第21話 彼女の試着体験

 閉店後の片付けをしようとすると、みんながニヤニヤして出迎えた。


「副店長はまだお仕事があるんでしょ? 片付けは私たちでやるので、お二人でお仕事しててくださいねー」


「ちょ、ちょっと! 太宰さん、からかわないでよ」

「むふふ、だってあんな電話来たらねー」

「店長から色々聞きましたが、ドン引きしてましたねぇ」

「あー、私も生で聞きたかったなー」

「あ、じゃあ本人に聞いてみたら?」


「一ノ瀬副店長! あの夜なんて店長に電話したんですかー」

「いや、だから覚えてないって!」


 太宰さんだけでなく、この場にいる皆が私の周りを囲んで次々とはやし立てていく。

 あー、早く私のお嫁さんこないかなー。

 気恥ずかしくて、早く返りたい!

 でも、早くあの人に会いたい。


「ゆ、結愛。お待たせ」


 皆からイジられてから三十分経った時に、怜さんは頬を赤らめながら再来店した。


「ちょっと遅いよぉ。怜さんが来ない間、みんなにあの電話の事でイジられてたんだから」

「ご、ごめん」

「あー、一ノ瀬夫婦の痴話喧嘩始まっちゃったよー。こりゃあ、うちら一時間ほど残業だわー」


 怜さんの謝罪に対して、太宰さんがニヤニヤしながら茶々を入れる。

「ちょっと!太宰さん、皆もやめてよぉ。恥ずかしいんだから!」

「はいはーい。じゃ、副店長。おふたり共同のお仕事してて下さいねー。他はうちらでやるんで」


 太宰さんが他のアルバイトや店員に指示して店内の掃除やら片付けをし始める。しかも私たちを気遣っているのか、怜さんが試着出来るように試着室周辺に人気商品の下着をセットしていた。


「……じゃ、ちゃっちゃと済ませますので、怜さんはこちらへ」


 私は、いつも通りに接客をするけど、なんだか調子が狂う。

 閉店後の試着室。お客様は、怜さんひとりだけ。他はいつもと変わらないのに、ドキドキする。怜さんが、バストサイズを測る為に上着を脱いで下着姿になるだけなのに、衣擦れの音が聞こえるだけでも身体が熱くなっている自分に驚いていた。


「では、最終試験運用のアプリで試着前の撮影をしますね」

「う……うん」


 私はメジャーを持ってきて、トップとアンダーを測る。


「測ってもらうの、そんなに悪くないかも」

「えっ!? ま、待ってください! それってつまり……」

「ふふ、結衣の顔っていつも赤くなるの?」

「い、いや!そ、そんな事は」


 まるで、この一連の仕事が下着屋のごっこ遊びをしているみたい。……本物の下着屋の副店長なのに、こんなにもドキドキするなんて。

 高校の頃からアルバイトして正社員になって長いのに、こんなの初めてだ。


「先輩……サイズ、ちゃんと測れましたよ」


  ただ普通にバストサイズを測るだけなのに、私たちの頬がりんごみたく赤くなりはじめ、しばらくの間に妙な沈黙が流れる。


「う、うん……ありがと」

「え、えと。先輩のバストサイズはBとCの間でしたね」

「うそ!そんなにバストアップしたんだ!」

「大人でも意外とバストサイズ上がる人っているんですよ」


「あ、そうなんだ!じゃあ、もしかしたら私の胸のサイズアップする可能性があるの?!」


「え、えと……さすがに未成年の時と比べると難しいけど、ゼロじゃないですね」

「……なんだ」


 さっきまで頬を赤らめて喜んでいたはずの怜先輩が、しょんぼり顔になった。

 この顔もこの顔であり、かも。って何を考えてるんだ、私!

 今はお仕事なんだから!


「で、では。私が似合う下着持っていこうと思いますが、どんなお悩みがありますか?」

「うーん、今はバストサイズが盛れるやつと繰り返し使えるタイプのサニタリーショーツが欲しいかな。やっぱり、胸を大きくしたいのと、仕事でどうしても下着を替えられない場面もあるし」

「ふふ、かしこまりました。お持ちしますね!」


 私は、自然とルンルン気分で先輩のお悩み似合う下着を何着か選んで持ってきた。なんだろう、いつもの仕事なのにめっちゃ楽しい!


「お仕事、お仕事……ってなんで私、こんなに意識しちゃってるの!?」


 私ははっと我に返って、怜さんのところまで戻る。

 私は必死に仕事モードに切り替えて「こっちの紺色の下着は色の効果もあってセクシーになりますよ」とか「この補正下着は一番谷間を強調出来ますが、締め付けがキツイのでいざって時の短い時間でしか使えません」とか言って怜さんと下着選びをした。


 試着の際は一着前と後ろの二枚ずつアプリのカメラで撮影し、ふたりで選ぶ。あぁ、このやり取りが続いたらなぁ。


「結衣!これとこれが良いかも!」

「良いですね!では、お会計お願いしますね!」

「じゃあ……お仕事終わり?」

「はい!これで……あっ!?」


 私と怜さんで試着とカメラの最終試験を終えると、太宰さんが割って入ってきた。私はハッと我に返ると、既に閉店から一時間経っていて背筋が凍った。


「お疲れ様でーす、じゃあ次は副店長の採寸タイムですねー♪」

「ちょっと!太宰さん!私たちをからかわないでよ!というか、一時間残業しちゃったけど太宰さん大丈夫?」

「いやー、てんちょーとしゃちょーに頼んで特別に残業つけてくれましてー。あとのバイトさんは帰らせました」

「あの店長と社長、なにやってるんですか!」


 わ、私たちの為にあのふたりは。……後でふたりにお礼を言わなくては。

 こうして怜さんのお会計の所へ案内したのだが、「今アプリでカップル登録すると最大半額になりますよー」と太宰さんがニヤニヤして怜さんに教える。


「……あの、怜さん。私の名前でカップル登録お願いします」

「う、うん」

 

 私たちは恥ずかしさでぷるぷると震えながらアプリ内のカップル登録して会計をした。

「んじゃーお疲れ様でしたー。後はお店閉めるのあーしと店長がやるんで、副店長は奥様と愛を育んでくださいねー」


 終始、私たちは太宰さんたちに「一ノ瀬夫婦」とイジられて恥ずかしい思いをして退勤した。


「……で、結衣。ちょっとお願いがあるの」


 怜さんは、お店を出た後でアプリの使用感のチェックを終えると、真剣な顔で私の顔を見つめる。


「え?なんですか?」

「実は……両家の家族会議に同席してほしいの」

「えぇぇぇ!?なんでですか?」

「いや、あの。さっき、両親からラインが届いたんだけど……例のあのふたりの記念撮影がバレちゃったみたいで」


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