第83話 防衛戦 6

「よほど焦っているな。こんなわかりやすい騙しに引っかかるなんてな」


 煽る稔の言葉にリアスロスは「くだらない真似を!」と怒りを向けた。


「そのくだらないことに引っかかっておいて、よく言えたもんだ。そしてこれだけ時間を稼げば」


 言いながら稔はその場から急いで離れる。

 富士の石主たちが移動しながら攻撃態勢に入ったところを察したため、巻き込まれないように逃げたのだ。

 リアスロスも急いで龍脈に力を注ごうとするが、富士の石主たちが放った攻撃がリアスロスと彼の持つ力に当たる。

 

「ぐああああっ!?」

 

 その攻撃はリアスロスを倒すには至らない。しかし彼の持つ力を消すには十分なものだった。

 リアスロスの手の中で、稔から奪った力が散っていく。


「我らの計画が!? このようなことで!?」


 散っていく力をなんとか取り戻そうとするが、そのリアスロスに追撃が迫る。

 富士の石主たちの攻撃にさらされて、リアスロスはその身を砕かれた。粉々になってリアスロスという存在が消える。

 それを確認した富士の石主たちが、計画失敗を知らせるため空へと戻っていく。

 リアスロスの気配が消えたことに稔も気付き、ざまあみろと言ってから大笑いしていた。

 泣き笑いという状態の稔を辰馬たちは好きにさせて見守る。


「リアスロス死亡! 計画は阻止!」


 失敗の報告に、足止めをしていた天使は致命的な隙をさらす。

 その結果、防衛側の攻撃が集中して天使はその身を砕かれた。


「わ、我らの計画がっ」


 せめてほかの龍脈では成功していてくれと願いながら、天使は消えていった。


「勝利だ!」


 防衛側の天使と悪魔が地上に聞こえるように宣言する。

 これには妖怪たちも完全に戦意を失って逃げ去っていく。


「富士の石主よ。我らはよその龍脈に加勢に行く。お前たちはこの土地の防衛を頼む。また襲いかかってくることがあるかもしれない」

「お任せください」


 富士の石主の返事を聞いて、天使と悪魔は空の彼方へと飛び去っていった。

 富士の石主たちは勝利の喝采が聞こえる地上へと降りていき、治療と防衛の続行を告げる。

 それに霊能力者たちは従う。


 防衛成功から一晩明けて、龍脈旅籠は明るい雰囲気に包まれていた。

 あれから再度の襲撃はなく、各地から防衛成功の報告が入ってきているのだ。

 怪我人や疲労した人も十分な休息が取れて、今回の防衛戦について話し合っていた。

 この話でよく名前のでる者がいる。一級は当然として二級も上がる。その中で蓮司や稔たちの名前も出た。


 稔は灰炎として手配書が出ていて、実力がかなりのものだと知られていた。だから名前が出たのは実力の方ではなく、行動の方だ。

 人助けをしたという情報に本当なのかと疑う者が多数だ。だが実際に助けられた者が証言して、問題行動以外も起こせるのだなと少しだけ評価を上げる。

 オカルト対策課本部にも富士の石主から報告が入っている。最後のあのとき、稔がリアスロスを足止めしたから龍脈を守ることができた。大規模なオカルト災害を止める助力をしたということで、これまでの罪状はなくならないが、評価もせざるを得ない扱いになっていた。

 その評価を稔たちは気にしていない。評価を気にするよりも、もっと別のことに気を取られているのだ。

 それは辰馬の呪い解除と志摩の目標達成だ。

 辰馬はもとから持っていた体質を悪化させていたリアスロスが完全に滅んだことで、呪いが解除された。霊能力者としての活動を減らせば、妖怪の核を入手しなくてもよくなった。今後妖怪を狙う必要がないので、稔たちの世話が中心になるだろう。

 志摩も戦場に満ちる倒れていった妖怪たちの力を大量に確保したことで、オオヅノが力を取り戻せたのだ。土地神としての神格は失ってしまっているので、今後は人を集めて廃村の復興を行い、そこの土地神に戻ってもらおうという考えだ。

 こうなると問題行動を起こすのは優斗だけだろう。稔もリアスロスから解き放たれて積極的に悪事を働く必要がないのだ。

 その優斗もおとなしい。十分に暴れられて満足しているということもあるが、人の立ち入れない空の戦いを見て、あれに勝つにはと考え込んでいた。

 優斗もいきなり勝てるとは思っておらず、まずは一撃有効打を当てることを目的にする。その一撃を積み重ねていけば勝てると考える。

 その有効打のためには空を飛ぶ術を会得しなければならない。こちらの都合に合わせて地上で戦ってくれるとは思っていない。

 むやみやたらに暴れるのではなく、技術と術の習熟の時期に来ているのかと考えていた。

 アリアは今回のことでこれといった変化はない。稔が元気になっていって喜んでいる。

 記憶のことは霊力補給のときに霊木の精に相談してみた。両親のことを受け止めるのはまだ無理だろうという判断で、もうしばらく稔たちと一緒に過ごすのだろう。


 蓮司の名はこれまで知られていなかった実力者として噂される。

 術の制御はまだ甘いが、その火力と霊力量は明らかに通常の霊能力者を超えていた。術の制御も大地たちから見たものであり、一般的な霊能力者からすれば十分なものだと思えるものだ。

 そしてリアスロスたちの威圧に負けず立ち回ったことも評価されていて、将来有望な若者として認識された。

 その霊能力から「フレイムマスター」という二つ名が防衛戦の参加者を通して全国に広まることになった。

 このことから火に関した大きな事件では救援に呼ばれることになるが、本部が止める。

 今は噂が独り歩きしている状態であり、霊能力者としてはまだアンバランスという認識で、せめて霊能力者として一年は基礎固めに集中させるべきと各地のオカルト対策課を説得したことで、ひとまず救助要請はなくなった。

 本部はフォローする一方で、大地に蓮司の仕事を少なめにして座学の集中と技術の上達を指導するように命じる。

 基礎固めが終わったら各地に出向くことになるだろう、そのときに知識不足で対応できないということを減らし、火事を起こすようなこともないようにと考えての指示だ。

 ついでに同じ特殊区分の宗太も鍛錬を重視するように命じる。蓮司とともに成長を促して、未来の霊能力者たちを引っ張る存在になってほしかった。宗太は知識の方は問題ないので、地力の底上げを狙うことになる。

 大地はそれを承諾して、若手二人を鍛えていくことになる。

 本部は稔関連でオカルト対策課の規則を破った罰もしっかりと与えている。半年の基本給五割減になっている。しかしそれが罰になっているかというとそうでもない。防衛戦で危険手当ががっつり入ってきたのだ。二級でも危ない場所に四級がいて、危険手当がでないわけがなかった。しかもきちんと成果を残しているのだからでないとおかしい。一度に支払われることなく、半年かけて分割で給料と一緒に支払われる。減給になる前よりももらえる額が多いので、懐が厳しい状況にはなっていない。

 罰はもう一つあった。それも罰というよりは当然のものだ。年末年始に関した連休はなしになった。連休は稔の件の無断欠席で使った形になったのだ。

 それを聞いた蓮司は当然だなと受け入れた。

 

 龍脈の警備は戦いから五日後に解かれる。

 その間に世界各地で騒動が終わり、天界と魔界で龍脈を狙っていた者たちの拠点が潰されて残党も捕まったのだ。

 今回のことで龍脈にまったくの異常がでなかったというとそうでもない。防衛に失敗したところもある。だが想定していたよりも格段に小さな事態ですんだ。

 防衛に失敗したところは高位の神と悪魔が分霊を送り込んで、龍脈の修繕を行っている。

 富士の龍脈は、土地神たちが念のためにもう少し残って守るということで、集められた霊能力者たちは各地に帰っていく。

 蓮司も故郷に帰ることになる。


「稔。俺は帰るよ。お前はどうする?」

「俺は仲間と一緒にいる」


 そう答える稔の表情は、前よりはいい。リアスロスの邪魔をできて、滅ぶところも見届けたことで、少しは気が晴れたのだ。

 あとはゆっくりと時間をかけて心を癒していくのだろう。

 蓮司はそれに反対しない。自分や祖母と一緒にいると母親との記憶を刺激されるだろう。心休まる時間にならないと思ったのだ。


「わかった。たまには連絡をくれ。婆ちゃんに声を聞かせてあげてほしい。あとは」


 墓参りをと言おうとしてつまる。自分たちと同じ空間にいるのと同じように母親の記憶を刺激するかと思ったのだ。

 結局はなんでもないと言って、元気でなと告げる。

 もうリアスロスから解放されていて、生きていることもわかっている。会おうと思えばいつでも会えるとわかっているので、それでいいと思ったのだ。


「兄さんも無理をしないように。また命を削るとかやらないでくれ」

「わかっているよ。見ず知らずの人のためにそこまではしないさ」


 連絡先を交換して、二人は別れる。

 今生の別れではないので、二人の表情は明るい。

 レンタカーに乗って去っていく稔たちを見送り、蓮司は大地のところに向かう。

 大地は右腕を動かせないようにギブスをつけられている。強い妖怪との戦いで、右の前腕を消し飛ばされたのだ。治療が得意な土地神によって再生されたが、しばらくは動かさない方がいいということでギブスをつけられた。


「おまたせしました」

「わかれはすんだのか」

「はい。稔も少し前よりは元気になって、仲間たちのフォローがあれば大丈夫だと思えました」

「俺としてはしばらく落ち込んでくれると、悪さが減ってくれると思うんだが」

「まあ支部長たちはそうでしょうね」


 話しながら駅へと向かうバスに乗り込む。

 蓮司に視線が一瞬集まって散る。


「お前も名が売れたな」

「やれることをやっていただけなんですけどね」

「あの威圧に負けずに動けていたことは、普通にすごいことだよ」

「すごい威圧でしたもんね。すごすぎてほかの人よりそこらへんの感覚が麻痺して動けたんじゃないですかね。なんせ半年の駆け出しが受けるような威圧じゃない」

「そうかもしれんな」


 高まった霊力のおかげでもあるのだろうが、経験不足で実力差をしっかりと認識できなかったこともプラスに働いたという話に、大地は納得できるものがあった。

 そんなことを話しているとバスが動き出す。

 遠のく龍脈旅籠を見て、蓮司は濃い滞在期間だったなとのんきに思う。

 大地を含めたほかの霊能力者たちは生きて帰れることを喜んでいた。彼らにとっては、悪魔と天使に関わって大怪我ですんだことがラッキーだった。それらに関わるものじゃないなという認識を改めて持ち、彼らは各地に帰っていく。後輩たちに今回の話をして、天使と悪魔の怖さをしっかりと伝えるのだろう。


 地元に帰った蓮司たちは迎えに来ていた竜宮父に送ってもらいそれぞれの家に帰る。

 蓮司は玄関を開けて屋内に入る。


「ただいまー」

「おかえり」


 蓮司の姿を見て祖母は心底ほっとした表情で近づいてくる。

 本当にそこにいるのだと肩や胴に触れて、再度安堵の息を吐く。


「大きな怪我はないようだね」

「うん、ないよ」


 怪我はしなかったが、寿命は削れている。それは心配するだろうから話さないと決めていた。


「稔はどうしたの」

「仲間たちの方に行ったよ。いろいろと話すことがある」


 蓮司は荷物を部屋に置くと、洗濯物を洗濯機に入れて回してから、居間に入る。

 座った蓮司の前にお茶を置いて、祖母も座る。

 蓮司は自分たち一家に起きたことを話していく。先祖のことから始まって、家の火事、母親の幽霊が稔の方に行ったこと、母親が稔を守り続けて死んだこと、リアスロスから稔が解放されたこと、そして騒動が終わって稔が仲間と去っていったことまでだ。

 長い話で、お茶は冷めてしまった。


「あの子が稔を守っていた、か。母親だものね、心配して当然よね」


 祖母にとっては龍脈やリアスロスはわりとどうでもいい話だ。娘がどう生きて、やりたいことをやり通したことの方が大事だった。

 死んだことは悲しいが、死んだあとも愛する稔を守っていたことは誇らしい。


「たまには連絡するように言っておいたから、そのうち稔と話せるよ」

「そうね、それを楽しみにしておきましょう」


 数日後に稔から電話がかかってきて祖母は久しぶりに話すことになる。

 そのときに稔から母親の死について詫びられた祖母は責めることなどできなかった。スマホの向こうから聞こえてくる声音で、稔自身も傷ついているとわかったのだ。

 かわりに娘が守った稔自身を大切にするように言い、稔は約束すると返した。

 また元気な声を聞かせてくれと締めくくり、久々の祖母と孫の会話は終わる。この約束は守られて定期的に連絡が入るようになった。

 二人の会話は少しばかり距離を感じさせたが、それを聞いていた蓮司にとっては嬉しいものだった。ぎこちなさは何度か連絡をとれば、そのうちになくなるだろうと気にせずニコニコと二人の会話を聞く。

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