colorful
かるめる
水攻め
大学へ行く為に四畳半風呂無しトイレは共用というオンボロアパートの自室から外に一歩足を踏み出したら、薄汚れた二人の女児を拾った。何を言っているのかわからねーと思うが俺も何を言っているのかわからねー。呆然と二人を見下ろしていると、赤い目の方が俺にチラシを差し出した。わけもわからず受け取れば、チラシの裏には「あんたにあげる」とだけ書いてある。つまりこいつらの処遇は俺に丸投げです本当にありがとうございました。クソ。思わず舌打ちした。二人とも恐怖で身体が跳ねていた。ここで野垂れ死にされても困るので、渋々拾うことにした。
女児を見る。一人は褐色肌で一人は色白。褐色の方は目が青くて、色白の方は赤い。髪の色はともにすすけたような白。背格好は似ているが顔は似ていない。どうでもいいがこの状況は他人の目に触れるとまあまずいので、びくびくしている女児を家に放り込む。この部屋に居座っている金髪碧眼の幽霊に「人さらいでも始めたのか?」と言われた。人さらいは始めてない。虐待始めました。
呼びつける時に不便なので女児の名前を聞くと「おいとかちょっととかなあとか」と答えたので、幽霊ともども頭を抱えた。二人が置かれていた環境は俺よりちょっとやばめなになっていたらしい。机の上に置いていたノートパソコンを使ってちょっと最寄りの役所にクラッキングして戸籍情報を無断閲覧。
「……んん?」
「どうした」
「いや………………」
確認の為に母親の名前を尋ねる。びくびくしながらもちゃんと答えた二人に「よくできました」と褒めてやり、改めて戸籍情報無断閲覧。無い。戸籍が無い。何処にもない。無戸籍か? ありえるな。
「俺、こいつら押し付けられたんだよな」
「あげるって書かれてたな」
「つまり俺はこいつらのお兄ちゃんでこいつら保護者もなるわけだよな」
悪巧み顔にひいてる幽霊をぶん殴る。存在が透過しているので殴れないが。
「なあ」
「は、はい……」
「アカネとアオイ、どっちがいい」
「どっち……?」
「お前らの名前。おいとかちょっととかはすげえ不便。好きな方選べ」
二人は困惑しながらも自分で自分の名前を選んだ。青い方がアカネ、赤い方がアオイ。ややこしいな。とりあえず戸籍をでっち上げ、年齢も八歳にしておく。二卵性双生児ということにしておこう。肌の色が違うのは先祖返り的な現象が起こったことにしておけばいいだろう。珍しいが実際に起こった事例が海外にあったし。漢字は……明音と葵にしておくか。
「目が青い方が明音」
「あかね」
「目が赤い方が葵」
「あおい」
「で、今日から俺がお前らのお兄ちゃん。わかったか?」
戸惑いながらもこくりと頷いた。と同時に終わる戸籍情報の改ざん。コレでよし。
さて名付けが終わったので、汚らしいこいつらへの虐待を開始する。
「最後に飯食ったのいつだ」
「えっとね……時計の針が一つになった時」
「太陽が真上にある時か?」
「うん……」
室内の時計を見る。今は午後ニ時。とりあえず飯は食わせてもらっているようだ。ならばやることはただひとつ。
「ばあさま風呂!」
「あたしゃ風呂じゃないよバカタレ!」
こいつらを徹底的に水攻めすることだ。
このオンボロアパートには風呂が無い。なのでここに住むなら世話になるのがアパートの大家であるばあさまが営んでいるオンボロ銭湯だ。まあここの大家兼銭湯の主のばあさまは天国にも地獄にも出禁になっているのかいつまで経ってもお迎えが来ないくらいたくましいお方なのだ。この間なんか押し入り強盗を撃退していた。押し入り強盗もちゃんと下調べしろよな。このオンボロ銭湯、いつ来ても閑古鳥が鳴いているのに。
俺が両脇に抱えている葵と明音を見て、それから俺を見た番台に座るばあさまは怪訝な顔で言った。
「あんたまさか誘拐」
「してねえわっ! 細かい事情は置いとくけど俺の妹!」
「端折りすぎやしないかい? で、この老いぼれになにをさせようってんだい」
「一時間風呂貸し切り。あと石鹸とタオルも借して。でこいつら風呂入れてくんない? 着替え買ってくるから」
帳簿でぶん殴られた。こいつらを抱えていなくても避けられない速度で。
「いってえ!」
「それが人に頼む態度かいっ! 頼む気があるならもうちょっと態度を改めな!」
強かなばあさまはゆっくりと番台から降り、貸出用の小さく痩せこけた石鹸ではなく新品の石鹸と新品のタオルを持って女湯に向かっていった。
「名前は?」
「目が赤い方が葵、青い方が明音」
「ややこしいねまったく!」
二人をその場に下ろし、ばあさまについていくよう伝える。二人にとって怒涛の展開でしかないから不安なのは重々承知。だが長らく風呂に入っていないと思われる外見はどうにかせねばならない。
「しっかり洗ってやってくれ。多分泡が黒くなると思うから」
俺がそうだったし。
ばあさまは「ふん!」と鼻を鳴らし、「言われなくてもぴっかぴかにしてやるわい」と二人を連れて女湯に向かっていった。不安そうに俺を見ながら連れられていく二人を見送り、銭湯の入り口に「貸出中」の札をかけてから近くの商店街に駆け込んだ。
「遅い!」
無事二人の服を買って戻れば、ちょうどばあさまが脱衣場から出てきたところだった。差し出された手に二人分の着替えが入った袋を渡し、貸出中の札を下げに行く。
「疲れた……」
たった数時間で一日分の疲労を負わされた身体をぐっと伸ばす。目付きの悪さを隠す為に伸ばしている橙の髪越しに差し込んだ太陽を浴びながら、何度目か解らないため息を世界に放出した。
「布団はあるのかい?」
文字通りぴっかぴかになった二人とともに銭湯を後にしようとした時、ばあさまがわけのわからないことを言い出した。
「は? 布団くらいあるけど」
「アンタのじゃなくて明音と葵の分だよ!」
「あ」
思わず出た声。飛んでくる帳簿。避けられずに受け止める額。あまりの激痛に額を押さえ、うめきながらしゃがみ込む。おろおろとしている二人に「そのバカはほっときな!」と辛辣な気遣いをかっ飛ばしてきた。
「布団ねえわ」
「まさかあの子らの服はこれだけとか言うんじゃないだろうね?」
「言います……」
「その頭かち割ってやろうかこのバカタレが!」
「あーこれは説教コースだ」と思っていた時、明音と葵が「ごめんなさい」と謝った。ばあさまは意表を突かれたように目を見開いていて、俺は過去の自分と重なり心が苦しくなる。自分達のせいで俺が怒られているから、謝る。ばあさまは俺らと違って「普通」を生きてきた人だから、この解に繋がらない。
やれやれ。大変なもん拾っちまったな。そう思いながら二人の髪をくしゃりと撫でてやる。ばあさまもなにやら察したようで、二人に目線を合わせて「自分が悪くない時は謝るんじゃないよ」と諭した。今の二人にはきっと正しく伝わらないと思うが、今はそれでいい。
「あとで孫のお古と使ってない布団あげるから取りにきな」
「さすがばあさま! 頼りになるぅ!」
「そう思うなら面倒くさがらず毎日風呂に入りな!」
「へえい」
似たような境遇から救い出してくれたばあさまに頭が上がらない俺は、気の抜けたような返事しかできなかった。
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