12、魔王の封印。

 レオンが優雅に足を組み、俺と聖女を見つめている。


 俺は少しでも気持ちを落ち着かせようとするが、苛立ちを隠せない。


「魔王の力を手に入れる。昔からそんな愚かな王が、何人もいたと聞いたことはある。しかしな、結果はどれも同じだった。魔王の力に呑まれ、闇に堕ちて身を滅ぼし、悲惨な最期を迎えただけだ。あれは人間ごときがどうこうできる力じゃない」


 そう言い放つと、レオンはわざとらしく首を振り、口元に冷たい笑みを浮かべる。


「人間ごとき、という言葉はあまり好きじゃないね。僕はもっと、人は先へ行けると信じているよ。かつての君――勇者シルヴァン・クロフォードは、眩いほど強かった。それは認める。しかし今の君は老いぼれではないか」


 俺の眉間に、深い皺が寄る。レオンはなおも続ける。


「ここにいる聖女アイリスが魔王を封印しに行くとき、シルヴァン、今の君に彼女を守れるのかい? それに君には子供がいないじゃないか。勇者の血族が君で終わるのなら、次に蘇った魔王とは勇者抜きで戦えるのかい? その時こそ地獄だ。だから僕は、ここで魔王の力を制御して、有効に使うべきだと思っている」


「貴様はどこまで知っている? 勇者や聖女の伝承なんて、そうそう表に出ていないだろう!」


 怒りをこらえきれず、俺はテーブルを叩き椅子から立ち上がる。すると外から何人もの兵士が駆けつけてきた。レオンが片手を挙げると、兵士たちは無言のまま距離を取り、再びテントの外へ出た。


「おじさま、怒らないで……。まだ話し合いの途中だから」


 アイリスが俺の腕をそっと引く。しぶしぶ椅子に腰を戻すと、レオンが微笑みながら話を続ける。


「僕がどこまで知っているのか、それは答えられない。君が全てを話せないように、僕にも言えないことがある。一つだけ教えよう。先代の聖女アリシア様に、僕は直接会ったことがある」


「うそ……。お母さまが?!」


 アイリスが驚きの声を上げる。俺も目を見開いた。そんな話は、初めて聞いた。


「まだ僕が若いころ、シルヴァン、君に負けて死にかけた頃だよ。帝国の病院で療養していたとき、身分を隠したアリシア様が訪ねてきたのさ。侍女を一人連れてね。最初は偽物だと思ったが、聖女の魔法で僕の傷をあっという間に癒した。あのときアリシア様はこう言ったんだ。『いつか世界を守るか、世界と戦うか、その選択を迫られます。あなたには正しいほうを選んでほしい』――と」


 アリシアがそんな行動をしていたとは……、俺は知らなかった。いったい彼女は何を考えていたんだ……。


「つまりアリシア様は僕に、世界を託したのさ!」


 レオンの黄金の瞳は、異様なほどにぎらついていた。


「お母さまは、そんなことを伝えるために、あなたに会いに行ったんじゃないと思うわ!」


 アイリスの叫びに、レオンは鼻で笑い肩をすくめて言った


「この世界には、もっと大きな可能性が眠っていると、どうして信じられない?」


 レオンは席を立って、俺たちを見下ろすように視線を向ける。


「勇者シルヴァン。なぜ君は魔王を完全に消し去らなかった? アリシア様を死なせる結果になったのに」


 その言葉に、全身に怒りが駆け巡る。俺が拳を握りしめこらえていると、隣に座るアイリスが俺のその手を優しく触れる。そうだな、ここで安い挑発にのっては奴の思うつぼだ。


「おまえにとって世界を守るというのは、魔王の力をも利用することなんだな……? そのために聖女の力が必要だと……」


「ああ、そうだよ! ようやく理解してくれたのか」


 レオンは目を細めて、銀色の髪をかき分けた。この男の美しい容姿の内に潜む黒い野望に、恐れすら感じる。


「なにも僕は、世界を滅ぼしたいわけじゃないんだよ。僕が望むのはただ一つ、勇者がいなくなる未来のためさ。そしてアイリス。僕こそが君を運命から解放してあげるんだ」


 俺は深いため息をついた。この若造が言うことは、筋が通っているようにも聞こえる。しかし真実を知っている俺からすれば、危険思想にすぎない。


「なるほど、よく分かった。交渉は決裂だ。おまえの妄想に付き合うつもりはない。だが誓おう。この旅の果てには勇者として、この命が尽きようとも魔王を滅ぼすことを」


「頭が固いね、シルヴァン。いや、昔と変わらないと言うべきか。分かった、君がそうしたいなら、今はそれでいい。正直まだこちらの準備も万全じゃない。交渉というより、今日は僕の思いを伝えただけさ」


 そして彼はアイリスを見て言った。


「アイリス。いずれシルヴァンは死ぬ、それも早いうちにね。だが、そのとき君を守れる存在は僕しかいない――それだけは忘れないでほしいね」


「今晩寝たら忘れると思うけど、ご忠告ありがとう!」とアイリスは語気を強めて答えた。


 パンパンパンと、レオンは三度、手を叩く。すると控えていた執事と従者たちがテントに入り、俺とアイリスに退去をうながす。どうやら話はここで打ち切るつもりらしい。


「ご案内します。どうかこちらへ」


 低く落ち着いた声で、従者が頭を下げる。外へ出ると、数百人はいると思われる兵士たちが規律正しく並んでいた。


 こんな大軍のただ中で、本当に帰れるのか……? そんな不安がよぎる。


 すると最前列にいる屈強そうな男――渋い面構えが印象的な兵士が、アイリスの前にひざまずいた。


「聖女アイリス様。このような遠方までお越しいただき、まことに恐れ入ります。もしよろしければ、今宵は我々が用意した宿舎でお休みになりませんか? 皇帝陛下のご厚意でございます」


「お気持ちはありがたいですけど……急ぎの旅なんです。申し訳ありませんが遠慮させてください」


 アイリスが断ると、兵士は険しい顔をしつつも「かしこまりました」と頭を下げた。そして合図を送ると、別の従者たちが大きな荷馬車をこちらへ引っ張ってくる。


「せめてこちらの品々をお受け取りください。陛下からのお贈り物で、食料や日用品などを積んでおります」


 荷馬車にはたっぷりと物資が詰まっているらしく、アイリスの瞳が一気に輝いた。


「えっ、全部いただいてもよろしいんですか? 本当に?」


「ええ。すべて陛下のご厚情でございます。長旅の足しにしていただければ幸いかと」


 するとアイリスは先ほどいたテントに向かって、大きな声で叫んだ。


「レオン! ありがとう! あなたのことを少しだけ誤解してたかも! またいつか、ゆっくりお話しましょうーっ!」


 それを聞いた兵士たちが笑いを漏らす。俺も思わず苦笑してしまった。


 兵士に見送られるまま、俺たちは用意された馬車に乗り込むことになった。前方の御者台には俺が座り、アイリスは荷台へ。


「それでは失礼いたします。いろいろ……助かった」


 馬を操りながら、俺は最後に礼を言う。こんな形で援助を受けるのは複雑だが、荷馬車や旅の物資は生命線にもなるので、心底助かった。レオンの姿は見えない。あいつの考えることは読めないが、どうやらすぐにでも何かを仕掛けるつもりはないらしい。


「行くぞ、アイリス!」


「はーい、おじさま、分かったー!」


 アイリスの明るい返事を背中に受けつつ、俺はゆっくりと馬車を動かし始める。大勢の兵たちが見守る中、俺たちはその場を離れた。

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