第19話

「止まってても何も変わらないってよく言うけどさ、

進む方がうんと苦しいから仕方なく止まるんだよ。」




大きく息をついて、また新しく生まれたそれがゆらゆらと視界を漂う。




「アオくんには、そういう人いる?」



「要するにどんな人?」



「......忘れられない人。」




寂しそうなその声は、もしも今目を閉じて聞いていたらあの頃のものに似ていると思えた気がする。

電車に揺られた秋の夕方、隣に座っていたもう一人の面影をただ黙って感じていた頃の。



「......記憶から消したい人はいない。

消えないでほしいのに消えていきそうな人ならいるよ。」



こんなことを言ったら、余計に苦しむだろうか。



「たとえば?」



「......ほら、父親の記憶とか。」




こう切り出せば、ほとんど誰もが一斉に唾を飲んで身構えてくれる。

それをいいことに昔からよく使う表現だ。



「母親を一人にして家を出るわけにはいかなかったんだ。だから、わざわざ通ってるの。」



片親だからって、別に不幸だと思ったことはない。

僕よりうんと、母親の方が辛そうだから。

せめて親不孝だけはしないように生きてあげたいだなんて、そんな変な気を遣いながら歩く人生にもいい加減に慣れたものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る