第6話 顛末
「聖剣を所持していたイズラニアが、聖剣からスキルを得た勇者を追い出したのか……?」
確認するのも酷なことだと思ったが、聞かずにはいられなかった。
イズラニア国の装備に身を固める僕に答えることを躊躇いつつも、エナは静かに頷く。
「ら、ラジェルのスキルについて、王様たちは知らなかったのかもしれません」
「そうだとしても、追放は身勝手がすぎる」
いくらスキルの詳細を知らなくとも、戦争を治めた勇者だ。魔物との対話は聖剣のスキルによるものだと、本人から直接聞けばそれで済む話じゃないか。
僕は、自分が仕えるイズラニアという国に対して急速に不信感を募らせている。
「ギルレーン戦役で、お父さんは迫る魔物の軍勢と対話を試みたと言います。お父さんが従える魔物――ブーネたちも一緒に、敵を説得して交渉したそうです」
「……魔物と人間の共存。それがソロンの語る夢だった」
ふと、ブーネが昔を懐かしむように口を開いた。
その口調は、こちらに怒りを募らせていた先ほどまでの対応とは異なり、何処までも優しい。ソロンへの信頼を強く感じる。
しかし、即座にブーネの目つきは鋭くなった。
「だが、人間どもはそんなソロンの夢を踏みにじった!」
ギシリ、とブーネが歯を軋ませる。苛立ちから口内を強く噛みしめ、苦悶の表情を滲ませていた。
ソロンがどうなったのか、詳細を知りたい。僕はエナの方へ視線を戻した。
「ソロンは、魔物との交渉に成功したんだよね?」
「……はい。魔物たちの居場所を作って共存を目指すと約束しました。魔物たちはイズラニアに攻め入ることを止めて、戦争は終わったそうです」
すっかり元気を無くした様子のエナ。
イズラニアの横暴な対応に、僕は上手く言葉を掛けられなかった。情けなくも押し黙るしかない。
あまりにも報われない結末。
ナーテも、流石にこの出来事を聞いて国家侮辱だとは言わない。表情からは伺えないが、少なからずショックを受けていることは伝わってくる。
「えっと。お、お父さんを信じて助けてくれたレブアム村の人たちや、魔物たちの助けもあって生活には困らなかったので。おかげで、私も生まれて此処まで育ちましたし」
「なんというか……すまない。イズラニアの人間として、詫びさせてほしい」
「そ、そんな! ディルさんは、お父さんの追放とは関係ないですから!」
エナは慌てて両手をバタバタとさせた。
実際、僕とナーテは兵士養成機関を卒業したばかりの一八歳。ギルレーン戦役が起きた二〇年前には生まれていないし、勇者ソロンの追放もまったく知らない事実だ。
それでも今はイズラニアに仕える戦士で、特に僕は七英雄なんて大それた称号まで手にしている。他人事というわけにはいかない。
罪悪感に対して、謝罪だけでは軽いことも分かっている。今の詫びはただの自己満足に過ぎなかった。
「追放後もお父さんは頑張ってました。人間の手が及ばない土地で魔物の国を作って、いずれは他国と外交をしようと考えていたらしいです」
「立派な人なんだな、勇者ソロンは」
魔物と対話が出来るスキル<ビーストハンドラー>。それを使って彼は、人間と魔物が共に生きられる世界を目指していた。
それがどのような未来を作るのか、僕にはまだ想像できていない。
ブーネという実例を見た後でも、他の魔物と対話をして平和を築くビジョンは中々思い浮かばないのが本音だ。
「……あの。ディルさん」
考え込む僕に向けて、エナが申し訳なさそうに口を開いた。
「なんだい?」
「此処まで話して、こんなことを言うのも変ですが……。お父さんが本当に死んだのかは、分からないんです」
「……え?」
どういう意味だろうか。僕は無言で彼女に続きを促す。
「さ、三年前。お父さんはいつものように食料調達へ出掛けました。その日は『周囲に警戒して、気をつけて留守番をするように』と、普段言わないような注意をしてから出て行ったんです」
「……それで?」
「レブアムの村を出て、かなり進んだ場所で、お父さんの荷物が落ちているのが見つかりました」
それは、つまり。
「直接亡くなっている姿を見ていないということか」
コクりと肯定するエナ。
では、扱いは行方不明になるのではないだろうか。僕が疑問を挟む前に彼女が続きを話す。
「お、お父さんがイズラニアの兵士に襲われ亡くなったと、教えてくれた魔物がいたんです」
エナにとって魔物は仲間で、信用に足る存在だ。そんな彼らから報告を受けて、彼女は父親の死を受け入れることになった。
しかし、それはあまりにも疑問が残りすぎる。そしてそれはエナ自身も同じようで、納得いかないまま話しているのが口ぶりから分かった。
「どう思う?」
「先ほどの話では、イズラニアはソロン様を追放処分にしたと言います。一七年経って、いきなり暗殺を企てるものでしょうか」
ナーテが冷静に状況を分析する。その疑問はもっともだ。
何より、勇者の訃報は一切報じられていない。イズラニアが勇者を疎ましく思っていたのなら、むしろ喜んで彼の死を流布しそうなものだが。
分からないことが多すぎる。
僕は、思わず口にしていた。
「……エナ。君のお父さんとイズラニアについて、もっと調べてみる気はないかい?」
突然の提案に、エナは口をあんぐりと開ける。
「え! あ、あの……」
「もちろん無理にとは言わない。けれど僕は君の話を聞いて、もっと調べようと思った。勇者のことを知る君が同行してくれるなら、調査にも心強いんだが」
提案に対して、否定的な反応をしたのはブーネだった。
「くだらん! イズラニアに殺されたソロンのことを、イズラニアの犬が調べたいだと? そんなものが信用できるか!」
「分かっている。僕も、イズラニアを信じてくれとは言えない」
此処に来る前から、イズラニアが勇者ソロンについて何か隠しているのは明白だった。
残されていない資料や、師であるアムダさんの言葉。それらが酷く引っ掛かったから、僕は此処までやってきた。
だからこそ、イズラニアが仕えるのにふさわしい国か調べる必要がある。
エナは視線を落として悩んでいるようだった。すぐに決められる案件ではないだろうし、僕は優しく伝える。
「返事はすぐじゃなくていい。家の扉を直すまでは立ち会うから、しばらく考えてくれ」
「……分かり、ました」
俯きながら小さく頷くエナ。
弱々しい返事だったが、その表情は真剣そのものだった。
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