と言いながらぼくにくっついてきた。

 開いた脚の間に美也子さんを座らせ、後ろから抱きしめるような格好で二人でお湯に浸かった。

 明日はどうしようか、なんて最初はぽつぽつ話していたけれど、そのうち言葉が途切れがちになっていった。

 ぴったりくっついて、後ろから肩や二の腕辺りをゆるゆる撫でているうちに、美也子さんがふう、と小さく吐息を漏らし始めた。耳の輪郭を辿りながら唇を這わせ、耳朶をちゅっと吸い上げると、はっきり気持ちよさそうに、んっ、と鼻に抜けるような可愛い声がする。 

 肩越しにぼくを見やる美也子さんの瞳は、はっきり潤んで蕩けていた。たまらくなってかぶりつくようにキスをすると、すぐに吸い付いて舌を絡めてきた。

 そうやって深く口づけながら、胸へと手を伸ばす。半ば羽交い絞めのような姿勢で遠慮なく両手で揉みしだくと、んっ、んっ、と鼻から苦しそうな吐息が零れた。

 お互い、すっかりスイッチが入ってしまった。このままだとのぼせてしまう、と思って彼女を抱えて浴槽内で立ち上がる。くるりとこちらを向かせて両手首をつかんで壁に押し付け、首筋に吸い付いた。ちゅっ、ちゅっ、と軽く何度も吸い上げ、鎖骨から胸へと唇を滑らせる。焦らすのももどかしくて、すぐに先端部分を口に含んで舌で転がした。

「あんっ……」

「声、エロいって」

「……ばか」

「最高。もっと聞かせて」

 右手首を解放し、そのまま手をもう片方の胸へと滑らせる。大きなふくらみをやわやわと揉みながら、すでに硬く立ち上がった先端部分をくりくりとつまみ上げる。口に含んだもう片方も、すっかり立ち上がって敏感になっているようだ。舌が這うたびに、びくっ、びくっ、と美也子さんが肩を震わせる。

 やっぱりこうじゃないと――その反応を窺いながら、うっとりしてしまう。ぼくがする行為でこうやって乱れていく姿を見るのは、たまらない。心地よさにしっとり濡れた瞳でぼくを見つめてくる美也子さんは、死ぬほどかわいくて、めちゃくちゃにしたくなる。

「……ねえ、あたし、もう」

「もう、なに?」

「ほしいの……」

 悩まし気に呟くと、そろりと手を伸ばして、ぼくのそこに触れてきた。

 ついさっき、美也子さんの手と唇でたっぷり弄ばれてしばしおとなしくなっていたはずのそこは、すでに再びガチガチに硬くなっていた。

「やだ……もうこんなになってるし。えっち」

「っていうか、ほしいの、とか言われたら、こうならざるを得ないって」

「……あ、あたしのせい?」

「うん。責任取って」

 壁にぎゅっと押し付けたまま、美也子さんの右脚を腕で抱え込む。膝の裏に腕を挿しこみ、ぐいっと大きく開かせた。

「ちょっ……」

「平気だよ。ちゃんと支えてるから。怖かったら腕でつかまってて」

「は、恥ずかしいし……この格好」

「お。そう聞いたら、なおさら嬉しいんだけど」

「へ、変態」

 変態、と言われるたびに実はちょっと嬉しい――なんて言ったら、きっとなおさら変態扱いされそうだから、黙っておく。開かせた脚の付け根へ、もう片方の手をそっと滑らせると、予想どおりそこはとろりと濡れていた。

「美也子さんだって、もうこんなだし」

 入り口付近で浅く指を動かすと、くちゅっ、くちゅっ、とすごい音がした。昼間にスカートの中に潜り込んで好き勝手に弄り回したとき以上の濡れ方で、思わず息が荒くなる。あっ、あっ、と指の動きに合わせて小さく喘ぎながら、美也子さんはぼくにしがみついてきた。

「これさ、今さっきじゃないでしょ、濡れたの」

「……もう、ずっと、だよ」

 お、珍しく素直だな、と思いながら指をぐいっと奥まで挿しこむと、あんっ、とひときわかわいらしい声で美也子さんが喘ぐ。

「拓弥さんのをね……口でしてるときから、ずっと……あぁっ……」

「まじか。言ってよ。ちゃんと気持ちよくしてあげたのに」

 挿しこんだ指でぐるりと奥をかき回す。ぐちゅっ、と音がして奥からさらにとろりとあふれてくるのがわかった。

 やばいな、これ。すでに奥がひくひく動いていて、もうイキそうなんだとすぐにわかった。抱え込んだ右脚の爪先がぴくっ、ぴくっ、と小さく痙攣していた。

「ね、挿れて……早く。もう、あたし……」

「エロいな、それ。やばいって」

 中指に加えて薬指も一気に奥まで挿し込むと、美也子さんが悲鳴交じりの声を上げた。いやぁ、と壁側にのけ反りながら、ぼくの肩に押し付けた手がぷるぷる震えていた。

「あぁっ……あっ……あっ」

「かわいい顔……」

 指を抜き差ししながら、唇を塞ぐ。柔らかな口の中を奥の奥まで犯すように舌をぐるりとねじ込んだ。必死に応えてくる美也子さんの舌はすっかり柔らかく弛緩していて、それすら愛おしくてたまらなかった。

 差し込んだ指をいったん引き戻し、お腹側の浅い部分にぐいっと押し付ける。同時に蕾を探って躊躇なく押しつぶすと、びくっ、びくっと一際激しく身体が揺れた。

 中が何度も収縮するのがはっきりわかった。しかも、半ば洪水のようにびしょびしょに濡れている。

 指を引き抜くと、中から滴り落ちるほどに濡れそぼっていた。これほどまでに濡れているのは初めてかもしれない。

「すごいや……ちょっと見せて」

「やっ……まって」

 美也子さんを抱えて浴槽から出て、再び壁に押し付ける。跪いて脚を無理やり開かせ、付け根に唇を寄せた。

「いやぁ……見ないでぇ」

 いつもの糸を引くような濡れ方とは違って、綺麗な赤い粘膜はさらさらした感じで潤っていた。舌で触れると、やっぱりあとからあとから滴ってくるようにあふれてきていた。

「ねえ……もしかして、軽く潮吹いた?」

「……わ、わかんないし」

「そんなに気持ちよかった?」

 見上げると、はっきりと美也子さんの目が濡れていた。うっすらまつ毛に涙がたまっている。

 ちょっと心配になって、ぼくは立ち上がった。タオルで包まれた頭をそっとなでて、ほおに小さく口づけた。

「大丈夫? ごめん、やりすぎたかな」

「ん、ん-ん……」

 はあ、はあ、と小さく肩で息をしながら美也子さんはふるふる首を振った。

「な、なんか変だった……こんなの初めて」

「お。やった」

 初めて、と言われるのは死ぬほど嬉しい。

 男は、好きな女性の初めての男になりたがる、というのはあながちただの格言というわけでもないのかもしれない。

 イッたばかりの美也子さんには悪いけれど、こんな姿を見てしまったら、俄然やる気がでてしまう。

 ひとまず、椅子に座らせる。どこか放心したようにぼんやりしている美也子さんのほおにそっと触れて、ちゅっと小さく口付ける。

「ちょっと待ってね」

 いったん脱衣所へ出て、着替えにくるんでおいた箱の中からゴムをひとつ取り出した。もうすっかりガッチガチに硬くなってはち切れそうなほどのそこに手早く着けて、浴室へと戻る。

 振り返った美也子さんは、まだなんだかぼんやりしていたものの、少し遅れてその顔がうっすら赤くなった。

「……やだ。わざわざそれ持ってきてたの?」

「うん。万が一に備えて」

「何が万が一よ。する気満々だったんじゃん」

 呆れたようにつぶやいて俯きながら、美也子さんはぼそぼそこんなことを言ってくる。

「お風呂なら、別にそのままでもいいじゃん。すぐ流しちゃえば」

「だーめ。近い将来結婚するまでは、ちゃんと着けてする」

 えっ、という顔で美也子さんがこちらを見た。目はまん丸になっていた。

「何びっくりしてるの?」

「……だって、はっきり言うんだもん」

「あはは。何度も似たようなこと言ってるよ。ストレートに言ったのは初めてかもしれないけど」

 隣に屈んで、そっと肩を抱く。困ったような目を向けてくる美也子さんをぼくはまっすぐに見つめた。

「子どもを作るときまではさ、そのままするのはおあずけ。というか、楽しみにとっとこうよ?」

「……うん」

「いい子。ね、美也子さん、立って」

 肩を掴んで椅子から立たせ、ぎゅっと抱きしめる。

「あー、幸せ。すごくやわらかくて最高」

「……あたし、結構あちこち太いと思うんだけど?」

「ぜんぜん。ここ、ちゃんと細いし」

 ウエスト辺りを撫でると、んー、と美也子さんは困ったように首を傾げた。

「ウエストは、まあ……でも」

「何度も言うけど、ぼく、美也子さんの全部、大好きだよ」

 二の腕をふにっとつまむと、もう、と困ったような声がする。かまわずそのまま手を胸へ滑らせてやわやわとゆっくり揉みしだく。

「それから、ここも……」

「あんっ……」

「こっちもね」

 脇腹からするりと手を滑らせてお尻を撫でると、もうっ、と再び困ったようにため息を吐かれてしまった。そのまま太ももまですうっと撫で下ろし、ふにっ、と何度か揉んで、再びお尻へ手を戻す。

「やばい、やっぱり最高。全部」

「……ふくらはぎも好きなんでしょ?」

「うんうん。大好き。立ったままだと届かないから、あとでベッドでたっぷり触らせて。っていうか、舐めさせて」

「変態」

「あはは……美也子さんに言われると、実は嬉しい」

「えっ? 変態って言われて嬉しいの?」

 やばい、口が滑った。呆れたような目を向けられて、ちょっと後悔しつつも、まあいいやと開き直る。

「もう、変態でも変質者でもなんでもいいよ」

 とにかく、全部が大好きだ――このひとの全部が。ぎゅっと抱きしめながら耳元でこう付け加えておく。

「身体だけじゃなくてさ、顔も、性格も、声も、話し方も、何もかも。全部好きだよ。大好き」

「……あたし、初めてだよ。そんなふうに言ってもらったの」

「お。嬉しいなぁ」

「もう……幸せすぎて……」

 ふうっ、とうっすら涙声のように呟くのがたまらなくかわいくて、そのまま口付ける。ちゅっ、ちゅっ、と小さく啄むように何度か触れ合ってから、深く口付けた。

 んっ、んっ、と夢中で応えてくる美也子さんの可愛い吐息を感じながら、しばらくキスをして、唇が離れた合間にそっと囁いた。

「ねえ。そこの鏡に手、突いて?」

「……後ろからするの、気に入ったの?」

「まあね。っていうか、ここだと他に選択肢があまりなくてさ」

 さっきみたいに、壁に押し付けて片脚を抱え込む、っていうのもありだけれど、動きが制約されそうだし、奥まで挿れるのは難しい。どうせなら、二人ともちゃんと気持ちよくなれる方がいいに決まっている。

 素直にぼくに背を向け、鏡に手を突いた美也子さんのウエストを両手で掴んで脚を開かせた。同然、目の前の鏡にぼくたちの姿がばっちり映っている。

「ちょっ……や、やっぱりこれ、恥ずかしいし」

「さっきと違って、ちゃんと顔が見える。最高」

 怒張したそこに片手を添えて、濡れた蜜壺に押し当てる。何度か先端を往復させて蜜を塗り付けてからぐっと腰を進めると、ぐちゅっといやらしい音がして中へと飲み込まれていった。

「あぁぁっ………」

 途中まではするりと入っていったけれど、やはりいつものように奥はすごく狭かった。みちみちとこじ開けるように奥へ押し込みながら、ぶわっと額に汗が浮かぶのがわかった。換気扇を回しているから、決して暑いわけではない。うっかりすると、このまま持っていかれそうでうっすら怖い。そのくらいぎゅうっと締め付けてくる圧がものすごくて、思わず吐息が零れた。

「やばいって、美也子さん……」

 ウエストを掴んで根元まで全部収めると、下腹部にぷるんと柔らかなお尻が触れるのもすごく心地よかった。

 ふと鏡を見やると、苦し気に目を閉じて堪えるような表情を浮かべた美也子さんがいた。小さく喘ぎながら、眉間にうっすらしわを寄せた表情は、死ぬほどそそる。

「お願いだから、少し楽にして……」

「んっ……んっ」

 もうすでにイク寸前なのかもしれない。さっきの余韻で、身体のあちこちどころか、中の奥の奥まで敏感なままのようだ。

 すぐにでも動きたいのを堪えて、ぼくはそっと美也子さんの肩や背中に手を滑らせた。上半身を傾けてうなじに唇を付け、すうっと背中に舌を這わせる。はぁっ、と吐息を漏らして少しずつ身体が柔らかくなっていくのを確認しながら、しばらくそうやって唇と手で彼女に触れていた。

 後ろから手を伸ばして大きな胸をやわやわと揉んでいると、ぼくまでなんだかうっとり夢見心地な気分になってくる。

 しばしのち、ようやく美也子さんが落ち着いたのを確認してから、ぼくはゆっくり動き始めた。

 奥に入れたまま、あまり激しく動かさず、何度かぐっ、と突き上げると、すぐに美也子さんはびくっ、びくっ、と震えた。

「あぁっ……」

 やはり、すぐにイッてしまったらしい。ぶるぶる肩を震わせたまま、あっ、あっ、と小さく喘ぎながら、鏡の中で美也子さんは恍惚とした表情を浮かべている。かわいらしいのと、エロいのと、その両方でもう見ているだけでたまらない気分になる。

「ふっ……鏡、最高……やばい、これ、はまりそう」

 奥を突きあげながら、思わず口に出してしまった。今の美也子さんにはそれどころではなさそうだけれど、耳には届いてしまっただろう。変態、とあとで絶対に叱られそうだ、と思いながらも、やっぱりうっとりしてしまう。鏡、最高すぎる、と。

 顔が見えない、という最大のデメリットがあっさり解消されるから、立ったまま後ろからしたくなったら、風呂場ここでするのはありかもしれない。というか、また今度絶対したい、なんて考えてしまう。

 動くたびに、ぐちゅっ、ぐちゅっ、と相変わらずすごい音がしていた。さっき軽く潮を吹いた名残か、未だに中は温かくたっぷり濡れていた。動きがスムーズになっていっそう心地よくて、夢中でぼくは動いた。まだ苦しそうな美也子さんをちゃんと気遣わなくては、と頭の隅ではわかっているのに、激しく抜き差ししてしまうのを止められなかった。

 抜けそうなぎりぎりまで腰を引き、勢いをつけてぐっと奥まで突き上げる。何度も何度もくりかえしていると、ぱちん、ぱちん、と肌が触れ合ういやらしい音が浴室内に響いて、それすらぼくを煽るのだった。

「あっ……あっ……あぁっ」

 動きに合わせて美也子さんが喘ぐ。鏡に突いた手もぷるぷる震えていた。閉じた目尻から細く涙が伝う様子すら、悩ましい。

「ああ……やばい、気持ちよすぎ……」

 おかしくなりそうだ、と思いながら、夢中で動き続けた。はぁ、はぁ、と呼吸が乱れて苦しいのに、やめたくない。美也子さんはさっきからずっとイキっぱなしに近い状態らしく、奥はぎゅうぎゅう締まったままだし、細く悲鳴のような声を上げながら苦しそうに喘いでいた。

 奥を突いたままぐるりと腰を回すと、んんっ、と美也子さんの声がワントーン低くなった。

「ねぇ……これ、気持ちいい?」

「んっ……んんっ……」

 何度かゆっくり繰り返すと、背を逸らすように美也子さんが大きく痙攣した。もう、ゆるしてぇ、という絞り出すような喘ぎ声と共に。

 こんなふうに激しく悶える姿を見たのは初めてだった。

 やばい、なんかもう我慢できない、と思ってしまった。

「ごめ……もう……」

 一度休ませてあげなきゃ、という気遣いも忘れて、夢中でぼくは突き上げた。ぐったりして喘ぐことさえできず、ただぶるぶる震えるままの美也子さんのウエストを掴み、奥の奥まで抉るように何度も腰を打ち付ける。

 ずちゅっ、と繋がった部分からは相変わらずいやらしい音がしていて、背筋を走り抜けるぞくぞくするような快感に拍車をかける。

 気持ちよすぎて、もうわけがわからなかった。このまま永遠にこうしていたいくらいだったけれど、もちろん、そんなことはできるはずもなく――

 名残惜しくてたまらない、と心底残念に思いつつも、美也子さんの一番奥でぼくは全てを吐き出したのだった。


 とうとう手の力がもたずに崩れ落ちそうになった美也子さんの上半身を後ろからきちんと抱えて、つながったまま椅子にそっと腰を下ろした。苦しそうに上下する胸に触れると、内側からせわしない鼓動がはっきり伝わってくる。まるで全速力で走り抜けたかのようだった。

 さすがに抜かないと漏れる、と心配になって根元を押さえてずるりと引き抜くと、美也子さんがびくっと震えた。

 少しずつ呼吸が整ってきても、しばらく彼女はぼんやりしていた。疲れている、というよりどこか放心したその様子に少し心配になってくる。

「美也子さん、大丈夫?」

「……ん。死ぬかと思った」

「ごめん、辛かった?」

「……ん-ん。そうじゃなくて」

 ぼくの膝の上に横向きに座った美也子さんは 困ったように視線をしばらく泳がせてから、小さな声でつぶやいた。

「すっごく気持ちよかったの……」

「お。やった」

「なんか、怖いくらいに」

 じっとぼくを見つめてくるその目は、やはり困惑の色を湛えていた。

「……もう、離れられなくなりそう」

「離れないでよ。っていうか、離さないから。どこにも行かせない」

「うん……」

「怖くないよ。ずっと一緒だもの」

「拓弥さん……」

 ぼくの首に腕を回して抱きついてきた美也子さんは、小さな声でつぶやいた。

「大好き……」

 大好き、という言葉が嬉しくてたまらない。

 こうやって、ぼくを受け入れてぼくを想ってくれる美也子さんの何もかもが――身体も、心も、全部が愛おしくてたまらない。

「ぼくも。大好き」

 そうやってしばらくのあいだ抱き合って、何度も何度もキスをした。

 再び身体を綺麗に洗って、またちゃんと浴槽であったまってから、ようやくぼくたちはお風呂から上がったのだった。


 パジャマに着替えて、ソファーでくっついてあれこれおしゃべりして、またじゃれあっているうちにゆるゆるそんな雰囲気になってきたから、今度はちゃんとベッドに移動した。ゆっくり時間をかけて触れ合いながら、丁寧に優しく抱き合った。さっきの激しい行為とは真逆のうっとりするほど穏やかな触れ合いのひと時を、ぼくたちはたっぷり楽しんだ。

 終わると、さすがにぐったりして眠くなってきたから、昼間買った甘夏羊羹は明日食べることにして、そのままくっついて、ベッドに横になった。

 初めて、と何度も美也子さんは言ってくれた。

 ぼくが美也子さんにとって何かしらの初めてになれるのは死ぬほど嬉しい。

 同じように、ぼくにとって美也子さんは全てを好きになった初めての女性であり、ぼくがこのさき大事にし続ける最後の女性になる――つまり、ぼくたちはお互いに、最初であり、最後でもあるのかもしれない。

 連休が終わってしまう寂しさはもちろんあるけれど、それよりなにより、幸せな未来に想いを馳せながら、ぼくたちは心地よい眠りに就いたのだった。

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