第13話 鈴鹿8耐

  8耐にKT社が帰ってきた。クラスは改造範囲が限定されているSST。エースはレジェンドの佐藤眞二。春に開催されたトライアルで規定タイムをクリアしていた。皆からは年よりの冷や水とからかわれている。ふだんはH社のマシンに乗っているが、今回はKT社の要請を受け、エースライダーとして乗ることになった。なぜKT社に乗ることになったかというと、孫娘の桃佳のせいである。桃佳がMotoGPでがんばっているので、それに触発されて8耐にでる気になったのである。H社での参加の話もあったが、さすがに60才を越すレジェンドを乗せるわけにはいかないとH社は考えたようだ。そこで佐藤眞二は親交のある川口剛士氏に声をかけたら、KT JAPANがマシンをだしてくれることになり、総監督は川口氏。そして監督には元GPチャンピオンで現KT社Moto3監督のジュン川口が任命された。問題はあとの2人のライダーであった。当初はスペンサーJr.が候補になったが、耐久はやったことがないという理由で丁重に断られた。それで、桃佳に白羽の矢がたったのである。祖父の佐藤眞二がでるので、断るわけにもいかず桃佳はしぶしぶ承諾した。するとメディアは優勝候補でもないのに、

「レジェンド佐藤眞二、8耐で復活。孫娘と共演」

 と、はやしたてた。思わぬ8耐の宣伝になり、前売りチケットは例年以上の売れ行きとなったのである。サードライダーはMoto3で走っている米谷麻実に決まった。監督のジュン川口のお墨付きである。ましてや関西出身の麻実は鈴鹿がホームコース。初のリッターバイクと思いきや、ふだんはKT社のリッターバイクに乗っているとのこと。さすが負けず嫌いの麻実である。エースの佐藤眞二は「両手に華」と喜んでいる。

 桃佳がジュン川口氏に聞く。

「前にTVで漫才の金ちゃんズがタイヤ交換をしているのを見たことがあります」

 と言うと、

「金ちゃんズは、今年は応援リポーターとして来ます。やはり特集番組を作るそうです。完走が絶対条件ですね」

「あらあら緊張してしまいますね」

「そんなに緊張しなくていいですよ。優勝をねらっているわけじゃないですから」

「でも、祖父は3位ねらいと言っていましたよ」

「あの人は、いつもそうだ。でも、そうやって自分を奮いたたせているんだろうな」


 8耐当日となった。真夏まっさかりだ。これぞ8耐という天気である。エースの佐藤眞二から今日の作戦が指示された。

「ねらいは完走だ。よって30分毎にピットインだ」

「ふつうの半分ですか?」

「そうだ。体力温存ができるし、何よりガス補給が少なくてすむ。その分、おもいっきり走れる。名付けてガンガン作戦だ」 

 桃佳と麻実はシラーとして眞二の顔を見ていた。でも、おもいっきり走れるのはいいことだ。順位を気にしなければ30分交代も悪くない。

 スタート1時間前。グリッドに並ぶ。華やかなスタートセレモニーが始まった。予選はエースの佐藤眞二が2分10秒110、麻実が2分10秒570をだして、クラス5位のポジションを獲得していた。SSTクラスには17台が参戦している。総合では33位である。グリッドは二人のタイムの合算で決まっていた。ちなみに桃佳は2分11秒台に終わっていた。

佐藤眞二はどこにいっても人気者だ。サーキットが似合う人間というべきなのだろう。桃佳は、祖父と同じ道を選択した自分に何かしらの運命を感じていた。母に言わせると

「家庭人としては失格よ」

ということだが、一流のレーサーになればそんなものかもしれない。

11時半、スタート時刻となった。麻実がダッシュしてきて、すぐにマシンにまたがり、マシンを駆り出す。ムダのないスタートだ。とても、ふだん軽量マシンに乗っているライダーとは思えないマシンさばきだ。いずれMotoGPに上がりたいと言っていたが、麻実の夢はそんなもんじゃないと桃佳は感じていた。

レースの最初はスプリントレースの様相だ。麻実は集団の中でもあわてない。自分のラインを守って走っていく。見ていると、少しずつ前のマシンとの差をつめ、シケインのとびこみでグッと入り前にでてくる。まるで、リッターバイクのレースをいつもやっている感じだ。

 眞二さんが、

「あいつ速えな。桃佳、見てみろ。S字を最短ルートで走っているし、ヘアピンで特別なラインをとっているぞ」

 と言うので、モニターを見てみると、ヘアピンの奥まで行って鋭角に切り込んでいる。アウトインインのラインだ。これだとブレーキング競争で勝てるし、立ち上がりも直線がとれるので有利となる。その後の二輪専用シケインでも切り返しがうまい。それにスプーンカーブでも、マシンを寝かして最短ルートでまわっている。本来、小回りだとスピードが落ちるが、麻実はしっかり前のマシンについていく。もしくは、せまっている。ただ、裏ストレートは厳しい。パワーが足りないのでEWCのマシンには離されるのはいた仕方ない。

 そんなかんなで30分経過して、もどってきた時はクラス3位になっていた。桃佳がコースインするとクラス8位のポジションに落ちている。ピットインの回数を多くする作戦だから仕方ない。でも、桃佳もがんばる。前のマシンの挙動を見て、シケインで抜けることを確認し、そこで1台抜いた。スプーンカーブで麻実の倒し込みを真似しようとしたが、とてもそこまではいかなかった。通常のラインで走るしかなかった。ヘアピンでの突っ込みは何度かやっている間にできるようになった。でも、他のマシンとバトルをするほどの技量はない。ラインが交叉するのがオチなので、ぶつかるリスクもあるからだ。

 1時間経過。クラス7位で眞二さんにチェンジ。他のチームもライダー交代をしている。眞二さんはさすがレジェンドの走りでスキがない。これといった速さはないが、コーナリングはうまい。ガスが少ない分、ストレートでも伸びがあり、同じクラスのマシンなら負けない。バックストレートで1台抜いた。6位に上昇である。

 1時間半経過。麻実にチェンジである。コースにもどると8位になっている。抜いても抜いてもピットインが多いので、順位が下がる。でも、仕方ない。目標は完走ねらい。

 2時間経過。桃佳も一人抜いてもどってきた。眞二さんとチェンジ。コースインすると、クラス6位だった。

 3時間経過。クラス6位のまま麻実にチェンジ。眞二さんの走りに精彩がない。やはり年齢のせいなのか。

 そうして、6時間を経過した。さすがに3人とも疲れが見え始めて、口数が少なくなっている。監督のジュンが声をかけるが、反応はいまひとつ。簡易プールで目をつぶって、水につかっているのが関の山だ。

 眞二さんが4回目を走り終えて、監督に

「もう無理かもしれない。走っていてクラッときた。これ以上やったらマシンを壊しそうな気がする」

 と言ってきた。そこで、監督は桃佳を呼び

「眞二さんがギブアップしてきた。まぁ、想定範囲内だ。そこで最後は45分走ってくれ。麻実にも最後45分走ってもらう。いけるか?」

 桃佳は疲れがたまっていて、(大丈夫)とは言えなかったが、夢にまで見た8耐参戦だ。並大抵のことではないとわかっている。

「いくしかないでしょ」

 と答えた。

 6時間30分経過。麻実がもどってきて、桃佳のラストアタックだ。クラス5位でコースに復帰した。まずは、たんたんとペースを守って走る。ガスはほぼ満タンに近いので、無理はできない。

 7時間経過。他のマシンが最後のピットインをしたので、クラス3位に上がる。でも、桃佳はもう1回ピットインしなければならない。このままのポジションでは表彰台には上がれない。完走が目標だが、表彰台に上がれるチャンスがあるならそれを果たしたい。それが祖父への今までの感謝だと思ったのである。MOTEGIで走っていた時から、陰ながら支援してくれていた祖父、ヨーロッパに行ってからも澄江さんのことを始め、多くの支援と応援をしてくれていた。表だって(ありがとう)は言えないが、いっしょに8耐で走る機会を得たのだから走りで返したいと思っている。

 へアピンで2位のマシンが見えてきた。例の麻実ラインで差をつめる。スプーンカーブでも、ぴったし後ろにつく。次の周も同様にへアピンとスプーンカーブでくいつく。そしてシケインでブレーキング競争。1回目はアウトからしかけたが、相手もさるもの。しっかりおさえられた。

 次の周も同様に、ヘアピンとスプーンカーブで後ろにつく。そしてシケインがせまる。今度はアウトにいくとみせかけて、すばやくインに入った。相手は驚いたのか、ブレーキが遅れコースアウト。その先でスリップダウンしていた。

 7時間15分経過。最後のライダーチェンジだ。麻実が桃佳に

「よくやったね」

 と声をかけた。桃佳は麻実に誉められたことがないので、驚きの顔で麻実を見送った。コースに戻ると、クラス5位になっていた。そこから麻実の本気の走りが始まる。あたりは薄暗くなっている。

 7時間40分経過。シケインでブレーキング勝負。桃佳と同様アウトと見せかけて、インで抜いてきた。

 7時間55分経過。ヘアピンで前のマシンとバトル。相手がアウトインアウトのラインで最初にインをとったが、麻実はアウトインインのラインで立ち上がり勝負。これを制した。これでクラス3位。ピット内は大盛り上がり。応援リポーターの金ちゃんズもTVクルーに向かって大騒ぎだ。そこに眞二さんも加わってはしゃいでいる。そしてフィニッシュ。麻実はクラス3位、総合20位でチェッカーを受けた。暗闇の中、マシンのゼッケンだけが光り輝いている。

 表彰台に上がる前のインタビューで、眞二さんが

「今日は若い二人に助けられました。いやー感無量です」

 と言って、両手で左右にいた桃佳と麻実の手を持ち上げた。そして

「これで、私の夢を果たすことができました。これで、きっぱりレースをあきらめられます。佐藤眞二、今日をもってレーサーを引退します」

 と、宣言したのである。聞いている観客の中には、「エー!」という驚きの声とともに、祝福する拍手が鳴り響いた。

 桃佳は祖父の夢をかなえられることができて、嬉しい反面その引導を渡す役割を担ったかと思うと、やや複雑な気持ちになった。

 その後、母から

(桃佳、お疲れさまでした。そして、おじいちゃん孝行ありがとうね)

 と、メールがきていた。反抗的な娘であった母にすれば、自分の代わりに親孝行をしてくれたと思ったのだろう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る