監禁少女、母魔女討伐記
✗クム
第1話 魔女の娘は監禁されていた
あれは生まれてすぐ、物心がつく前だっただろうか。彼女は十年以上近くの間この牢屋で過ごした。
彼女の罪は「大罪の魔女の娘」であることだった。
大罪の魔女という、世界を恐怖で震え立たせる魔女がいた。
魔女ら千年以上前から存在していると言われているが、十七年前突如として暴走が始まった。
原因不明。だがその被害は今も収まることがない。
少女は、その大罪魔女の顔も声も何も知らない。関わりも持っていなかった。それでも娘という存在であるだけに周囲は危険視していたのだろう。
「ふぅーふーんーん」
彼女の名前はカミル。彩度の感じられたない髪色、まともな食生活を送らなかったことがよくわかるその細々とした身体と背丈。
カミルは常に自由を求めていた。
今は頭の中を空っぽで鼻歌を歌っている。こうやって何も考えずにぼーっとするのも彼女の日課だ。
ただそんな退屈な日々も十三年ほど経てば幕を閉じはじめた。
それはある年の、まだ暖かさが続く秋の頃だった。
ガチャンガシャガシャ
牢屋の鍵を開ける音だろうか。初めて聞いたような、久々に聞いたような音がカミルの心に期待を預けた。
「?」
「失礼する。僕はグレイド。騎士団所属。風魔法を使いし者。」
背丈のあるエルフの男が華麗に登場をした。銀髪で何とも輝く赤い瞳がこちらを真っ直ぐ見つめている。
妙に綺羅びやかな雰囲気を纏っていて、カミルはそれから目を離せなかった。
「これは酷い。今すぐ僕の屋敷に来なさい」
カミルの身体の状態を見切ったように顔色を変え、すぐに側まで近づいてきた。
「え、う、、あっと、」
何とか返事の言葉を放とうとしても声が出てこようとしない。話せるには話せるのだが、こうも久々では出したい言葉はすぐには出てこない。
「あーここから出てもいいかって?もちろん。君には役目を果たしてもらわなければいけないのだからね」
ぱきーん
瞬間的にカミルの足に巻きつけられた鎖は粉々に砕け散った。先程言っていた風の魔法なのか、あまりにもコントロールが上手い。カミルの足には傷一つついていない。
「…」
「行くぞ」
そして、彼が何を言っているのかはほとんど理解できなかったが、カミルは渋々その後についていった。
「騎士団の人間は位が高いほど報酬も大きいんだよ。だから僕は屋敷を貰った。中々凄いものだろう?」
「……」
このエルフの屋敷とやらに到着すれば、口数は減ることなく話し続けていた。
さぞかし自分に自信がありまくって、溢れまくっているのだろう。
「さぁ着替えなさい。それに風呂にも入ったほうが良い。そんなボロじゃ旅には出かけられない」
「旅?」
「言っていなかったか。君はあの牢屋から出る代わりとして、魔女を殺さないといけない。王からの命令だよ。きっと娘である君なら大罪の魔女討伐の鍵になるじゃないかと思ったんだろう」
「…!」
思わぬ言葉にカミルは驚きを隠さず口元を両手で覆い被せた。
「ま、どうしても母親が大事で大事で守りたいというのであればまた牢屋に…」
「行く。今すぐにでも」
カミルは彼の言葉を遮り、言い切った。
迷うはずもない。
こんな命令今までどれほど待ち望んでいたことか。母親に憎しみを抱いていたのはそこらの市民だけではない。彼女もまた、大罪の魔女を憎んでいたのだ。
「面白い。では本日の夜出発としようか。支度をするんだ。僕の名はグレイド。先程も名乗ったがね」
グレイドはカミルの口から直接名前を聞きたそうな顔で、自分の名前を再度先に名乗り行った。
「カミル。名前はカミル。」
「いい名前だ。とても魔女のつけた名前とは思いがたいね。」
グレイドは優しく微笑んでからこの部屋を後にした。
部屋には彼の匂いがまだ残っていた。
「これ変じゃない?」
支度を終えたカミルはグレイドの元までやってきた。服の裾辺りを掴んで初めての心地を噛み締める。
「あぁ。なんとも動きやすそうで」
グレイドはあまりカミルの方は見ないでそう言った。
「はやく倒しにいく」
カミルは既に出発の準備が整っていた。カバンには必要最低限のものが常備されているが、そもそも彼女には必要最低限が本当に最低限すぎて、とても旅に行くような持ち数ではなかった。
「そんな簡単に言うが、君は戦闘などに経験があるとでも言うのかい?」
グレイドがそれ以上に気になっていたのはカミルの戦闘能力についてだった。まあ予測はついていたが…。
ギクリ
「……ない」
気まずそうに視線を逸らす。ずっと牢屋にいたものだからそりゃ戦闘も何もございませんとも!、とでも言いたさげなほっぺを見せつけた。
「だと思ったよ。まぁ何かあればこのグレイド様に任せれば何でも解決してみせましょう。」
「あ、はい」
あからさまにめんどくさそうな顔をするカミルを見て、グレイドも納得のいかない表情だった。
「ま、君の修行だとも思おう。よし、出発しよう」
二人はこの街を後にする。
カミルにとっては人生で大半を過ごした場所でもあった。どこか寂しさに似たものも感じるが、それ以上にこれからの自由にこころが弾んでいた。
「まず属性について話しておこう。魔法には光、闇、火、水、風、氷の六種類で成り立っている。大抵の人間はここらの魔法を上達させていく。」
やたらと口数の多いグレイドは、また話を始めた。
「グレイドは何の属性なんだっけ」
一度言っていたような気もしたが。カミルの頭からはそんなこと、とうに消え去っていた。
「はあ、先程も言ったが、僕は風魔法を主に使っている。風は六種の中でもスピードがトップの魔法だ。つまり最強。この属性は僕の誇りだ。試しに君も属性を調べてみようか。」
そういってグレイドは詳しく魔法や属性について語り出した。
そして、カミルの額に中指と人差し指をかざして属性とやらを調べ始めたのだった。
何をどう感じとっているのかカミルには見当もつかない。
「おぉ…なんと。君は全ての魔法に適用する体質のようだね。そんな人間他にはいないだろう。これをあまり公にすれば人攫いが現れてもおかしくはないな。はは」
そう、この世界は魔法に耐性があるような人間を集めてまわる組織がいるとかいないとか。魔力量が多かったり、魔法に強かったりする体質は珍しいのでおかしな物好きが集めたがっているという噂がある。
「へぇ…」
二人は肩を並べ、歩き続ける。カミルは息切れが続いていた。グレイドもそれに合わせて速度を落とす。
二人の身長差は中々なものだ。遠くから見たら親子にも見えかねないが、そもそも二人は性格も容姿も似ていなかった。
春の心地良い風がカミルの長い髪をひらひらと揺らす。
「あ、そうだ。聞きたかったんだけど、魔女はどうやって倒すの」
ふと思いついた。
今はただ旅に出たというだけに過ぎない。魔女がどんなものでどういう特性で、どうやって倒すか、なんて微塵も知らない。
「それを見つけるための旅ではないか。ただ、大罪の魔女は闇属性で不老の身体を持つとは言われている」
「闇魔法…」
「闇魔法は使い手が最も少ないと言われている魔法だ。少ないというより、そもそも適正がある者が極めて少ないというのが正しいのか。闇は完全的な魔法で弱点が少ない。唯一の弱点は光魔法といったところか」
魔法について知識のないカミルは割と真剣にその話に耳を傾けていた。
自分はそのすべての属性に対応できるというのだから、そこは気になって仕方がない。そもそも魔法への興味心は誰よりも深かった。
「この本をやろう」
グレイドは自分の懐からさっと本をわたした。そこには『魔法の生き方』と題された古臭い本があった。表紙の端は少し禿げているし、何より本から鼻の奥を刺激するツーンとした香りがするのだ。
「この本は、魔女の旧友が書いたとされた本だ。僕はこれを一通り読んで見た。君もこれを読んで見るといい」
「わかった」
きゅるるううう
何だか可愛らしい腹鳴が小さいお腹から鳴り響いていた。
「ごめん…」
カミルは恥ずかしさで耳まで真っ赤にして下をうつむく。
どうやら屋敷で食事は取らなかったようだ。
「いや構わない。僕も夕食は取っていなかったからね。それにもう時間も時間だ。近くの街に寄ってみるとしよう」
そういって近くの街を探索ついでに訪れることになった。
最初の街、「ビアンカ」から二つ隣の街「フローラ」という場所だ。
そう大きくもない街で、ただ賑やかさがビアンカとは大違いだった。よく観光客なども訪れるのか、来客を歓迎する装飾がされている。
「綺麗……」
「フローラは花が最も咲き誇る地。ここの花を見るためにわざわざやってくる者も少なくはない」
「あらあら。観光でいらっしゃっいますか?」
カミルより背丈の小さい老婆が二人に話しかけてきた。
おおらかな笑顔で迎え入れてくれて、見るからに優しそうな老人だった。
「いや、旅をしていてたまたまここに立ち寄ったのだが、ここで食事をとれる場所はないだろうか」
「でしたら、わたくしの宿へ泊まられてはいかがでしょう。食事付きでございますよ」
ただの勧誘だった。こんな優しそうな容姿でも一気に怪しさが増した。まあこれくらいの勧誘は少なくはないとも思うが。
「あぁ、そうしよう」
「え(明らかに怪しい)」
「騎士殿に訪れていただけるなんて光栄でございます」
騎士という地位は、一般市民に比べてどうやら高いようだ。
老婆は二人に向かって深々と頭を下げた。
「こちらが本日お泊りいただくお部屋になります」
宿につけばすぐに部屋に案内された。二人は別々の隣部屋で、一人が一泊するには十分の広さや設備の整った部屋だった。
しかし気になる点がいくつかあった。妙に中は薄暗いし、外は賑わっているのにここの宿には宿泊者が二人以外誰一人としていない。立地がわるいせいだろうか。街の奥の方にこの宿は佇んでいる。
「では失礼します」
老婆が立ち去り、カミルは部屋に一人となった。
少し床の軋む音にビクつきながら椅子にひょこっと座る。
何だか落ち着かない。カミルはこう見えて臆病で怖がりな面もある。
人や動物に怖いという感情はないが、幽霊というものをかなり信じ込んでおり、こういう薄暗い場所は大の苦手だった。
怖がって椅子から動くことができない。
今は時計の秒針でさえカミルには恐怖の対象だ。
「(ほんとにここ大丈夫なの……しばらく目を瞑ろ…一人でどうにかするんだ)」
「ねええねええ」
「!!!?」
明らかに声が聞こえた。カミルは驚き過ぎて硬直している。
幼い少女の声だった。
「おーねーえーちゃーん」
カミルの肩を誰かがぎゅっと握りしめた。
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