勇者の娘、魔物の操者~聖剣を継ぐ少女は対話による正義を目指す~
宮塚慶
01,架け橋となる少女
プロローグ
第1話 少女と竜
――どうしてこんなことになってしまったのか。
ウェーブがかった長い銀色の髪を持つ少女が、華奢な体に似つかわしくない大きな剣を構えてこちらを睨みつけている。
「待ってくれ! せめて話を、」
「で、出て行ってください!」
必死に静止を試みるも、聞く耳を持たない。裏返った声で必死に僕らを牽制してくる。
少女の姿は、戦う者には見えなかった。
精巧な人形のように真っ白な肌。長いまつ毛と大きな瞳。不格好で腰の入っていない構えで剣を握りしめている。
不安げな表情と小さな身体で、それでも敵意だけはありありと示していた。
「ディル様、いかがいたしますか」
側近かつ元学友でもある少女――ナーテ・カーラインに名前を呼ばれ、ようやく僕は次の一手を思考し始める。
ナーテは既に魔法用のステッキを手にして、臨戦態勢に入っていた。
「なんとか、戦わずに止める方法はないか?」
「向こうがやる気な以上、その優しさは危険になります」
冷静な彼女の言葉に歯噛みする。
相手は田舎村に住む子ども。
見るからに素人とはいえ、だからこそ予測不可能な行動で意外な一撃が入ることもある。油断は禁物だ。
向こうは隙だらけ。なんとかナーテと連携して、少女が手にした剣を叩き落とすことができればいいのだが。
僕が指示を出そうとしたところで、先に少女の方が叫んだ。
「ブーネ! 来て!」
誰かを呼ぶ声。
瞬間、周囲の木々が風に煽られて大きく揺れた。森全体がざわめき、僕とナーテを威嚇しているようにも感じられる。
そして、深緑の向こうから巨大な影が飛び出してきた。
「なんだ!?」
大きな翼が開かれ、上空に舞い上がる巨体。
太陽に照らされてその全容が
それは黒い鱗に全身を覆われた、一体の竜だった。三つの首を持つ禍々しい姿をしている。そのうち真ん中の首が、金色の瞳で僕とナーテを見下ろす。
見るからに凶悪な魔物だ。それがこんな田舎村に潜んでいるなんて。
「魔物です、ディル様! 下がりましょう」
「いや、待ってくれ! 逃げるならあの子も……」
民間人らしき少女が此処にいては敵の被害が及んでしまう。
しかし彼女は魔物に臆することなく、手にした剣を胸元に掲げて祈るようなポーズをとっていた。
行動の意味を考えている時間はない。
「君! 危ないからこっちへ!」
呼びかける僕の声に反応して、竜が狙いを定めこちらに急降下してきた。
少女が竜に向けて声を張り上げる。
「ブーネ、お願い!」
それを聞いて、竜が右の首を動かして首肯したように見えた。
「まさか、言葉を理解しているのか!?」
人間と魔物が意思疎通をとれるなんて話は聞いたことがない。仮に理解したとしても、少女に従う理由もないはずだ。
だが信じられないことに、竜は確実に僕らだけを標的にして迫ってくる。
「ディル様!」
僕をかばうために前へ出たナーテが、呪文を詠唱して防御結界を生み出す。
前面に張られた光の壁。
咄嗟に作られたそれは脆く、強大な魔物相手には非力だった。身を守ることはできだが、敵の突進に圧し負けて硝子のように弾け飛ぶ。
竜は勢いのまま再び浮上、空中を旋回して再び降下。
「ナーテ、無事か!?」
「超警戒級の魔物です。我々だけでは厳しいので、一度退きましょう」
「しかし、民間人を置いてはいけない」
「……このお人好し」
すっかり言われ慣れた毒を吐かれる。
ナーテは再び呪文を詠唱して防御結界を展開。光がドーム状になって僕らを包み込んだ。
竜の突進が結界にぶつかる。なんとか受け流すことができたが、強烈な攻撃を受けて防御壁にヒビが入った。
「撤退と言っても、今の状況では厳しい。僕が時間を稼ぐから、ナーテはあの女の子を保護してくれ」
「囮のつもりならば、役割をお考えください。今の私はディル様に仕える立場です」
「……ここは僕に任せて先に行け、ってやつなんだが。上手くいかないな」
しかし、退くにも抗うにも状況が悪い。竜は上空から辺り一帯を見渡せるため、多少の目くらましでは退路を作ることもままならない。
ならば、今はわずかな可能性でも試してみるしかない。
僕は先ほど少女と竜が交わしたやり取りを思い出していた。
「ナーテ。すまないが賭けに出るぞ」
「? 何を――」
彼女が言い切る前に僕は結界の外へ飛び出した。
そのまま自身の剣を鞘に収め、戦う意思がないことを竜へアピールする。
「聞いてくれ! 僕らは君と争うつもりはない!」
後ろでナーテが「なんて無茶な真似を」と叫んでいるのが聞こえたが、無視を決め込む。
竜がピクりと反応した。
少女とのやりとりでもしやと思っていたが、やはり言葉が届いているらしい。
「僕らは、勇者ソロンに会うため此処へ訪れた! 彼がいないのならば大人しく引き下がる! 約束しよう」
「えっ……」
竜に向けて目的を明かす。そんな僕の言葉を受けて、先に少女が戸惑いの声を漏らした。
彼女の様子を見るに、僕らの捜し人――勇者ソロンについて思い当たることがあるらしい。
それならばと期待したが……。
「ソロンに会いに来ただと?」
竜が人の言語を話した。
こちらの言葉が分かるだけではなく、喋ることまでできるのか。ますます前例のない存在だ。こんな状況でなければ、非常に興味深く観察させてもらいたいところなのだが。
竜は、かつて世界を救った勇者の名前を聞いて憤る。
「今さらイズラニアの犬どもが、その名を口にするのか!」
「なんだって?」
イズラニアは僕やナーテが属する国家の名前だ。
まだ身分を明かす前だと言うのに、竜がこちらの所属を言い当てた。そのことにも驚いたが、怒りの矛先が見えない。
勇者ソロンはイズラニアの英雄だ。国の名前を出して憤る理由はないはず。
意味を図りかねている間に、竜は口内にエネルギーを溜め始める。火炎の息による遠距離攻撃も扱えるらしい。
「待って、ブーネ!」
こちらに向けて炎を構える竜に向けて、少女が叫んだ。
「止めてくれるな、エナ! ソロンの名前まで出されたのだ、奴らを逃すわけには行かぬ!」
「お願い、駄目!」
猛る竜を相手に少女は一歩も引かず、再び戦闘停止を促してからこちらに視線を向ける。
純粋でまっすぐな、吸い込まれそうな瞳が僕らを見つめていた。
「勇者ソロン――お父さんに会いに来たというのは、本当ですか?」
「えっ?」
お父さんだって?
「君は、勇者ソロンの娘なのか……?」
判明した少女の存在に驚いたが、僕らは目的地に辿り着いていたらしい。
僕――ディル・イェクノ・ナーガスは、改めてこの旅の始まりを思い出していた。
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