第14話 偽物勇者と猫と死体 6
「あ、おかえり」
「おう」
「ただいま戻りました」
酒場の客室に戻ってきた俺は、素材を紙袋ごとリオンに渡す。
部屋の中央にある机の上には魔法陣が描かれた紙が貼りつけられており、その上には食器や鍋が置かれていた。即席の錬金台か。その傍らではウナギが何やら機嫌よさそうに鼻歌などを歌っている。
「こっちの準備は良さそうだな」
「うん。わかってはいたけど、ウナギさんは優秀だね。一度説明しただけで完璧に理解してしまったよ。素材のほうも揃って……あれ。星華草なんて頼んだかな?」
紙袋の中を検めていたリオンが、星華草の小瓶を手に取る。
「あー、それはだな、ほら……おまけだ」
「おまけ?」
「エルガさんからリオンさんへの、お詫びとお礼の品ですよ」
聖女っぽいポジションにつくな。
リオンが意外そうな顔でこちらを見る。
「あ、ああ。そうなんだ。ありがと。嬉しいよ。聖女様の入れ知恵なのは見え見えだけどね」
「うるせぇよ」
「て・ぞ」
ウナギがにやにやしながらぽんと俺の肩に手を置く。待て、蔑まれてないかこれ?
「ふふ……それじゃ、ウナギさん。始めてくれるかな」
「い。み」
ウナギが机の前に仁王立ちする。
「あ、エルガくんは窓開けて」
言われるがままカーテンと窓を開けると、ウナギが素早く直射日光の当たらない位置に移動した。ウナギは色白だが、体質というよりはこういう意識の積み重ねなのかもな。それにしても白すぎるような気はするが、髪が黒いからそう見えるのだろうか。
「さてみんな、注意して。悪魔のコギトを吸うと自我が上書きされちゃうからね」
「自我が上書きされちゃうって何?」
すごく恐ろしいことを言ってる気がするんだけど。
するとリオンは何食わぬ顔で悪魔のコギトが入ったフラスコの蓋を開けた。
「こういうこと。あっあっ、悪魔になりゅ……」
「自分で吸ってんじゃねぇよ! おい、大丈夫か!?」
「大丈夫、このくらいならすぐ戻る……ふふ、FUZZYだね……」
リオンは恍惚としていた。
どう考えても頭は大丈夫じゃない。
「ほ、本格的に吸いこまない限りは、私が浄化できると思いますから」
「待て。本格的に吸ったらできないって言ってるか?」
「浄化魔法があるなら、もうちょっと『踏み込める』かな……」
「やめろ、マジで。ウナギ、さっさと進めてくれ」
リオンの手から悪魔のコギトをひったくってウナギに押し付ける。ウナギは焦りの表情でこくこくと頷いた。
幸いにしてというべきか、聞いていた通り、ウナギはたいへん手際がよろしかった。悪魔のコギトを魔力と合わせながら生理食塩水に溶かし込み、その他の素材も適宜適切に反応させていく。
最初のうちこそ近くで成り行きを見守っていたリオンも、いつしかベッドに寝転がって欠伸なんかしていた。スペースに空きさえあれば俺もそうしていたかったが、あいにくここは単身用の客室、ベッドもシングルベッドなので、シーツの端に腰掛けるにとどめておく。
「くぁ。うーん。ぼく、本当に立場ないな」
「さっさと前衛に転向しろ。そしたら立場あるだろ」
「ぼくは向いてない」
「俺より運動神経あるくせに……」
まあいい。そのうちきっちり計画を立てておだて奉ってやるから。
「ところでエルガくん、暇ならちょっと紐か何かもらってきてよ」
「紐? いいけど」
うなずいた俺は、部屋の反対側でウナギの作業を見学しているアルフゥリアに向けて、声を張り上げる。
「まずい。俺としたことが、不覚にもこの猫耳少女に劣情を催してしまった。このままでは勇者らしくない展開になってしまう!」
「え、ちょ、何を言ってんのっ!?」
「アルフゥリア、俺の身体を戒めてくれ!」
「お任せください。捕縛魔法」
飛んできた光輝く輪っかを身を屈めて避けると、後ろで寝転んでいたリオンに魔法が命中。「ぐぇっ」という可愛げのない悲鳴を上げてリオンの身体が拘束される。
よし、身代わりは可能だ。新たな知見を得た。
「もう大丈夫だ。すまんアルフゥリア」
「……結局何だったんですか?」
「リオンが紐が欲しいって言うから。リオン、これでいいよな」
「なんでいいと思ったの!? これどっちかというと縄だし! 紐っていうのはもっと小さいやつだよ!」
「なんだ、てっきり緊縛プレイでもしたいのかと思った」
「あのね、ちょっと誤解してるね? ぼくは意識が朦朧とするのが好きなの。やるなら首に──」
「わかった、俺が悪かった。魔法を解いてやってくれ」
捕縛魔法から解き放たれたリオンはため息交じりに身体を起こし、服のポケットから例の小瓶を取り出す。
「エルガくんからもらったこれ、紐があったほうが持ち運びやすいかなって思って」
「こ・も」
するとウナギが作業の片手間に細い麻紐を投げてよこした。おそらく素材のいずれかの包みに使われていたものだろう。
「ん、サンキュ。これで良ければ持って行ってってさ」
紐を拾い上げ、そのままリオンに横流しする。
「なんか理解し始めてない? というか、風情ってものが……まあいいけどさ」
リオンは器用に小瓶の口の部分を麻紐でくくって結んだ。小瓶はチャーム、あるいはネックレスとも捉えられる形状になる。
リオンはその出来栄えに満足そうにしつつ、ふっと小さく笑む。
「でも、さすがは聖女様だね。星華草なんて、エルガくんは選べないでしょ。今後の参考に覚えておいたほうがいいよ」
「なあ、お前俺をナメすぎじゃないか?」
「だってエルガくん勇者じゃないし、聖女様から聞いてた話ともだいぶ違ったし」
俺が本物の勇者だったら、俺の言動も受け入れたのだろうか。現金なやつ。
「何でもいいが、その品を選んだのは俺だ」
「えっ」
リオンがアルフゥリアのほうを見る。
「そうですね。私は最初、別の花を提案したのですが、エルガさんはそちらのほうがいいと」
「ああ。エミリアイエローだっけ? 何でも花言葉が『頼れる仲間』だっていうから、これはお前には似つかわしくないなと思ってな」
「理由がひどい!」
「ああっ、伏せておいたのに!」
非難囂々である。
「……でも、ありがと。結果的にはこっちのほうが嬉しかったよ。星華草は、ぼくの故郷ではそこら中に生えてたんだ。それはもう、生え散らかしてたね」
「イントネーション気をつけろ。しかし、それだとむしろありがたみがないんじゃないか」
「ううん、故郷にはもう十年以上帰ってないから。懐かしいよ」
リオンは小瓶のふちを撫でながらそう口にする。なるほどエモいというやつか。
それはそれとして。
「……お前いまいくつ?」
「二十歳だけど」
「タメかよ。十五歳かそこらだと思ってたぞ」
「そう思った理由を聞いてもいいかな」
言わなきゃわからんかという意味を込めて、俺はフッと失笑した。
「おまえ!」
デュエルワン、レッツロック!
「うぅ、お二人とも、苦労されてきたんですね……」
聖女が勝手に涙ぐんでいた。その姿に毒気を抜かれて、俺とリオンは顔を見合わせたのち、各々握った拳を下ろす。
「アルフゥリアは……十八だったか?」
正直タイミングがタイミングだったのであまり定かではないのだが、俺の記憶が正しければ、十五年前、俺の親父が死んだころに三歳だったと言っていた。
「はい、そうですね。聖女としては四年目になります」
「お前はわりと見た目通りだよな。これでウナギが十歳とかだったら面白いけどな!」
「いやいや、まさかそんなわけないじゃん。ねえ?」
「なんでそういう雰囲気にしてるんですか? あの、違いますよね、ウナギさん」
「と」
ウナギが嘆息交じりに首を振る。よかった、マジで。コミュニケーションが交わせるようになった暁には、結婚を前提にお付き合いをしたいと考えているところだからな。
「わ・に」
続けてウナギはそう言って二本指を立てる。
「ああ、もしかしてお前も二十台か?」
首を振る。……え、まさか二歳じゃないよな。
俺たちは顔を見合わせ、誰ともなく問題を先送りにすることを決めた。
「ウナギの首輪ができてから改めて自己紹介の場を設けるか、うん」
「そ、そうだね。見てる感じ今夜には出来そうだし」
「待ち遠しいですね!」
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