三十八本目 力と技

 人の姿をしているハズのオルスフェンは、俺と同じ形をしているクセに——その膂力はその辺の魔物より強かった。


「ハハハハハハッ!! お前本当に人間カ!!」」


 最早目には見えない程の速度で振われる剣戟の応酬。――残像がうっすら見える程度の視界で、俺は今までの経験を総動員してオルスフェンの太刀筋を予想し、紙一重で対抗している。


———身体強化がないから……目で捉えられない……!!


「ぐッ……!」


 しかし、全ての攻撃をいなしきれる訳ではない。――徐々に切り傷が増え、消耗していく。


 また、戦いが始まってから一度も攻勢に転じれていない。……つまり、このままでは『絶対に』勝てないのだ。


 しかし、安易に攻めればその分、隙を晒すことになる。


 蹴り一発で人間を文字通り肉片に変えてしまう相手に、その隙はまさに命取りだ。


「いいぞ!! もっと……もっとお前の『技』を見せてみロッ!!」


「っ…………!!」


 『耐える』ことは得意だ。


 ――だが、これはあまりに理不尽だった。


 オルスフェンの力はその辺の魔物よりも尚強力で、対する俺は身体強化を封じられたただの人間。――例えるなら魔物とアリ。


 理性をかなぐり捨てた原始的な理不尽の応酬に、流石の俺も耐えきれる自信はなかった。


———ゴブリンやオークとは訳が違うんだぞ……ッ!!


 心の中で毒づきながら、十、二十にも及ぶ必殺の刃を寸分の狂いもなく受け流す。


———受け損なえば……死ぬ……ッ!!


 その時だった。


「――受け切れるカ?」


 あれほど速かったオルスフェンの剣が一瞬だけ止まり——剣が振り上げられる。


「ッ……!!」


 交差する突き刺しが頭上から迫り——意表を突かれた俺は冷や汗を干上がらせながら全力で上体を逸らす。


 すると、両肩を狙った突き刺しは空を切り、


「……」



 オルスフェンは



「――――」


 それはつまり、


 視界がゆっくりと流れる。


 オルスフェンは振り下ろした二刀の剣を再び持ち変え——邪悪な笑みと共に交差する斬り上げへと繋げる。


 まともに喰らえば、人間の身体なぞ簡単に四分割されてしまう。


「ッッッ~~~~!!」


 全力で後方へ跳びながら、剣と盾を防御に使い——絶死の交差斬りに紙一重で間に合わせる。


 ――のだが、この攻撃に対する『防御』は悪手だった。


「ぶっ飛べッッッ!!」


 剣と盾にぶつかったオルスフェンの武器は、いとも簡単に俺の剣を砕き――新調したばかりの盾を破片へと変貌させた。


 当の俺は、風も顔負けの速度で魔物共にぶち当たり——後方の建物に激突した。


「ぐ……ぁ……ぁぁ……ッ!!」


 ギリギリで意識を繋ぎとめた俺は、真っ赤になる視界に『頭部を強打』したことを理解する。――頭部からの出血が顔を伝ってきているのだ。


「うっ……ぅぅぅ……ッ!」


 背中を強打した激痛と、盾を貫通してきた衝撃が腹部に入った鈍痛に呻きながら……両手をついて、何とか立ち上がる。


「ふッ……ふッ……ふッ……クソッ……剣と……盾が……!」


 フラフラと、砂塵の舞う室内を見渡して……


「こ……こは……」


 自分が突っ込んだ建物が、キイラと行った武具店だと気が付く。


「ハッ……命は……繋いだか……!!」


 飾ってある布製の防具から布を拝借し頭部の出血に強く結びつけながら、手近な剣と盾を手に取り……


「これでも……喰らってろ……!!」


 売り物の投擲用短剣をいくつも投げ——それらと同時に広場に飛び出す。


「ハハァッ!! いいじゃねーかァ!!」


 全ての短剣を打ち払い、オルスフェンは俺の剣を真正面から受け止める。


「この魔法を使ってここまで生き残ったのは冒険者は初めてだアルティ!!」


「そりゃどーもッ!!」


 押し返される剣をギリギリ往なして、俺は畳みかける。


———ビビるなッ!! ここが……攻め時だろ……ッ!!


 不意打ちから一撃、止められたが————初めて攻撃が出来た。


 だからこそ、今だけは攻勢に出る!!


「ォォォォォォォォォッ!!」


 低姿勢からの俺の斬り上げ——防がれる。


 カウンターの右の切り払い——出始めの柄に盾をブチ当て、軌道をズラす。


 心臓を狙った俺の突き刺し――左手の剣で軌道を変えられて不発。


 返す刃で二刀による首を狙った挟み斬り——咄嗟にしゃがんで回避。そのまま頭部を狙った切っ先をしゃがんだ状態から膝をバネにして突き出す。


「おっト!!」


 首を動かすだけで回避された切っ先。――すぐに蹴りが飛んでくる。


「クソ……!!」


 間一髪、自分の足でオルスフェンの足を抑えることに成功するが——力の差がある。


 力の流れに逆らわず、オルスフェンの力を利用して後方に大きく跳ぶ。


 身体強化がないせいか、うまく着地が出来ないが……わざと地面に転がって受け身を取ったため、すぐに起き上がり、オルスフェンと相対することが出来る。


 のだが——



「次は対応できるかナ?」



 瞬間移動のように俺の目の前に移動してきたオルスフェンが、剣を逆手に持ち——先刻の技をもう一度俺に向けてきた。


「っ……!!」


 俺は————


 理不尽にではない。


 オルスフェンの馬鹿げた膂力にではない。


 ましてや自分に対してではない。


「……!」


 先ほどよりなお速い剣を回避する。


 ――俺が怒っているのは、


「……へェ」



 同じ技が通用すると思っているオルスフェンコイツに対して怒っているのだ。



「フッ……!!」


 交差し、重なったオルスフェンの両手首に剣を突き刺し――縫い留める。


「その舐め腐った思考が……お前の敗因だ……ッ!!」


 そのまま剣を斬り上げ、


———ごめん、ウェイヴ……ッ!!


 静かに瞑目しながら、オルスフェンの左脇腹から右肩にかけてを切り裂いた。

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