調べる
ちょっと怪しげな何でも屋に相談したものの、約束場所に来たのは自分とたいして離れていなさそうな女性職員だった。
こちらに担当者変更の希望を聞いてきたところを見ると、彼女もちゃんとした探偵かなにかなのだろうということがわかったから、話を進めることにした。
「なのに、なんであんなことに……」
わたしはテーブルの上にスマホをセッティングしてつぶやく。
動画撮影開始ボタンをタップすると、この狭い6畳ほどの空間はほぼカメラに収まっているはずだ。
わたしはカメラの前に移動すると軽く咳払いをした。
「昨日、なんでも屋の高木さんに会ってきたけど、スマホで画像を見ていたとき急に青ざめて、発狂して逃げて行っちゃった。まるで葵のときと同じ感じ。高木さんが逃げ出してからなんでも屋に連絡を取って事情を説明したけど、高木さんはまだ見つかってないみたい。絶対になにかあると思う」
そこで言葉を切って振り向いた。
振り向いた先には低いテーブルとノートパソコンがある。
これは唯一わたしが仕事で使っている道具だった。
「なにが起こっているのかわからないから、今から私も検索してみるつもり」
パソコンの前に座り、大きく肩で深呼吸をする。
ふたりが一体なにを見てしまったのか好奇心と恐怖心が入り混じって手のひらに汗がにじんでいる。
「ふたりが検索したのはボブカット。でも、こんなの誰でも検索しているはずなのに」
パソコンの検索窓に『ボブカット』と打ち込んで、少し悩んでから消す。
そして『オカッパ頭の女の子』と打ち込みなおした。
「関係あるかどうかわからないけれど、先にこのワードで検索をかけてみる。だって、わたしまで突然発狂して行方不明になったら困るから」
カメラへ向けて言い訳がましくつぶやいて検索をかける。
すると10件ほどのサイトがヒットした。
が、そのどれもが幼女趣味のいかがわしいものであるとわかって顔をしかめる。
「こういう情報じゃないんだけどな」
つぶやき、あきらめて検索しなおそうと思ったそのときだった。
【少女の都市伝説】
と書かれたページを見つけて手を止めた。
いかがわしいページが多いなか、これだけがしめっけを帯びた雰囲気を出している。
「そういえばオカッパ頭といえばトイレの花子さんとかもそうだよね。昔の子供はああいう髪型をしている子が多かったから」
【都市伝説】という文言に惹かれてページを開いてみると、そこは黒いバックに赤文字でズラリと説明書きがされていた。
「やっぱり、トイレの花子さんだ」
書かれていた文章の一番上を読むだけでも、それが全国的に有名な花子さんのことであるとわかる。
花子さんは学校のトイレに出没して、子供を連れ去ってしまうというものだ。
子供向けに作られたサイトだろうか?
そう思って更にスクロールしていくと、今度は別の都市伝説が書かれていた。
【電車の少女】
知らない内容で、つい画面を食い入るように読み勧める。
【電車の少女
その街では最終電車が出たあとに乗ってはいけないあの世行きの電車が出るという。
その電車に間違えて乗ってしまうと最後、永遠に電車から降りることはできない。
ある時1人の女の子が駅の中で母親とはぐれてしまって、ひとりでこの電車に乗り込んでしまう。
それ以来女の子はずっとその電車に乗り続けていて、年も取らず、時折自分みたいに迷い込んできた人間を電車内に引きずりこんでいるという】
そんな話の後にオカッパ頭の女の子のイラストが表示される。
恐ろしい都市伝説とかわいらしいイラストがミスマッチで鳥肌が立った。
わたしは自分の両腕をさすりながら次の記事へと視線を向けた。
その瞬間「あっ」と、声をもらす。
【10枚見たら狂う写真】
題名の下に表示された写真は、あの白黒の少女の写真とそっくりだったのだ。
後方に広がる田園地帯も、古い家屋もそっくりだ。
【この少女の写真は全部で10枚ある。
そのすべてを順番に見てしまった物は狂ってしまうといわれている】
簡素な説明書きの下には同じ写真が9枚貼り付けられていた。
「同じ写真……?」
違和感を覚えて写真を食い入るように見つめる。
1枚目の写真、少女はジッとこちらを見つめている。
写真に不慣れなのかその顔は怒っているようにも見える。
2枚目の写真も同じ。
だけどほんの少しだけ笑っているように見える。
一度まばたきをするとわからなくなるようなレベルの変化だ。
3枚目。
こちらは2枚目とあまり変化がないように見えるけれど、1枚目と比べてみると口角が上がっていることがわかる。
4枚目、5枚目と進むにつれて少女は笑顔になっているのだ。
でも、なぜ?
今ならカメラの連写機能を使えば少しずつ変化する写真を撮ることも簡単だけれど、当時にそんな技術はない。
だとすれば、少女は何枚も何枚も少しずつ表情を変化させながら撮影されたことになる。
いや、そんなのは現実的じゃない。
きっと、1枚目がオリジナルの写真で、それ以外は誰かが加工したものなんだろう。
それが少女がだんだん笑っているように見える写真として怖がられるようになった。
そう考えたほうがずっと現実的だった。
「でも、作り物の写真を見ただけでどうして発狂したんだろう」
ふたりも同じような目にあっているのをわたしは目の前で見ている。
まさか、舞香と高田さんが共謀してわたしをだましている、なんてことはないと思う。
ふたりに接点はないはずだし、こんなことをしてもメリットはなにもない。
だとすれば、ふたりは演技をしているわけじゃないということになる。
ふたりともこの写真を見たあとに発狂し、本当にいなくなってしまったのだ。
ぼんやりと少女の写真を見つめていると、いつの間にか9枚目まで見てしまっていた。
1枚目と比べると明らかな笑顔で、歯が除いている。
「アハハハハハハ!!」
途端に自分の真横からそんな笑い声が聞こえてきて身をそらした。
「な、何今の!?」
ここにはわたしひとりしかいないし、もちろん自分の笑い声ではなかった。
心臓がドクドクと脈打ち全身に汗が流れていく。
「気のせい? まぁいいわ、録画映像を見直せばわかるから」
わたしは自分の気持ちを落ち着かせるために口にだしてそう言い、スマホへと視線を向けた。
この部屋が全部入るようにセットしたスマホは、ちゃんと録画を続けてくれている。
ほかにもなにか情報がないかスクロールして調べていたけれど、めぼしい記事を見つけることはできなかった。
けれどページの右下にはこの都市伝説を集めた人へのメッセージを送ることがきる、メールボックスがあったのだ。
わたしは少し躊躇したあと、そのメールボックスを開いた。
文章だけでは相手が男か女か、若いのかそうでないのかも判断がつかない。
こんな風に連絡を取ることで自分が危険な目にあうかもしれないということも、もちろんわかっている。
それでもこのままにはしておけない。
わたしは意を決して記事を書いた相手にメッセージを送ることにしたのだった。
☆☆☆
相手から連絡があったたのは翌日の昼のことだった。
この日は幸い仕事が休みでメールの返信にもすぐに気がつくことができた。
「これ見て、相手は男の人だって」
わたしはパソコンに送られてきたメールをスマカメラで撮影してつぶやいた。
この後自分になにかがあったときのための保険だった。
【メッセージありがとうございます。
僕の集めた都市伝説に興味を持ってくださったのかと思ったら、まさかの経験者さんですか!
しかもふたりも目の前でいなくなったなんて、すごい経験をしていますね。
僕もぜひあなたに会って直接お話を聞きたいと思います】
好奇心むき出しの内容に嫌な予感はするけれど、とにかく会ってみるしかない。
明るい時間帯に、人の多いファミレスで落ち合う約束をしたのだった。
☆☆☆
昼を少し過ぎたファミレスの店内はまだ家族連れやカップルで賑わっていた。
さすが休日である。
店内をグルリと見回してみるとひとりで窓際の席に座っている男性を見つけた。
男性はグレーのスーツ姿で、足元には黒の仕事カバンが置いてある。
説明に聞いていた通りの人物はその人しかいなかったため、私は早足で男性へと近づいていった。
相手にわかりやすく花柄のワンピースを着てきたのだけれど、なんだかミスマッチな気がして途端に恥ずかしくなってきた。
「はじめまして」
テーブルの上に置かれた紙をジッと見ていた男性に声をかけると、その人は弾かれたように顔をあげた。
「あ、どうも。櫻井です」
都市伝説を集めてネットに公開していた人物だ。
「前田京子です。あの、今もスマホで動画撮影しているんですけど、大丈夫ですか?」
私は右手に持ったスマホを見せる。
家でオカッパ頭の少女について調べている間も、ずっと動画を回していた。
そうして記録に残しつつ、撮っていることでどこか安心できるからだった。
「もちろん大丈夫ですよ。そういう約束でしたもんね」
櫻井さんは人懐っこい笑顔で頷いてくれた。
話では22歳の大学生で、オカルト的な趣味があるということだった。
だけど今対面している櫻井はもっと幼い、高校生くらいに見える。
わたしは櫻井さんの前の席に座ってテーブルの上の資料に視線を落とす。
「すごいですね、これ全部オカッパ頭の少女の資料ですか?」
「そうです。ネットにあげているのは一般的に知られているごく一部の内容だけで、本当はもっと深堀りした資料を持っているんです」
ということは、トイレの花子さんについても詳しく知っているということだろうか。
ああいう話はどんどん派生していくから元をたどるのはとても大変そうだけれど。
「この少女の名前はカナエちゃんです」
一枚の資料を手渡されてわたしは目を見開く。
「この子の名前までもうわかっているんですか!?」
「はい。この写真で検索すれば出てきました。といっても、普通のネットじゃなくて郷土資料を集めた専用のパソコンで調べたんですけれどね」
櫻井さんはちょっと照れくさそうに頭をかいている。
「そんなパソコンがあるんですね。そのパソコンで調べれば全国の郷土資料が出てくるんですか?」
その質問に櫻井さんは首を左右に振った。
「残念ながらまだ開発途中です。大学でそういう研究を続けている人たちが、自分たちで情報をバックアップしているんです」
なるほど、そういうことかと納得する。
手渡された資料に視線を落とすとそこには『室井カナミ』と書かれていて、あの白黒写真が印刷されている。
その瞬間耳元で「アハハハハ!」と笑い声が聞こえてきて思わず手で押さえていた。
「どうしたんですか?」
「いえ……」
否定しかけた言葉を途中で飲み込む。
櫻井さんは都市伝説を調べている人だ。
こんな妙なことでもちゃんと聞いてくれるかもしれない。
「今、女の子の笑い声が聞こえた気がして」
「あぁ、それはきっとカナミちゃんの声でしょうね」
なんでもない様子で言って一口水を飲む櫻井さん。
「今の声がカナミちゃんの声!? 櫻井さんにも聞こえたんですか?」
てっきり自分にしか聞こえていない笑い声だと思っていたので、身を乗り出して質問する。
「残念ですけど、僕にはそういう声は聞こえません。だけど、あの写真を9枚目まで見た人の中にはそういう現象が起こった人もいます」
なんだ。
とガッカリすると同時に、同じように笑い声が聞こえた人がいるときいて期待が膨らむ。
「その人たちって、もしかして……」
「みんな元気です。発狂して行方不明になったりはしていません」
キッパリと否定されて肩を落とす。
「だけど10枚目まで見てしまったときにはどうなるか、わかりません」
「それで自分のサイトには9枚目までしか写真を上げていないんですか?」
「それもあります。でも。僕がいくら探してみても10枚目の写真が見つからないんです」
ふぅと息を吐きだして櫻井さんは残念そうに言う。
「きっと、10枚目を探し出せる人にはなにか共通点があるんです。僕みたいに、男ではダメだとかなんとか」
その共通点についてはまだなにもわからないらしい。
けれど櫻井さんが集めてくれた資料はまだまだ山ほどある。
それに目を通して行くと、室井カナミという少女は小さな村に暮らしていたらしい。
現在では聞いたことのない村の名前だ。
「この村は今でもあるんですか?」
ご丁寧にも村の地図まで印刷されているけれど、何県のどこかのかまったくわからない。
それくらい古い地図だった。
「それもありません。村のだいたいの場所ならわかるんですけどね」
櫻井さんはそう言って下の方に埋もれていた資料を引っ張り出した。
それは現代に近い地図が印刷されていて、山の中腹あたりに赤い丸で印がされている。
「東北にある山の中です。おそらくですが、この山のどこかにこの村があったと思います」
どれも櫻井さんが独自で調べたものだから、全くの見当違いの場所かもしれないそうだ。
わたしは自分の顎に手を当てて考え込んだ。
この山がある場所までは電車で何時間もかかる。
その上登山となると更に時間は必要だった。
仕事をしている以上、そう簡単に行ける場所ではなさそうだ。
「室井カナミちゃんはこの村で生まれて、そしてどうしたんでしょうか?」
「それはこっちの資料に書いてあります」
また下の方から紙を一枚引っ張り出す。
それには大規模な感染症について書かれていた。
【日本全国を蝕んだ歴史上最悪の感染症
そのウイルスに感染すると2日で発症、5日で意識混濁、10日目で死に至る】
「感染した人全員が死んでしまうウイルスですか?」
「そうじゃないらしい。だけどそれで沢山の人が死んだのは事実だよ。そして室井カナミちゃんが10歳だった頃に、その感染症が日本全国で見られるようになった」
「時期が同じなんですね? もしかしてカナミちゃんも感染して、亡くなったとか?」
「その線も考えたけれど、感染症で亡くなった人は10万人を超えたらしい。全員がカナミちゃんのように白黒写真になっていると思う?」
「いえ、それはないと思います」
もしそんな写真が蔓延していれば、もっと騒ぎになっているはずだ。
だとすればこの室井カナミちゃんの身にだけ、なにかが起きたということになる。
「ここからが面白いところです。日本全国で感染症が流行り、次々に人が死んでいく。
そんな中、当時閉鎖的な空間にあった村の人はどうしたと思いますか?」
こころなしか櫻井さんの声が興奮してうわずっている。
見ると血走った目で資料を見つめて、呼吸も荒くなっているみたいだ。
「感染者を隔離したとか?」
「残念ながらそれは村特有のできごとではありません。現代だって、感染したら数日間出勤や出席を停止される病気もありますよね」
「たしかに。昔で言えば全国的に隔離は珍しくなかったってことですね。だとすると、なにが残るんだろう」
わたしが考え込んでしまったとき、櫻井さんが自信満々に一枚の資料をわたしの前に置いた。
そこには【イケニエ制度】と書かれていて絶句する。
「昔、それも小さな村や町では第なり小なりイケニエというものがありました。ここで話題になっている感染症が原因だけではありません。雨が降らなくて作物が育たないとき。村を他の人達に荒らされたとき。様々な理由で【イケニエ】が捧げされてきました」
「まさか、この村にもそういう制度があったっていうんですか?」
にわかには信じられないことだった。
イケニエとはつまり、人を殺すことを意味している。
最初は生きたままイケニエにされていたとしても、その生命がいつまでも続くとは考えにくい。
「そうです。そしてイケニエ第一号になったのがこの子、室井カナミちゃんです」
白黒写真を指差して断然する櫻井さん。
その瞬間写真の顔が奇妙に歪んで大きな口を開けて笑っているように見えた。
「ヒッ!」
咄嗟に身を反らして写真から視線をそむける。
「もしかしてなにか見えました?」
「……いえ、別に」
興味津々に質問してくる櫻井さんにわたしはどうにか首を左右に振って答えた。
なぜ櫻井さんに異変はなくて、自分にはあるんだろう。
「この資料はあなたにあげます。なにかあったら、僕のスマホに直接連絡をください」
櫻井さんはそう言って、そそくさとスマホを取り出した。
「え、わたしひとりで真相解明するんですか?」
驚いて聞き返すと櫻井さんは当然だとばかりに頷く。
「僕はここまで情報提供をしました。これだけの資料を集めるのだって、簡単じゃないんですよ」
「それはわかりますけど、でも……」
「それに僕は学生です。大学へ行かないといけない」
それならわたしだって仕事がある。
と、いいかけてやめた。
どっちみちわたしはすでに9枚の写真を見てしまっている。
どこかで10枚目を見てしまえば終わりだ。
そうならないためにも、動くしか道は残されていない。
「もしかしてこうなることを想定して9枚目の写真までネットに乗せたんですか?」
険しい表情で櫻井さんを睨みつけたけれど、彼はひょうひょうとした様子で残りの水を飲んだのだった。
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