第70話 あの子はなに? 1
十一月も後半に入り、冬を思わせる風が町を吹き抜ける。
蓮司がそろそろ高校の期末試験だなと思っていると、スマホが鳴る。田島という文字が画面に書かれている。
「はいはい、どうした」
『久しぶりに会えるかと思って』
「いいけど、そっちは期末試験が近いんじゃないのか?」
『そろそろだけど、会う時間くらいは作れる』
「時間を作ってまで俺に会いたいのか。いやー好かれてるな」
ちゃかすように蓮司が言う。のってくれるだろうと思ったのだが、そういった反応はない。
内心首を傾げ、これは真面目な話だなと思う。
「なにかあったのか?」
『俺には判断つかないんだ。だから相談したい』
「わかった。いつどこで会うつもりだ」
『そっちの都合に合わせる』
「急ぎの方がいいなら、明日の夕方にファミレスで話すとかどうよ」
それでいいということで、詳細を決めて通話を切る。
なにを相談されるのか期待と不安を抱く。
「できれば良い相談であってほしい。でも恋愛相談とかされても俺じゃ無理だ。宗太に相談することになるかな」
翌日の外回りを終えて、蓮司は待ち合わせに指定したファミレスに自転車で向かう。
祖母には夕食を外でとってくると伝えてある。
田島はすでにそこで待っていると連絡が入っていた。
ファミレスに到着すると私服姿の田島が近づいてくる。
「おひさ」
「今日はありがとな」
話しながら自転車を駐車場の一画に置いて、店に入る。
メニューを開いて食べるものを決めて、テーブルに置かれているタブレットで注文する。
蓮司はハンバーグの和食セットのご飯大盛りにゆでたウィンナーとサラダとデザートを頼む。田島はミートスパゲティだ。
「それで足りるのか?」
少ないだろうと蓮司が聞く。
「満足するだけ頼もうとすると小遣いが足りないんだ。それに期末テストの勉強で運動量も減っている。足りないなと思ったら、帰って食パンでも食べるさ」
「そっか、俺は朝から自転車であちこち行ってきたから、頼んだもので腹八分くらいだな」
「忙しそうだな」
「少し前よりましだ。毎日残業とか拠点に泊まり込みとかやってたしな」
「町が騒がしかったからなぁ。体調崩したりしてないか?」
「大丈夫。疲れる程度ですんだ」
料理が届くまで、互いに会っていない間にやっていたことを話す。
田島は学校生活が中心なので、これといった派手な話題はなかった。学校の様子以外だと田島と丸岡以外の友達の様子も話した。
蓮司の方は東日本への出張や山歩きなどあちこちに行ったことを話す。
「岩手まで行っていたのか。京都に行ったのは前に聞いたし霊能力者ってのはあちこち行くんだな」
「今回みたいに東北まで行くのはしばらくはないだろうけどな。それ関連でちょっとした知名度のある人にも会ったぞ」
みつるからはたまに連絡が来る。新居に異常はないといった雑談だ。今後なにかあったときに相談できるように、繋がりを保っておきたいと話していた。
蓮司も時間があればみつるの配信を見ることもある。
「へー、守秘義務で誰かは話せないんだろうが、そういった人も霊能力者の世話になるんだなー」
「そうみたいだな」
話していると料理が届く。
それを食べ終わって、本題に入る。
「相談したいことなんだが」
「どんなことなんだ?」
「一ヶ月くらい前に転校生がやってきたんだ。女の子でな、長い黒髪のメガネをかけた子。大人しい子で少しずつクラスになじんできている」
「惚れた?」
「違う。丸岡といい感じだから、邪魔をする気はない」
「へー、丸岡と」
青春しているんだなと蓮司は面白そうな表情を浮かべた。
「その子になにかあるってことか」
「そうなんだよ。俺の見間違いかもしれない、でも間違いじゃなかったら危ないのかと思う。でも確かめる術がなくて」
迷った様子の田島が話し出すのを、蓮司はザッハトルテを口に運びながら待つ。
「名前は関根っていうんだが、一週間くらい前その子の影が揺らいだ」
「揺らいだ? 移動したときに影が映る角度で形を変えたとか」
「違う。俺が見たのは授業が終わったあと、丸岡と関根が校門までの道を歩いているときだ。楽しそうな丸岡の邪魔をしないように教室で友達と話していて、窓から二人の姿を見たんだ。そのときに関根の影が大きく揺らいだ」
「なるほど。関根って子は学校生活でなにかおかしなことをしてる?」
「なにもおかしなところはない、はず。だから危ないのかそうじゃないのかわからないんだ」
「俺もなんとも言えないよ。直接見ればなにかわかるかもしれない。でもその子になにか秘密があって隠しているなら、ばらすと問題が発生するかも。明日上司に聞いてみるよ」
「すまないな。めんどうなことを相談して」
「関根って子がなにか企んでいる可能性もゼロじゃないから、早期の相談は助かる。もしくはなにかにとりつかれているかもしれないな」
田島は相談したことで、少しは安心できたようだ。雰囲気が和らいでいた。
ファミレス前で田島と別れた蓮司は家に帰る。
翌日、早速拠点で大地に相談する。
「ということを昨日友達から相談されまして。支部長は心当たりありますか」
「その情報だけだとなんともいえないが、幽霊にとりつかれているわけじゃないと思う」
「その線は消えますか」
「幽霊にとりつかれると多少なりともおかしな言動になる。学校で普通に過ごせているなら、その線は低いと思うんだ。あと影がゆらぐといったことは起きないはずだ。ありえるとしたら妖怪が人間として過ごしている方向かもしれん」
「妖怪が学校に通う必要なんてありますかね」
「暇つぶしかな」
首を傾げながら大地は言う。
「名前がわかっているなら役所に問い合わせて住所を聞いてみよう。それで家の近くまで行って異常があるか確認だ。役所に引っ越しの手続きをしているなら、穏便にことが運ぶかもしれん。手続きせずに術を使って学校に入り込んでいるなら、なにか考えているのかもな」
大地はすぐに役所に電話する。
名前と一ヶ月前に引っ越してきたという情報で調べてもらう。結果が出るのは少し時間がかかるということで、蓮司は勉強部屋で古語の勉強をすることにした。
そのまま昼まで勉強して、昼食を食べているときに大地が結果を教えてくれた。
「八月から最近までに引っ越してきた関根という家庭は一件だけだった。その住所を教えるから霊探器を持って調べてみるといい」
「そうしてみます。現時点で考えられる可能性はなにかありますか」
「妖怪一家が引っ越してきて普通に暮らしている。引っ越してきた一般家庭に妖怪が入り込んだ。妖怪が女子高生になりかわった。その女子高生が先祖返り。これくらいだ」
「穏便に終わるのは一番目と四番目ですかね」
「かもな」
蓮司は倉庫から霊探器を持ち出して、体力づくりのジョギングついでに聞いた住所に向かう。
そこにはアパートがあり、その近くで霊探器を使っても大きな反応はない。
(わずかに反応はあるけど、浮遊霊の反応だよな。留守かもしれないからまたあとで来よう)
外からだと屋内は見えないので人がいるかどうかもわからない。
霊探器をリュックに入れて、また走り出す。
拠点に戻ると、どうだったかと庭で体を動かしていた大地に聞かれる。蓮司は反応はなかったと答える。
「でも問題となった本人はまだ学校ですから帰りにまた近くを通ってみるつもりです」
「わかった。霊探器はそのまま持っているといい」
蓮司はリュックを勉強部屋に置いて、大地と組手を始める。
相変わらず体の動かし方を重視した組手だ。
習い始めよりは動きがましになっているが、まだまだ一人前とはいえない。
避けそこね受けそこねた攻撃で地面に転がされながら、何度も大地に挑んでいく。
そうしているうちに、大地が事務室に戻る時間になり、蓮司は一人で筋トレを行う。
今日の業務時間が終わって、濡れタオルで軽く汗を拭いた蓮司は霊探器を持って関根家のあるアパートへ向かう。
時間は午後五時で、拠点から出たとき田島に連絡して関根は帰ったと聞いている。
寄り道などしていないならアパートにいるだろう。
暗くなり始めた道を自転車で走り、アパートまでやってくる。
「明かりがついているってことは誰かしらいるな」
関根の表札がある部屋の窓、カーテンの隙間から屋内の明かりが漏れている。
霊探器を使うと、大きくはないがしっかりと反応があった。
「反応あり」
ちょっと見張ってみようかと霊探器をリュックに入れて自転車を置ける場所を探す。
スーパーでもあればそこに置けるがみつからないので、自動販売機のそばに置いて、そこでジュースを飲みながら休憩するふりをしてアパートを見る。
祖母に少しだけ帰るのが遅れると連絡を入れて、一時間ほど見張る。
その一時間の間に、三人ほどアパートの住人が帰ってきた。その中で一人、京都で出会った妖怪のような気配の持ち主がいた。四十歳ほどの男だ。
(家族も妖怪かな)
その情報を収穫にして、その場から離れる。
自転車に乗って去っていく蓮司の背を、妖怪の気配を放っていた男が見ていた。
蓮司が妖力を感じ取れたように、妖怪もまた蓮司の霊力を感じ取れる。それが抜け落ちているところが、まだまだ経験の浅い駆け出しだ。
翌日拠点で、反応があったことを大地に伝える。
「霊探器が反応を示し、その後妖怪らしき気配の人がアパートに入っていきました」
「妖怪が二人……ちょっとその家に行ってみるか。少し前の怪異みたいに、妖怪が減ったから入り込んできた可能性も考えられる」
そう言って大地は立ち上がる。
「拠点に待機してなくて大丈夫ですか?」
「近場だしな。今日は敬太郎がいるし、なにかあったら連絡を入れてもらう」
一緒に行こうと蓮司を誘い、大地の車でアパートに向かう。
アパートから徒歩十五分のところにあるスーパーに車を止めて、アパートまで歩く。
玄関前まで来てインターホンを鳴らす。
「いますかね」
「気配はあるぞ。妖力が感じ取れる。少々ぶっそうなくらいだな。警戒しておくように」
そう返されて蓮司は玄関の向こうの妖力を感じ取ろうとしたができなかった。
いつでも術を使えるように札を握る。
しかし中からの反応はない。もう一度インターホンを鳴らすが同じだ。
「居留守でしょうか」
「向こうも警戒してそうだな。蓮司は下がっていろ」
蓮司が十メールほど下がったところで、大地はドアノブに手を置いて、玄関をゆっくりと開けた。
途端に妖力があふれ出すように感じられ、大地へと襲いかかる。
「ふんっ」
霊力を体中にみなぎらせて、迫る妖力を薙ぎ払う。
そして屋内から四十歳の男が飛び出してくる。その頭部には猫の耳があり、腰あたりには尾が見えた。
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