元カノと再会したら、取引先でした

ギール

第1話 取引先はまさかの元カノ先輩

「お久しぶりです。……元カノが、取引先になる日が来るなんて思いませんでしたよ」 


 私は固まった。

 取引先で待っていたのは、高校時代の恋人で先輩の桐生怜だった。


「アプリ開発担当の一ノ瀬結衣です」


 大雨に濡れたスーツ姿の彼女が、名刺を差し出してくる。

 ビジネスライクに装っているけれど、目は少し動揺している。


「……専門下着店Athletica Laceアスレティカ レース一ノ瀬結衣いちのせ ゆいです」


 自分の名前を名乗るだけで、胸が痛い。震えそうになる声を押し殺して、私は彼女と名刺交換した。

 私たちは目が合うと、ぎこちない会釈をして待ち合わせ場所のカフェの様子をみる。


「アプリ開発の件、打ち合わせ始めたいんですけど……混んでますね」

「そうですね」

「場所、変えましょうか」

「はい」


 彼女の指差す方をみてみると、平日にも関わらず並ぶ列が出来るほど混雑していた。とても落ち着いて打ち合わせ出来るような環境ではない。


「しかし、雨やみませんね」

「そうですね。何処のカフェもお店も混んでますし」

「近くに私の実家が有ります」

「え?」


 突然の提案に驚く私をよそに、彼女は淡々と話す。先輩の家。昔、何度も通った場所だ。

 顔も合わせない。昔みたいに笑ってくれたりしない。

 外は十一月にしては珍しい大雨。髪に残る雫が、艶やかに揺れていた。

 いつもなら私の目を見て話してくれたのに……。


「何ジロジロと見てるのよ、結衣」

「そっちこそ、私の透けブラが気になるんですか?」

「え、何? 趣味変わった?」

「黒レース、ですよ。エロいでしょ」

「……男子高校生か」

「先輩こそ、ベビーピンクって意外と乙女チック」

「うっさい」

「ご興味ありましたら、是非お客様としてご利用下さいね」

「はぁ、嫌な社会人になったね」

「そっちこそ」


 先輩は透けている可愛いブラを片手で隠す。

 これって昔のノリだ。

 この人って今でも私のこと、忘れてないんだ。

 ……ズルいな。

 胸が少しだけ疼いたけど、私は笑った。


「ほら、着いたよ」

「……あの頃から変わりましたね」

「そうだね、結衣」


 恋人時代、あの頃は先輩の家さえ輝いて見えた。今は、壁が少し剥がれて、時間の跡が滲んでる。

 でも、ここに来ると不思議と心が揺れるのは変わらない。


「ただいまー」

「お邪魔します」

「チィ……、妹夫婦いんのかよ。平日なのに」


 私たちが昔のように家に入ると、玄関に男性用と女性用の靴が並べられてあった。


「妹夫婦?」

「あぁ、うちに妹いるって話したっけ」

「弟みたいな妹がいるって昔言ってましたね」

「そうそう。今、高校生で幼馴染と」


 先輩が言いかけた時、奥から笑い声が聞こえた。男女二人分。


「あ、いるね……」

「……まぁ、あの二人も色々あるんだよ。昔の私達みたいに」


 先輩は少し眉をひそめた。


「私達みたいに……ですか」


 私は先輩からバスタオルとヘアドライヤーを受け取り身体を乾かした。

 その間、リビングのテーブルで彼女の意味深な言葉が頭の中で鳴り響く。


「さて、そろそろ仕事の打ち合わせするか」


 先輩は、ペンとメモ用紙、タブレットを取り出して準備し始める。


「その前に、着替えるか。私のがあるから貴方も着替えようか」


 タオルとTシャツ、それに下着を渡されて、私はポカンと立ち尽くす。


「結衣、あっち向いて着替えて」

「え?」

「着替えるから。これ貸すから早く」

「え、ええ!? わ、わかりました!」


 慌ててそっぽを向いて私も先輩の下着とTシャツを借りて着替え始める。

 ふと視界に入ったピンクのレース。

 ……ズルい。

 さっきから私の心臓がうるさい。

 この衣擦れを聞くと、高校時代のあの夜を思い出す。


「……よし」

「もういいんですか?」

「うん、じゃあ始めるか」


 私は振り返る。

 私と先輩は、タオルを肩にかけたまま、Tシャツに下着だけの軽装になっていた。


「……先輩、今でも綺麗ですね」

「あ?」

「い、いえなんでも!」


タブレットに映る文字が、全然頭に入ってこなかった。


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