001
澄んだ青空が広がる旅路。
「ミダ、もうそろそろ休憩せんかねぇ?」
40代とは思えないほど年老いた口調で、初老の男性は、自身の数メートル先を歩く女性に休息を提案する。
「……そうですね。森に入ってからでは満足に休めるとも限りませんし、少しだけ休憩しましょうか」
ミダは進行方向に対して索敵を行いながら、男性の提案を快く承諾した。
この女性、ミダは見た目こそ年相応の10代前半だが、10代とは思えないほどの索敵能力や気配を察知する能力に長けていた。
ミダは現在、訳あって初老の男性と〃とある目的〃で旅をしている。
「休憩がてらワシはムーエンの魔道具を活用して、そこの木に“目印”を刻んでおくよ」
二人は近くの木陰でしばし、休息を取ることにした。
初老の男性は木の根本付近の地面に、片手で持てる大きさの球体を埋めた。
「うむ。こんなものかのう!」
球体を埋めた側の木に、魔力を込めた指を使い魔術印と言われる特殊な文字を記述していく。
「ムーエンの作った魔道具って……使えれば便利だけど、使用までの条件が面倒ですよね」
「そうかのう?これだけの効果を発揮するならば、これくらいの下準備は必要じゃよ」
「そうですか………それよりも!今回は見つかるといいですね」
「うむ。そうじゃの~生息していても見つけられるかが問題じゃからのう」
「今回、向かっている森ではマナ濃度が異常なので遭遇する可能性はかなり高いと思います!」
「ミダが前向きになるのも無理はないのう。もうすぐ森に入るが、この場所からでもマナの濃さを感じるから"精霊"もしくは、それに準ずるものが居るのは間違いないじゃろう。」
「はい!ここまでマナ濃度が異常な場所には来たことがないので……おそらく居るとは思うのですが、注意を払うべきは精霊よりもこの異常なマナ濃度ですね。先生はこのマナの濃さについて、どう思いますか?」
「う~む。どうと問われてものう…精霊が長い年月住み着いた結果、住みやすいように精霊自身が長い時間を掛けて森全体のマナ濃度を高めた故、延いてはその周辺にまで濃度異常の影響が及んだ……という可能性が一番に思いつくがのう。如何せんワシは、この地域に足を踏み入れたことがないから何とも言えんのう」
「精霊の影響で森の周辺のマナが濃くなったと言うことですね。実は……この異常なマナの濃度を感知してから、私の中で一つ気になることがあります。なぜ『カナリス』はこれほど異常な森を放置しているのでしょうか?」
「ふむ。と言うと?」
「カナリスの王都まで、かなり距離はありますが森のマナ濃度がこれだけ高いと強力な魔物が生まれる可能性も高いと思うのですが……最悪、魔物が群れをなしてカナリスに侵攻したら、いくらカナリスに手練れの騎士が居ようとも甚大な被害は免れないと思います」
「なるほどのう一理ある。実際のところワシには放置している理由は分からん。あくまでワシの想像したことを話すことしか出来んからのう………ワシの考えを話す前に、ミダの考えを聞きたいんじゃが、いいかのう?」
「私の考え……ですか。………今思い浮かんだものでよければ」
「それでええよ。では、ミダよカナリスはなぜ森を放置していると思う?」
「———カナリスの怠惰………ですかね。この地域周辺の国の情勢に詳しくないので、私の頭ではこれくらいしか思い浮かばないです」
「おっほほっ!そうきたか。いいの~十分にあり得るぞ」
初老の男性はミダの予想外の回答に、思わず声を出して笑ってしまった。
「あまり笑わないでください!」
「おお、すまない。想像を超えてきたものでつい」
「ちゃんと理由があるので!聞いてください!」
「うむ。静かに聞くとしよう」
「カナリスの王都で謁見して感じた、私のカナリスの王への印象は……優秀な王には見えませんでした。謁見した時間は一時間ほどですが私はそう思いました。先生の研究についての話を理解できないのであれば、それは仕方のないことですが、先生が話しているときに王妃とコソコソ話をしている時は頭にきました!!それに、研究資材の提供についても基本的にお付きの人に判断を委ねてばかり。あんな王様が存在していいんですか!?」
「ふむふむ。なかなかに鬱憤が溜まっていたんじゃな。まあワシもカナリスの王については思うところがある……だがしかし、遙か遠くから来た噂でしか聞いたことがないような研究者と謁見してくれて、資材の提供はしてもらえ無かったが1時間も話を聞いてくれただけでもありがたいんじゃよ。」
「それでも!あの態度はあまりにも失礼じゃないですか!!カナリスってフレア地方では大国の部類に入りますよね!?そこのトップが、あんなのでカナリスが大国としての地位を確立出来ているのが信じられないんですよ」
「まあ実際、今後カナリスがどうなるかはわからないからの~1年ほど前に前王が退いて、御子息が継承しているとは聞いていたが、ワシも実際に謁見して驚いたの~」
「えっ!あの王様って王位を継承して1年位なんですか!?」
「うむ。そうじゃよ、現王は国政についてまだよく分かっていないのかもしれんの~」
「いやいや!それにしてもですよ!!1年も王様としての経験があれば、謁見に来た人への対応とか分かるものじゃないんですか?それに、前王の御子息なら帝王学とか?そういう教育を受けてきたと思いますけど……いずれにしても、王があれではカナリスの今後が心配ですね」
「そうじゃのう。現王が王として成長せねば、今後10年先20年先は不安じゃのう」
「私は、カナリスが10年や20年も今の地位を維持出来るとは思えません!」
「うむ。現王だけを見ればそう思うのも無理はないのう。じゃが実際のところは、そうでもないんじゃ。」
「先生の考えは……王だけではなく国全体を見ろ。と言うことですか?」
「流石はミダじゃ。察しが良いのう」
「前王と現王では、確かに王としての能力に差があるとは思うが、その差だけでカナリスの国力がひっくり返ると言うことはないと思うのじゃ。優秀な王が居れば国が安泰という訳では無いのじゃ……もちろん王が優れているに超したことはないがのう。特にカナリスが大国である所以は、人材が豊富なところじゃから王がすげ変わったくらいでは今の地位は揺るがないじゃろう」
「つまり…カナリスは農業や生産業に優秀な人材が数多く居る……ということでしょうか?」
「農業や生産業を行える人材も大切じゃが、中でも重要なのは国政を担えるものと兵士じゃ。特に、それらを総合した軍事力に関しては、国力の土台と言ってもいいくらい重要じゃ」
「と言うことは、カナリスは兵士の数と質が他国と比べて優れているからカナリスは大国ということですか?」
「まあ、そうじゃのう。他国からの侵略を防ぐにしても攻めるにしても兵士の数と質が勝敗に直結すると言ってもいい程じゃ。戦になれば作戦を計画して指揮を執る軍師の采配も重要じゃが、兵士の数が揃っていなければ、実行できる作戦が限定されてしまうし兵士の練度が低ければ数が揃っていても、兵士に対して高いレベルが求められる作戦の場合、その作戦が失敗してしまう可能性が高くなるからのう」
初老の男性は、さらに続けて語る。
「農業とか生産業も重要じゃが、最悪それは他国を侵略してから奪えば済む話じゃからのう。じゃが兵士に関しては、なかなかそうもいかんのじゃ。愛国心があるものや同僚を殺されているもの、ついこの前まで殺し合っていた相手だったり……様々な因縁がある者を自国の兵士として迎え入れるというのは難しいのじゃ。いつ戦場で背中を刺されるか分からないからのう…そんな不確定要素を抱えたまま戦をしたい者など、居ないからのう」
「なるほど。確かに、戦に勝って敵国の領地を人民ごと確保できれば、食料や武具が枯渇する……なんてことは無いですね」
「うむ、そうなのじゃよ。話を戻すが、カナリスが大国である所以は軍事力と言ったが、ただ単に兵士の数が多くて練度が高い、と言うわけではない。むしろ、カナリスの領土に対しての兵士の数は平均くらい、練度に関してはフレア地方では真ん中より少し上くらいじゃないかのう」
「………どういうことですか?さっきまでの話と矛盾してませんか…?」
「まあまあ。ミダよ話はまだ終っておらんよ。では、なぜカナリスの軍事力が高いか、それはのう……あの国……カナリスには最強の守護神“ガーレム・シン”と“赤轟部隊”と呼ばれる少数精鋭の部隊のおかげじゃ」
「ガーレム・シン…それに赤轟部隊……?」
「そうじゃ。ガーレム・シンに関してはこの前の謁見で会ったが、元気そうじゃった。だが、もう奴も年じゃからのう。いつまで現役でやって行くのかは、ワシには分からんし。そもそも、もう後任に席を譲ったのかもしれんが、カナリスが現王に変わって一年経つにも関わらず平和そうなところを見るに“守護神”としての威光は衰えていないのじゃろう」
「………!?ちょっと待ってください!!今、謁見の時に会ったって言いましたか!?先生は城に入るときから出るときまで私と一緒でしたよね?いつどこで会ったんですか?」
二人は謁見しに城に入る際に、自分たちが他国の者と言うこともあり、緊急でなにかが起こった時に備えて、城の中では二人が一定の距離以上離れないように行動していた。
「……どういうことじゃ?さっきも言ったが謁見の時じゃよ。何なら応接室に入った時には、すでにおったよ。見た目で言うと…肩まである白髪の目つきの悪い爺じゃな!」
「あっーーーーーー!!!!!!居ましたね!!えっ!!?あのおじいちゃんってそんなに強いんですか!?私が応接室で魔力を感知したときの感想になりますが、魔力の練度はあまり高くない方だと思いました。むしろ、おじいちゃ…じゃない!ガーレム・シンの横に立っていた、女性の方が魔力の練度は高いと思いました!もしかして……私の予想になりますが、ガーレム・シンの強さは魔力に起因しないものですか?」
この世には魔力とは別で信仰心によって力を授かる者や、生まれながらにして特異な体質を持つ者も存在する。その可能性について、ミダは言及した。
「ほっほっほ!その可能性が浮かんでくるとは、流石ミダじゃな。しかし、残念なことにガーレム・シンの強さは魔力に起因するものじゃよ」
「で…でも!魔力の練度って肉体に魔力を流して、身体の内側でひたすらに魔力を練って流して、練って流してを繰り返さないと魔力の練度って上がりませんよね!?」
「ふ~むふむ。謎は深まるのう」
「もしかして……!!そもそも…魔力の練度を上げていない……ということですか?でも、魔力の練度を上げないと通常時の肉体の動きと、魔力を込めたときの肉体の動きにギャップが生じて、身体の操作が上手く出来なかったり、身体が耐えられる負荷以上の魔力を流してしまって骨にひびが入ったり、負荷が掛かりすぎてしまった箇所の筋繊維がズタズタに切れてしまうこともあるし…最悪、臓器が破裂する……なんてこともあるのに」
「ふ~むふむ。では、なぜミダはガーレム・シンの魔力練度が低いと思う?」
「それは…私の魔力感知の結果からガーレム・シンの魔力練度が高くないと思いました。魔力練度の高い人には独特の……なんというか…上手く言葉に出来ませんが、魔力操作を行っていないときでも『体中を高濃度の魔力が流れていた』という痕跡が『治癒師』の私には分かるので……!」
ミダは自身の魔力感知能力に絶対の自信を持っているので、魔力感知の結果に誤りが無いことを強調する。
「ミダがそう感じたのなら、その場での魔力感知の結果はそうなんじゃろう」
「そうですよね…!?魔力の練度を上げると必然的に、身体の中で練った濃い魔力が身体中を、何度も何度も巡って練れば練るほどに魔力濃度は濃くなっていって、そんな鍛練を続けていたら魔力を身体に込めていないときでも、身体に『濃い魔力が巡り続けていた』痕跡は残ります!ましてや、それが何十年も鍛練を行っているであろう老兵なら尚のことです!」
「うむ。では、そろそろワシからガーレムの強さと魔力練度の謎についての答えを言ってもいいかのう…?」
「はい!!もの凄く気になるので、是非!正解を聴きたいです!!」
どういう回答がくるのか皆目見当も付かなかったので、ミダはガーレム・シンの謎が気になってしょうが無かった。
「まず、結果から言うと…ガーレムの魔力練度は低くない。むしろ、ワシの練度よりも高いんじゃよ」
「ええええぇええ!??先生よりも高い練度なんて……この世に生きている人の中でそんな人いるんですか!?と言うことは、ガーレムさんは英傑クラスってことですか…?」
「うむ。ガーレムは英傑じゃのう。それにしても…ミダよ、非常に嬉しいんじゃが……ワシのことを高く買いすぎじゃ。カナリスという国を長年守り続けてきた、ガーレムの魔力練度は当然ながら高い。では、なぜミダはガーレムの魔力練度を見誤ったのか……それはのう、ガーレムの魔力操作が上手すぎたんじゃよ」
「一つ疑問なのですが……魔力操作では身体を巡る魔力練度の痕跡は隠せないと思います」
「ミダの疑問はもっともじゃ。だがしかし………ガーレムは普通じゃないんじゃよ。あやつはの魔力操作は一般的な肉体強化と言ったものでは無く……『濃度の低い微弱な魔力を常に身体中に循環し続けている』というものじゃ。おそらく、ミダの魔力感知に引っかかっていたのは、ガーレムの『微弱な魔力の群れ』といったところかのう」
「微弱な魔力の群れ………ですか!」
「うむ。例えるならば……小魚の大群のせいで後ろにいる大魚に気づかなかったんじゃよ」
「でも!そんなこと出来るんですか!?常に魔力操作を行うなんてこと可能なんですか?ましてや、微弱な魔力を操作するって………そもそも魔力操作で体内の魔力を操ろうと思ったら、自然と魔力の練度が上がって魔力の濃度が濃くなっていくはずです!」
「そんなの、氷を口の中に入れたまま溶かさないでいるようなものですよ!!」
「……ミダの例えは、何というか………独創的じゃのう……………」
「あまり褒めないでください!!先生に褒められると、調子に乗ってしまうので…!!」
褒められたと思い、ミダは顔を赤くしてしまった。
「………ミダの例えで言うと、常人が素手で凍りを持ちバケツの中に入れようとした場合、手の温度で氷が溶けてしまいバケツに入れる時には、多少なりとも溶けてしまうから、手で触れる前の氷の状態と変わっておる…と言ったところかのう?」
「はい!そんなかんじです!!」
「ふむふむ。今言った氷の例えは『常人ならば』そうなるが『常人じゃ無ければ』そうはなら無いのじゃ。例えるならば手の温度が氷の温度よりも低い場合はどうなる?」
「……!?…氷は溶けないと思います………!!」
「うむ。魔力の練度を温度で例えると、通常ならば体内の魔力を操作しようと思い、動かすと自然と温度が上がってくるが、ガーレムは『魔力の温度を上げない』で操作できる。魔力の動きを操るのでは無く、魔力の性質を変えること……これを『魔力練度の停滞』と言うのじゃ」
「……魔力練度の停滞………ガーレム・シンは魔力の性質を変化させて操作していたってことですね!この性質変化って……先生も出来たりしますか?」
「残念なことにワシには出来ないんじゃよ。これが出来るのは、生まれ持った魔力核の性質に起因するからのう、停滞を使えるのは特殊な血統の一族くらいじゃな。まれに突然変異で使えるようになる者も居るようじゃが」
「そうですか……先生でも出来ないなんて驚きです…!」
「うむ。向き不向きがあるからのう」
「話が少し逸れましたが、ガーレムさんは魔力練度が高いと言うことですね!!では、次はガーレム・シンの強さについて知りたいです…!!」
「ガーレム・シンの強さは……ズバリ!防御力じゃな!!」
「防御力……!!!」
「うむ!!そうじゃ!」
「なるほど!……あとは何がありますか!?」
カナリスの守護神と呼ばれているだけに、やはり防御力が高いのね!でも、大国カナリスで最強と呼ばれるからには他にも何らかの能力を持っているはず!!
「………何というのは……何のことじゃ?」
「……ガーレム・シンの強さです!!」
ミダは期待を込めてもう一度聞いてみる。
「防御力だけじゃ」
「………それだけですか……!?」
「うむ!」
「……………………………」
大国であるカナリスで最強と謳われるくらいだから、もっと派手で変わった能力だと思って期待していたが……防御力だけ………。
「……………ミダよ、どうしたんじゃ?……………」
「何でも無いです……日が暮れる前に精霊を捕まえたいので、先を急ぎましょうか」
「うむ!休憩も取れたし森へ入ろうかのう!」
二人は雑談を交わしながら森の方へ歩を進めた。
「ところで……ムーエンの魔道具って、あと何組残ってます?」
「さっき埋めたのを除いて、あと一組じゃな。」
ムーエンの球体型の魔道具は、同じ数字の振られたもの同士二つ一組で使用する。手元に残っているのは、緑色の1~5の球体が1つずつと6と書かれた赤色と緑色の球体が1つずつ。
「と言うことは……この森で遭遇できなくても、もう一カ所行けますね!」
「いや。ひとまずはこの森で最後じゃな」
「どういうことです?あと一組あるなら使いましょうよ…!」
「最後の一組はこの森の中心あたりで使おうと思っとる」
「森の真ん中で……ですか??」
「うむ!この森はマナ濃度が異常じゃからのう。それに万が一森を抜けて、バトメの国境付近まで近づいた際に、トラブルになっても回避できるようにしておきたいからのう」
「むむむ…分かりました。では、この森の探索が終われば撤収する……と言うことですね?」
もう一カ所行きたかったが、安全の為ならば仕方が無い。
「うむ!久しぶりに家に帰れるのう!」
「そうですね!みんな元気にしてますかね」
「元気にしとるといいのう!」
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