4章 ドラマの様にベタな

第1話 同僚との約束

「あ、葛木聖かつらぎひじりちゃんや」


 すっかりと秋めいてきた10月中旬。お仕事中の千歳ちとせのもとに届いたデータは、モデルさんとして活躍する葛木聖ちゃんの全身姿だった。


 ファッション雑誌にでも載るのだろうか、冬物の分厚いベージュのコートと赤いチェックのロングスカートをまとって、にっこりと微笑んでいる。つぶらなブラウンの目がきらきらと輝いていた。


 スタジオ撮影の様で、背景は真っ白。必要なのは添付されていた指示書によると、カラーモード変換に色調補正、そして切り抜きだった。


 この聖ちゃん、所属している事務所は確か大阪だったはずだ。東京が本社の全国区大手事務所の大阪支所。だから関西ローカルのバラエティ番組などで見かけることが多い。その手の番組は朝から夕方にかけて放送されることが多いので、平日だったらお仕事中の千歳が見られることはあまり無いのだが。


 水曜日が午後休の拓嗣たくしくんは、テレビをつけながら家事をしているみたいなので、見る機会は千歳よりも多いと思う。


 関西では夕方のニュース・情報番組が関西ローカルの生放送が多いので、きっとそういう番組にも良く出ていることだろう。


 モデルさんといっても、それ以外のお仕事も多い。その美麗な姿を見る機会が増えるのは、ファンとしては嬉しいのでは無いだろうか。声やトークも聞けることだし。


 さて、やるか、とマウスとキーボードに手を置いたとき。


「失礼しまーす」


 聞き覚えのある、自部署を訪ねてくる声が部内に響いた。千歳が顔を上げて見ると、声の主はやはり白鳥柚葉しらとりゆずはちゃん。営業部にいる千歳の同期である。


 ゆずちゃんが軽く手を振ってくれたので、千歳も振り返す。ゆずちゃんは同僚のもとへと行って用事を済ませたあと、千歳のところに寄ってくれた。


「ちぃ、お疲れ」


「ゆずちゃんもお疲れ」


 そう言い合い、軽く片手でハイタッチ。同期は他にもいるが、入社してすぐの研修で皆で動く中、ゆずちゃんと千歳の馬が合ったのだ。今でもお仕事終わりに、たまにごはんに行ったりしている。


 ゆずちゃんは千歳を「ちぃ」と呼んでくれる。可愛らしいイメージで、千歳の柄では無いのでは、と思うのだが、ゆずちゃんが呼びやすいのなら構わない。


「あ、葛木聖やん」


 ゆずちゃんが千歳のモニタを覗き込んでくる。


「うん。ファッション誌みたいで、あんま補正が無くて助かるやつ」


「そうそう、この撮影のとき、私も一緒やってん」


「そうなん? 聖ちゃんと話とかした? ええ子?」


 するとゆずちゃんは「んー」と、眉を顰めて小さく呻いた。


「傲慢っちゅうか、偉そうっちゅうかわがままっちゅうか、そんなんやったわ。天狗になってんのかな、ローカルやったら結構人気やし」


「ありゃま、残念」


 と言いつつ、そこまで落胆しているわけでは無い。特にファンというわけでは無いし、芸能人であっても一般人であっても、性格に難のある人はごろごろいる。同じ人間なのだから、当たり前だ。


「あ、そや、ちぃ、なんばにええ感じの日本酒バー見つけてん。今度週末に一緒に行かへん?」


 ゆずちゃんは苦い表情を切り替えて、明るく誘ってくれる。


「日本酒バー?」


「うん。お腹に溜まるごはんがあんま無いから、どっかでごはん食べてからな。そこ、締めに豚汁食べれるで」


 豚汁! そのワードに千歳は大いに反応する。かっと目を見開いた。


「行く!」


「あはは! ほんまにちぃは豚汁好きやなぁ。ほな、近いうちにな。またDM送るわ」


「うん、よろしくね」


 ゆずちゃんはおかしそうに笑いながら、部署を出て行った。


 お外で豚汁、楽しみだ。千歳は自分で作る豚汁も我ながら美味しいと思って、朝に晩にと食べているのだが、お外でいただける、プロが作ってくれる豚汁も楽しみで大好きなのだ。美味しいに決まっているのだから。


 千歳は、例えばセットなどに付いているお味噌汁が豚汁に変えられるのなら、増額してでもしてもらうし、入ったお店に豚汁があれば頼まないわけが無い。


 日本酒バーなのだから、いろいろな、それこそ珍しい日本酒もいただけるだろう。その締めに豚汁をいただけるなんて最高だ。お酒が好きで、豚汁を愛する千歳にとってはパラダイスである。


 楽しみだ。ゆずちゃんからDMを送ってくれると言ってくれていたが、拓嗣くんに念のため予定などを聞いて、行ける日を知らせておこうか。これでお仕事にも張りが出るというもの。


 千歳はあらためてお仕事に取り掛かるべく、マウスを手にした。

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