第17話:突然の大盛況

 この突然の大盛況を目の当たりにしても、神ヶ崎は……キリっとした顔つきでいる。さすがだ。

 いや待てよ。だけど無言だし、身体の動きは固まっている。もしかしたら緊張してるのかも。


 うーむ……大丈夫かな。

 これから起こるであろう修羅場を想像すると身体が震えた。


 いやこれは武者震いだ。

 うん、そういうことにしておこう。


「大丈夫だみんな。落ち着いて対応したらなんとかなるから!」

「おおっ、秋月っちすごい自信じゃん」


 いや。特に根拠も自信もない。

 だけど店長である俺が不安な顔を見せたら、きっとみんな不安を感じるだろう。

 ただそれだけの思いで強がってみました。


「秋月さんの態度を見たら、少し落ち着きました」

「それはよかった」

「はい、さすが店長です」


 いやそれは買い被りすぎだよ京乃さん。

 そんなキラキラした瞳で俺を見るのはやめてくれ。


 店を開けた直後なのに半分以上の席が埋まった。

 さらに客が数人入って来て、あっという間に満席になった。

 そろそろ注文が決まった素振りを見せるお客様が出てきた。


「さあ行こう」

「うしっ!」

「はい」

「わかったわ」


 俺と女子3人は急いで、注文を取りに各席を回る。


「いらっしゃいませ」


 俺は中年男性3人組のテーブルに行った。

 俺の声におじさん三人の目が一斉に向く。

 そして一拍置いて……


「「「はぁ〜……」」」


 なんですか、そのため息のコーラスは。

 おじさん達は三人揃って、残念そうにメニュー表に視線を落とす。


「ホットコーヒー」

「俺も」

「俺も」


 テンション低めのご注文ありがとうございます。


 その後何組かの注文を取って、父にオーダーを伝えた。

 他の三人はと言うと──


 浜風さんは相変わらずワチャワチャした感じだが、明るい分お客さんも笑顔の人が多い。


 京乃さんはゆっくりしたペースだが、お客さんもほっこりするのか、温かく見守ってくれている。


 神ヶ崎は流石だ。テキパキと注文を受けている。

 あれだけの美人だし、憧れの目で見ている人が多い。


 ほぼすべての客が抜群の美女たちの接客を受けて、とても嬉しそうってことだ。

 ──俺が接客しているお客さん以外は。


 俺が接客したお客さんは、まるでハズレくじを引いたような顔をしている。

 凹む。めちゃくちゃ凹むぞ。ふん、俺なんてどうせハズレくじだよ。


 それにしてもなぜ急に、こんなにお客さんが増えたんだろう。


「はい、3番テーブルのオーダー上がったよ!」


 父の声が響く。俺担当のお客さんの分だ。

 トレイにホットコーヒーを3つ載っけて運んだ。


「お待たせしました」


 この男性客。三人とも初顔だな。

 そう言えばこれだけ多くの客が突然押し寄せて来たけど、よく見るとほとんどが新規客だ。

 いったいどうやってウチの店を知ったんだろう。


「お客様。つかぬことを伺いますが、どこで当店を知っていただいたのですか?」

「ああ、SNSで知ったよ。めっちゃ可愛い女の子がいるカフェだって」

「うん、そうそう。だから遠路はるばるせっかく来たのに、男の店員だなんて最悪だよ」


 悪かったな男で。

 でもそんな不満を言われても困る。愚痴はスルーして尋ねた。


「どのSNSですか?」

「これだよ」


 男性客がこちらにスマホの画面を向けてくれた。

 覗きこむと、ウエイトレス姿のトップ3美女が働いている姿が写っていた。間違いなくウチの店内だ。


 コメントには『カフェに舞い降りた天使達』と書いてある。


 さすがに彼女たち、こうやって写真に切り取られると芸能人見たいに綺麗だ。

 ……って感心している場合じゃない。


 イイネが何千件も付いてバズってる。

 これのせいで急に客が増えたのか。


 美女に期待して来た客は、男の俺が接客したらそりゃあ残念がるよな。

 つまり俺は接客しない方がいいってことだ。

 

 ──いや。何考えてんだ俺は。


 この店はメイド喫茶じゃない。

 女の子に会いに来るのが目的の店じゃないんだ。


『お客様が幸せになる美味しいスイーツと、楽しく癒される空間を提供する』 


 それが『café de HINATAカフェ・ド・ひなた』のコンセプトだ。


「おーい、お嬢ちゃん早く注文取ってくれよ~」

「はい〜っ、今行きますぅ!」

「お姉さん、こっちもだよ!」

「すみません、少しお待ちください!!」


 浜風さんも京乃さんもあたふたしている。


「いつまで待たせるんだよ」

「混んでるので仕方ないでしょ」

「はい、すみません」


 神ヶ崎だけは動じない。お客様に謝らせるとはさすがだ。

 普通ならお客様にあんな冷たい態度でいいはずはないが、なぜかあの客、クール美女に叱られて嬉しそうにニヤけてる。


 そういう嗜好の人みたいだから、今回は見逃しておこう。


 とにかく今は注文をこなすのが先決だ。三人も一生懸命接客してくれている。

 色々と考えるのはその後だ。


 忙しすぎてちゃんと考える余裕なんてない。

 だからこの時俺は、SNS拡散のリスクに気づいていなかった。

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