偽物勇者の聖なる欺瞞
郡冷蔵
第1話 偽物勇者と本物聖女 1
少なくともこの聖国において、宿屋と銘打って宿を貸しているところはそう多くない。ではどうすれば柔らかい寝床と温かいスープにありつけるのかといえば、教会や酒場や民家を訪ねて、旅の者だが空き部屋はないか、と聞いて回るのだ。
そう、大切なのはコミュニケーション。あと、部屋に入れるに足る最低限の身綺麗さ。このどちらかが欠けていると、たとえ適切な謝礼を支払ったとしても、薄汚いブタ小屋に通されかねない。うっかり寝てる間に糞に顔を突っ込み、鼻がひん曲がって目を覚ますとか、マジで最悪だろ。
こんなことは旅人なら誰でも知っているだろうが、俺の交渉術は一味違う。成功率百パーセントの裏技を、いまから披露してご覧に入れよう。
俺は料理鍋の番をしていると思しき酒場の亭主につかつか音を立てて歩み寄ると、あくまで自然に、しかし確実に腰の剣が相手から見えるような体勢で声をかける。
「よう、おっさん。見ての通り旅の者だが、しばらく泊めてくれないか?」
「あん? 幾ら払うつもり……いや、待て。お前さん、その腰に提げてるそれは……その、水色とも桃色ともつかない光沢は……妖精鋼!?」
目論見通り、亭主が俺の剣、正確にはそれを収める金属製の鞘を見て動転する。声がデカくてこちらも少々驚かされたが、いいリアクションだ。気分よく、あらかじめ用意しておいたセリフを口にする。
「ああ、確かにこいつはとある泉で妖精に貰ったモンだが」
妖精鋼。それは読んで字のごとく、妖精にしか扱えないとされる正体不明の合金だ。妖精は基本的に人間嫌いだが、ごくごく一部の勇士の前にのみ姿を現し、妖精鋼で鍛えられた剣──聖剣を授けるという。
そして、聖剣を授けられた勇士は、聖銀教会の認定の下にこう呼ばれる。
「勇者……勇者様だったとは露知らず、大変なご無礼を」
「そんな大したもんじゃない。気遣いは無用だ。それで、部屋は空いているのか?」
「もちろんでございます。勇者様が泊まってくださったとあれば、我があばら家にも箔がつくというもの。ささ、どうぞこちらへ。お荷物をお運びしましょう」
はい勝ち。なんて簡単なお仕事。
形だけの謙遜として荷物運びは固辞しつつ、亭主の後に続いて階段を上りながら、俺は心の中でほくそ笑む。
この妖精鋼の剣さえ覗かせてやれば、宿に限らず、飯や酒に服から馬まで、何だって恵んでもらえる。人生フリーパスである。世界で最も恵まれた、もとい最も恵まれる男といえば、この俺、エルガ・ディーツェのことである。
通された部屋は、さほど大きくもない街の酒場であることを思えば、十分に豪華な客室だった。掃除も行き届いていて言うことなしだ。
ベッドの横に荷物を置き、腰の剣もベルトから外してそこに立てかける。鞘まで金属なせいでそれなりに重いのが、この聖剣唯一の欠点だった。
軽く腰を伸ばしつつ、傍らの窓を開ける。昼下がりの青空は俺を包み込むようにして部屋の中に初夏の風を送ってきた。気分は爽快だ。
「お夕食はどういたしましょう? こちらに運んできましょうか?」
しめた。あえて酒場を選ぶのはこれがあるからだ。民家でも出るものは出るが、何が出るかはかなり博打だからな。その点、酒場なら間違いなく美味い料理が出る。
「ああ、頼む。代金はまとめておいてくれ」
「いえいえ、滅相もない。勇者様からお金を頂いたとあっては、私の沽券に関わりますゆえ。それでは、また後程お伺いいたします。ごゆるりとお過ごしください」
亭主は恭しく一礼して部屋を去り、束の間静寂が訪れる。
「フッ……ク、ハハハハ。笑いが止まらねぇな。勇者最高!」
俺は旅装も崩さぬままベッドに飛び込んだ。柔らかなシーツが俺を受け止める。
勇者は何をやっても許される。勇者のやることはすべて正しい。勝手に人の家のクローゼットを漁ろうがお咎めなしの超法規的職業だ。それはこれまでの勇者、そしてその後ろ盾たる聖銀教会が積み上げてきた、救世の英雄譚から来るものなのだろう。
俺にとっては都合がいいことこの上ない。
「世の勇者どもはみんなこんな好待遇だったんだなぁ。そりゃ、どいつもこいつも東へ西へ旅するわけだ。楽な旅ほど楽しいものはないものな」
そういえば前の街で貰ったワインがまだ残ってたな。荷物の中から瓶を探し当てて再び寝転んだ俺は、仰向けの姿勢のまま足を組み、ぷらぷらと空中を蹴りつつワインを呷る。
と、まさにそのとき。「何ですと!?」というデカい声が階下から響いた。口の上で逆さまにしようとしていたボトルの手元が狂い、思い切り鼻にワインがかかる。
「ぶッフ! ゲホッ、コホッ!」
激しく咳き込みながら身体を起こす。鼻やベッドシーツはまだしも、俺の旅装までワインで濡れてしまった。気のいい商人から譲ってもらった一張羅が台無しだ。
「クソ、因果応報なんて、思わねぇからな。しかし何だあの亭主。まさか二人目の勇者でも来たか?」
なんて、まさかな。
「まさかなぁ」
俺は抜き足差し足で部屋の入口まで行くと、扉を少し開けて階下からの音に聞き耳を立てた。亭主と、若い女……というよりは、少女というほうが適切な、高く柔らかな声が聞こえてくる。
「まさか一日にお二方の賓客に出会えるとは。これぞ神の思し召しですな」
「と、いいますと?」
「いやね、先ほど聖剣を携えた勇者様を上階にご案内したところなのです。ああ、聖女様ならば、ともすると知己の間柄やもしれませぬな」
「そうですね。せっかくですし、少しご挨拶に伺いましょうか」
「ご案内いたします、こちらへ」
聖女……聖女だって?
マズいな。聖女といえば、聖銀教会において、勇者と対をなす称号だ。
妖精に祝福を受けた戦士たる勇者と同様、神に祝福を受けた魔法使いとして世に勇名を轟かせると同時、教会直属の使徒として、勇者のお目付け役的な活動も行っているらしい。なんてお節介野郎どもだ。野郎いないけど。
だが焦るな、エルガ・ディーツェ。焦りは失敗の元。この聖女がすべての勇者を把握しているなんて、まさかそんなことはないだろう。堂々としていればバレやしないさ。
俺は身だしなみを整えようとして、はたと気づく。クソ、ワインのせいでどう頑張ってもおとぼけ野郎じゃねぇか。
そうこうするうちにも足音は近づいてくる。
「そういえば、亭主さん。近頃このあたりで、勇者を騙るニセ勇者が出没しているようなのですが」
「なんと。そりゃあ、なんとも罰当たりな輩もいるものですな」
「ええ。実は私はその調査のためこの街に赴いてきたのですが……その勇者は、本当に妖精鋼を所持していましたか?」
「は? ええ、間違いないかと。初めて見ましたが、噂に違わぬ独特の光沢で」
「初めて……なるほど」
いやめちゃくちゃ疑われてるなこれ。そんな話題になるほど派手なことはしてないはずだが、何がいけなかったんだ。だが何にせよ、実際にこうして疑われている。
よし、逃げるか。男は決断が大事だ、エルガ・ディーツェ。
俺は素早く荷物をまとめ、剣を腰に差しなおして、窓枠に足をかける。あとは勢いをつけて飛び降りるだけだ。
だが、その一瞬が間に合わず、背後で扉が開く音を聞く。
俺は荷物を背に抱えた格好のまま振り返った。
「どっ、泥棒ーーー!」
聖女が叫んだ。
「違ぇよ! 泥棒しかやらないポーズになってるけど、違ぇよ!」
「怪しい! さては貴方がニセ勇者ですね!?」
びしりと指を突き付けて聖女は言う。
見るからに泥棒だった俺と同じくらい、そいつは見るからに聖女だった。
つややかな亜麻色の髪、水面のような透明な瞳、白を基調としたゆったりとしたローブ。首には聖銀教会のシンボルである銀のベルを提げている。
俺をして見惚れさせるくらいには、美しい少女だった。
だが、美少女であろうとも敵は敵。俺は真っ向から反論する。
「何を言う、俺は正真正銘の勇者だ。そういうお前こそニセ者の聖女じゃないのか?」
「「はっ?」」
聖女と亭主が二人してとぼけた声を出す。
「俺はそもそも、この近辺に聖女を騙る不届き者が現れると聞いて、ここまで調査にやってきたんだ。お前が本物の聖女であるというのなら、名を名乗れ」
「何を馬鹿な……ですがお望みとあらば、お答えしましょう。私は聖女アルフゥリア。アルフゥリア・エル・シュテットソンです」
それを聞くや否や俺は鼻で笑う。
「ハッ、馬脚を現したな愚か者め。聖女アルフゥリアは俺の師だ。それも、今年で御年八十になる老婆だぞ」
「何ですと!?」
亭主がデカい声で叫び、傍らの聖女から距離を取る。
もちろんすべて嘘だが、こういうのは流れと迫力だ。
「い、いやいやいや! 私は本当に……ちょっと、誰かと間違えていませんか!? というか、そういう貴方は何者ですか!」
「俺か。俺はエルガ・ディーツェ。勇者だ。この剣が何よりの証」
俺が腰の剣を示すと、聖女がはっと息を呑んだ。
「まさか、それは……いいえ、まだです。剣を抜いてください。勇者ならできるはずです」
「馬鹿にするな。俺がこの剣を抜くのは、巨悪を相手にするときだけと決めている」
すぐさま俺は答える。だが聖女もまた詰めかけてきた。
「抜けないんですか?」
「二度言わせるな。これはお前のような小悪党に向ける剣ではない」
「……抜けないんですね?」
「黙れ、ニセ聖女! 往生際が悪いぞ!」
「ちょっ、亭主さん、こいつ! 勇者がこんな風に議論を放棄しますか!?」
「それを言うなら、聖女はこいつとか言わないだろ」
「う、うるさいですね! 亭主さん、ここはわたしが抑えます。急いで教会に連絡してください! どちらがニセモノにしても、神父さまがいらっしゃれば解決しますよね!」
「それは、確かに」
「確かではない、騙されるな亭主! これは罠だ!」
「いよいよ言っていることが無茶苦茶じゃないですか!」
「えぇ……?」
亭主は混乱していた。これは旗色が悪いな。教会に連絡するというというあまりにも正しすぎる選択肢を提示された時点で、こちらの負けか。
引き際を悟った俺は、窓枠に置いたままだった足にぐっと力を入れて、一気に窓を飛び越える。しかし直後、
「待ちなさい、
「ぐえッ」
何かローブ様のものが俺の腕を腰に縛り付け、簀巻きにする。ただでさえ安定しない空中でそんなザマになった俺は、当然の帰結として、そのまま階下に転落。顔面をしたたかに打ち付けた。鼻のあたりからゴリッと嫌な音がする。
「あっ……す、すみません! ちょっとやりすぎましたね!」
慌てたような声が上方から聞こえる。
「ちょっと……?」
あともう少しで首がイカれるところだったんだが。
折れ曲がった鼻の痛みに喘ぎながら、俺はがくりと気を失った。
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