第3話 冬の風邪がやってきた

 ダイニングテーブルで、千歳ちとせ拓嗣たくしくんは土鍋を囲んでしゃぶしゃぶを食べながら、祐美ゆみさんとのことを簡単に説明する。


「そっかぁ、男性にひどいこと言われたんや。そりゃ大変やったなぁ」


「うん」


 拓嗣くんには、祐美さんが男性に振られてしまい、その際に心の無いことを言われてしまい、泣いてしまったのだと説明した。


 祐美さんは結婚がしたいと、マッチングアプリを利用している。登録情報には身長を入力する欄があって、もちろん祐美さんは正直に打ち込んでいる。


 祐美さんは身長が177センチあるので、それがネックになってしまっている様だが、それでもアップしている顔写真の美しさから、会いたいと希望してくれる男性が時折いるそうだ。


 だが実際会ってみると、やはり身長が自分より高い、などの理由で断られてしまうのだ。


 今日もそうしてマッチングした相手と会ったそうなのだが。


「背ぇ高くて威圧的やし、男みたいやし、俺には合わんわ。何やねん、格好まで男みたいで。自分、ほんまに結婚する気あるん? 女は可愛くてなんぼやで」


 祐美さんにそう言い放った男性は、背が低くて小太りで、御髪も少しばかり不自由な人だったそうだ。アプリで身長は分かっていたものの、体重を入力する欄は無いので体型までは会うまで分からなかったし、写真は帽子を被っていたので気付かなかった。


 祐美さんは人をそんな見た目だけで判断する様なことはしないが、そんなことを言えてしまう相手の人間性にショックを受け、悲しいやら悔しいやらで泣いてしまったのだ。


 だから、千歳は祐美さんに言った。そんな男性とはご縁が無くて良かったと。祐美さんはとても魅力的なのだから、祐美さんを分かってくれる人が必ずいると。


 実際、祐美さんは綺麗で、さばさばしていて、優しさも兼ね備えていて、俗に言う「ええ女」やと千歳は思っている。お仕事でもたくさんお世話になっている。そんな祐美さんを悪く言うなんて許せなかった。


 千歳も外見で人の優劣を付ける様なことはしたくない。だが中身がそんなのだから、「祐美さんの方があんたよりよっぽどべっぴんでええ女やわ」、なんて思ってしまうのだ。


「その先輩さん、早く立ち直ってくれたらええな」


「うん、ほんまに」


 そして今度こそは良いご縁が訪れます様にと、願わずにはいられなかった。


「ところで、拓嗣くんは何で天王寺てんのうじにおったん?」


「ああ、お昼にあのカフェのナポリタンが食べたくて。梅田にも支店あるけど、いつも混んでるから。結局別のお店でナポリタン食べたけど」


「何か、ごめん」


 もちろん意図していたわけでは無いが、拓嗣くんの希望のランチを邪魔してしまった結果になってしまったのだ。


「ぜんぜん、大丈夫。それはそれで美味しかったから」


 拓嗣くんはそう言って、朗らかに笑ってくれたのだった。




 12月に入ったとたん、拓嗣くんが風邪を引いた。冬の寒さも本格的になってきていて、そろそろまずいかな? と思っていた矢先。朝の起き抜けのことだった。


 拓嗣くんの冬の風邪は長引くと聞いている。だがゆるゆる薬膳の効果が少しでも出ているなら、症状が緩和されたり期間が短くなったりしないだろうか。


 拓嗣くんは悪寒がひどいと、自室のベッドで布団にくるまっている。敷布は毛布タイプ、掛け布団も毛布と分厚い布団を出しているが、それでも足りないらしく、予備の毛布を布団の上から掛けている。


 幸い熱はそう高く無く、それでも顔だけは熱いと額には冷却ジェルシートを貼り、千歳に移さない様にとマスクをしてくれていた。


 千歳はお仕事を休んで看病すべきか考え、拓嗣くんにも申し出たのだが、お薬を飲んで寝ているしか無いから、休む必要は無いと言われた。


「でもほんま、思ったより大丈夫みたいやから。お昼はおかゆあっためて食べるから、レトルトのやつ追加で買っといてくれてええ? 手間掛けさせてごめんやで」


 レトルトのおかゆ数食分、そして冷却ジェルシートや風邪薬は、いつ風邪を引いても大丈夫な様に、お家に数日分をストックしてあるのだ。


「ううん、ゆっくり寝てね。卵酒とか作る?」


「飲んだこと無いけど飲んでみたい。晩に作ってもろてええ? ほんまにごめん」


「謝らんでええて。まずは治すことだけ考えてね」


「ありがとう」


「おかゆね、あっためたあと、冷凍庫に業スーの冷凍カット白ねぎあるから、それ浮かべて食べて。おねぎは身体をあっためて、免疫力を上げるから」


「うん、ありがとう」


 そうして千歳は拓嗣くんを心配しながらも、出勤したのだった。




 千歳はお仕事を終え、帰りにあびこのスーパーでお買い物を済ませてお家に帰り着く。


「ただいまぁ〜……」


 拓嗣くんが寝ていたら起こしてしまうので、小声で言う。千歳は膨らんだエコバッグをダイニングチェに降ろし、拓嗣くんの部屋に向かう。


 こんこん……と小さくノックをして、鍵など取り付けていないドアノブをそっと回す。中をそっと覗くと、部屋の灯りはついているが、拓嗣くんは眠っている様だった。このまま寝かせておいてあげようと、千歳は静かにドアを閉める。


 晩ごはんは拓嗣くんが起きてから取り掛かろう。今夜はお雑炊だ。炊飯器は朝お家を出るときに仕掛けておいたし、すぐに作れる。


 千歳は買ってきたものをエコバッグごとキッチンに運び、速やかに冷蔵庫に入れた。

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