第43話:浜風鈴々は言わせたい

***


 一日の営業時間が終わった。

 みんながんばってくれたおかげで、今日は全体的にいい雰囲気だった。


 今日も忙しかった。明らかに美少女を眺めに来た客も何組かいた。

 けれども彼女たちの成長のおかげで、前回とは違って、幾分かは落ち着いた店内の雰囲気を保つことができた。


 特に京乃さんと神ヶ崎はノーミスで、完璧な仕事ぶりだ。


 上品な雰囲気のご年配の女性二人組のお客様が、帰りがけに俺に声をかけてくれた。


「ご馳走様。おいしかったわ。ありがとう店長さん」

「そうね。先週よりも雰囲気も落ち着いていたし、いい感じよ。この店は料理も美味しいし、なによりスイーツが最高ね。これからもっといい店になると思うからがんばってね」

「あ、ありがとうございます。嬉しいです。がんばります」


 美少女のビジュアルが目的ではない、こういうお客様が褒めてくださったということは、本当に店の雰囲気と料理を評価してくださったということだ。


 だけどこのお客様は『これからもっといい店になる』と言った。

 それは裏返せばつまり、まだまだ課題もあるということだ。よし頑張ろう!


 あ、そうだ。みんなにねぎらいいをしなきゃな。


 今はみんなで閉店作業をしている最中。

 フロアでは神ヶ崎と京乃さんが客席の掃除をしている。


「ありがとう。神ヶ崎はいつものようにテキパキと完璧な仕事ぶりだったな」

「あら、褒めてくれるの? ありがとう」


 まずは一番手強い相手を最初に褒めてみた。

 クール美少女はまんざらでもなさそうな顔をしてるし、成功だな。


「京乃さんもありがとう。今日もキッチンにホールに大活躍だったね。ミスもないし落ち着いてたし、完璧だ」


 グイと親指を立てて見せたら、清楚美少女は照れてはにかんだ。


 それと──浜風さんだ。


 忙しい時間帯に彼女がミスをして、落ち込んでいたのをふと思い出した。

 あれからは特にミスなく乗り切ったのだけれど、時々、彼女は暗い顔をしていた。


 他の二人はちゃんと戦力になっているのに、自分はダメだって言ってたもんな。

 あれだけの天真爛漫ガールなのに、よっぽどあの失敗を引きずっているように見えた。


 ゆっくり話をする時間もなかったし、ちょっと励ましてあげた方がいいかもな。

 今浜風さんは、更衣室の掃除を一人でしている。

 話しかけるチャンスだ。


 そう思って更衣室に入って行った。

 浜風さんは使い終わった掃除機をしまうところだ。

 ちょうど掃除が終わったところらしい。


「あの、浜風さん。ちょっといいかな?」

「え? ……あ、秋月っち、どうしたの?」

「ちょっと話したいことがあって」

「は、話したいこと? ……あっ、ちょちょちょっと待って!」


 なぜか浜風さんはワチャワチャと両手で髪を整えて、それからメイド服の裾の乱れを整えた。

 そして二、三度大きく深呼吸をしてから、背筋をピンと伸ばした態勢を取った。


「お待たせしました。はい、どうぞ!」


 えっと……俺はちょっと励まそうと思っているだけなんだが。

 なぜこんなに、キリっと姿勢を正してるんだろうか?


「えっと……話したいって言うのは、浜風さんはやっぱり人柄がいいからさ、充分戦力になってると思うんだ。だから元気出してよ」

「話したいことって……それなの?」

「あ、うん。そうだよ」

「なぁんだ……」


 急に気が抜けたように、身体がふにゃりとなる浜風さん。

 いったいどうしたんだ?


「こんな密室で話したいことがあるって、あらたまって言うから、あたしはてっきり……」

「え? てっきり? なに?」

「あ、いや、にゃにゃ、にゃんでもない!」


 変な浜風さん。まるで猫みたいに噛んだな。可愛い。


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。あたしはもう元気が戻ってるから」

「そっか。それならよかった」

「あ、でもさ秋月っち。今日のあたし、その他には……どうかな?」

「その他? どうって?」


 質問がアバウトすぎて、意図がよくわからない。


「あ、いや……だから今日のあたしを見て、どう思う? 特にさっき注文を取り違えるミスをした後のあたし」


 大きなミスっていうのは、ホットコーヒーをアイスコーヒーと聞き間違えたことだ。


 ──にしてもわからない。


 俺には浜風さんが、あの後も元気がないように見えたから声をかけたわけだが、その他にって言われても思い当たることはない。


 浜風さんは目をらんらんと輝かせて俺を見つめている。

 なるほど、わかった。これはきっと、何かしら褒めてくれって顔だ。


 わくわく顔のハーフ美少女。

 浜風さんを見てどう思うかと訊かれて、一番に頭に浮かぶのは『とてつもなく可愛い』ってことだった。

 やっぱり女の子だし、浜風さんも可愛いって言ってもらいたいだろうな……


 そんなことは普通なら恥ずかしくて面と向かって言えない。

 だけどこんなに期待に満ちた顔をされたら、言わざるを得ない。

 俺は店長だし、スタッフにいい気分で働いてもらうことも、立派なマネージメントの一つだ。


「えっと……今日の浜風さんを見て……」

「うんうん、今日のあたしを見て?」


 ニコニコと満面の笑み。期待感にあふれた笑顔。

 これはもう、覚悟を決めて言うしかない。


「すごく可愛いと思う」


 俺は思い切って、浜風さんに向かってそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る