君のためならどこまでも
namu
第1話 美久と輝
街路樹は青々と生い茂り、近くの公園で遊ぶ子供たちの声が聞こえてくる。これらを見たり聞いたりするのは心地いい。
家に向かう途中にあるコンビニに立ち寄った。雑誌の最新号が出るたびにチェックするのが習慣だった。
美久は雑誌コーナーの料理雑誌へと手を伸ばす。
今月号の特集は肉料理だ。写真のステーキの茶色の焦げ目が香ばしく、肉汁が溢れ、見ているだけでお腹が空いてくる。
美久は五人兄妹で共働きの両親の代わりに兄と交代で夕飯作りを担当している。今日の夕食は美久の担当だった。こういう雑誌は献立作りに役に立つ。
特集ページをパラパラめくれば「マンガ肉」の作り方が載っていた。
骨に薄切り肉を巻きつけ焼き上げたそれは、見た目はマンガに出てくるような肉そのままだ。少し手間はかかるがボリュームがあり下の弟三人にも喜んでもらえそうだ。
あの人は何が好きなのだろう。肉料理は好きだろうか。
ふと、他の雑誌にも目を向ける。
ファッション雑誌も読んだ方がいいのかなぁ、と美久は思う。
憧れの人と隣に並ぶなら、もう少しオシャレな方が良いだろうか。
ふと外を見ると、コンビニ前の道を金髪の少女が歩いていた。美久と同じ制服を着ている。
その女子生徒は横断歩道で美久に背を向け止まり、信号が青になるのを待ち始めた。
彼女が美久の憧れの人で好きな人。
肩より少し長めの金髪で、前髪を上げ、額を出している。
顔はすっとした鼻筋で目はぱっちりとしていて、大人びつつも愛らしい顔立ちだ。
二年になり同じクラスになって初めて見たとき、あまりの可愛さに目を奪われ、目で追いかけるようになった。
彼女はいつも人に囲まれている。友人たちといつも一緒にいて、楽しく笑っていた。その顔がこれまた可愛い。
明るくて、他人ともすぐに打ち解け、オシャレで、自分とは違う彼女に美久は憧れを抱いていた。
美久はメイクなどのオシャレのことはわからないし、知らない人とすぐ打ち解けるなんて出来ない。それが出来る彼女が眩しく見えた。
輝とは話したことはなかったが、見ているだけで良かった。むしろ話しかけることはできない。
美久にとって輝は空の上にいる人のような存在だったから。
そんな彼女に美久が近づいたのは先月、委員会に参加し帰りが遅くなった日のことだった。
委員会の後、忘れ物をして教室に戻った。すでに日が暮れ始め、オレンジ色の光が窓から差し込んでいた。
その教室には輝がいた。
「清水さん……?」
ノートを広げていて、休んだ日のノートを写しているようだった。
毎日放課後は遊びに行っているらしいが成績は悪くなく、授業をサボることはしない。
彼女の根は真面目だった。
「あ~ここ読めないんだけどぉ」
彼女が言い、すぐ美久に気づいた。
「あ、ごめん、うるさかったね」
「ううん、大丈夫」
話しかけられて胸の鼓動が速くなる。
普段彼女は常に誰かといるのでこんな風に一対一で話す機会もない。
「ねえ、和宮、数学のノート持ってる? 写させて欲しいんだ」
眉を困ったように八の字に曲げて頼んでくる。ドキッとする。
「持ってるよ」
断わるなんてできない。頼られて嬉しくなる。
声が震えていないだろうか。
自分の気持ちに気づかれていないだろうか。
バクバクと心臓が跳ねる。
頭の中はまっ白だ。
ノートを手渡し、輝が受け取った。輝との距離が縮まる。少し手を伸ばせば触れることができるほどに近くなった。
「ありがとう~」
彼女は笑い、ノートを写し始めた。
ふと輝のノートを写す手が止まった。
「あ、かわいい。犬?」
突然のことに何のことかわからず彼女の見ているページをのぞき込むと授業中に暇で書いた犬の落書きがあった。
こんなことなら真面目にノートを取っておけば良かった!
「あ! 消し忘れてた!」
恥ずかしい! せっかく話す機会が訪れたのに、なんで描いたのか、消さなかったのかと後悔が美久を襲う。
「かわいーね。消すのもったいないよ!」
にこにこして彼女が言った。
思いがけず褒められて顔が熱くなる。ノート提出の時に減点されてもいい。絶対に消さないと心に誓った。
「私もよく描くんだ~。ほら、わんちゃん」
美久が感慨に浸っている間に輝は自分のノートを遡り、それを美久の前に広げる。
そのノートはところどころ、へなへなした線が書かれていて眠気と戦ったのだろう。そのページのど真ん中に描かれていたのは犬っぽい何か。犬だと言われると犬に見えるが猫にも熊にも見える。
この人も落書きしちゃうんだ。
その瞬間バチッと電気が走った。
美久は輝に親近感が湧いた。否、
天使が落ちてきた。
そんな衝撃を受ける。
その天使は神々しく輝き、あまりの眩しさに目がくらむほどだ。白い羽もきめ細かな肌も美しい。
そんな彼女の羽がひらひらと抜けていき、人間の姿となって美久の目の前に降りてきた。
自分と違いすぎて天上の人、高嶺の花だと勝手に思っていた。手の届かない人だと。
目の前の人は天使じゃない。
彼女も美久と同じ人間なのだ。
強い憧れによって同じ人間のはずなのに、どこか違う、手が届かないと思ってしまっていた。
そうじゃなかった。
輝だって自分と同じような落書きをする。特別なんじゃない。同じだ。
手を伸ばせば届くんじゃないか。
美久はそんな想いを抱いた。
アプローチしてみようか。
美久の心が変わった瞬間だった。
まずは声をかけて友達になりたい。
美久は横断歩道で信号が変わるのを待つ輝を見て思った。
慌てて雑誌を閉じ、棚に戻してコンビニを出る。
信号が青に変わり輝が歩き出した。
美久はその後を急いで追いかける。横断歩道へ差し掛かった時、彼女は歩道の真ん中のあたりにいた。
その時だ。エンジンの音がする。
右側からトラックが向かってきていた。
スピードを落とす様子がない。
輝も気づいたようで顔を歪めた。
あと数秒でトラックは輝に突っこむだろう。
美久の視界がスローモーションに見える。
このままじゃ清水さんが……と、考えるよりも先に身体が動いていた。
「清水さん!」
足を強く蹴り、輝へ手を伸ばし彼女の名を叫んだ。
輝と目が合う。輝が美久の手を掴んだ。
トラックがぶつかる。美久の視界はホワイトアウトした。
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