第26話 それでも私は

◇ビットナイト


時は現在に戻る。

ビットナイトは右腕を掲げた。


「”停止せよ”」


薬指にはめられた指輪が、赤く光る。

すると、目の前で繰り広げられていた大乱闘がぴたりと止む。


それを見たビットナイトは、奥底から激しい衝動が沸き起こる。


魔王の命は絶対だ。

たとえ元部下であっても――

魔王が命じたのならセンサーで自我を奪わなければならない。

だから償いとして...せめて彼らの手入れだけは徹底していた。


しかし現在、目の前の彼らは....。

体に深手の傷を負い、今にも倒れそうだった。


ぐつぐつと煮えたぎる黒い衝動。

ここまでの憎しみを抱いたのは初めてかもしれない。


ビットナイトは、仲間だった者達の顔を確認していく。


そして、改めて決意した。

――侵入者を絶対に殺すと





◇リザヤ


俺はルーナを説得した後、作戦の一貫として最下層を目指すことにした。


二階層目に下がると、再び魔物が襲ってくる。

その為、再びリース&バンスで魔力を入れ替えセンサーをかく乱。

魔物が同士討ちさせるように、仕込む。


三階層も全く同じ手口で混乱させ、自分たちは素通りしていく。


そして最下層である、4階層にたどり着く。

そこには、魔物は配置されていなかった。


「.......?」


代わりに、入り組んだ最深部に何かが保管されている。

近づくと――それは本だった。


「.......これが禁書か」


「うん、間違いないよ。幼い頃見た本の柄と一致するから」


本を開く。

中にはルザード一族が編み出したと思われる謎の文字が使われていた。

同時にその本から魔力を感じる。


......これは、もしかしたら――


まず自分の指を口で切り、血というインクを作った。

次に携帯していた地図の紙の裏を広げる。

そして、この本の模写を試す。


しかし――

....駄目だ。書き写せない。

書いた文字が歪んでいく。


「......ん?どうしたルーナ?」


彼女は俺の行動が不可解だったのか、腕に触れてきた。


「.......何してるのかなって」


「...あぁ、仮説を検証してたんだ」


彼女の表情は容量を得ずといった様子。


「本って模写でいくらでも増やせるはずだろ?なのに一つの本を厳重に保管するのは何故かって.....」


「.....あっ、それで貴方は実際に模写を...」


「まぁな。けど、この本自体に魔法が掛かってて、模写はできなかった」


恐らくこの魔法を架けた理由は、禁書が量産できないようにするためだ。

だが、魔法を架けた人物はルザード一族か魔王かは分からない。


そして今回の作戦の命運は、誰が魔法を架けたのかに掛かっている。

もし魔王の魔法ではなく、ルザード一族だった場合。

この本は闘いに使える!


「――――」


腕に感触が.....。

再び彼女が腕に触れてきた。


「......あの、これはもし良かったらだけど...」


彼女の頬がやや赤みを帯びている。


「私が貴方の名前を――――」


突然、地面に魔法陣が浮かび上がる。

そして、分身が召喚。


....俺は三階層にも分身を潜ませていた。

ビットナイトがその階層にたどり着くタイミングを知るために。

そして、現在分身が再召喚されたということは....。


「.....悪い、ルーナ。話はあとで聞く」


「え.....。うぅん、気にしないで」


....もうすぐ最下層に、ビットナイトがやって来る。


回収レトリーブ


ひとまず、遺跡の魔物達に付与した魔力を回収する。

もう、センサーをかく乱させる必要がないからだ。


「....ん?魔力がかなり増えてる」


....そういえば。

前貸しした魔物達が、争うということは当然mpも消費する。

だから回収した際、利子の分まで魔力が増えたのか。


「ステータス、オープン」


....ステータスを確認すると、魔力が10,000まで増えていた。

これなら、ビットナイト相手にも立ち回れるかもしれない。


さて、急いで作戦の準備を――――

禁書の中間のページを開く。

そして半分に破り抜く。


「えっ!?....そんなことして大丈夫なの?」


動揺するルーナに、俺は質問を投げる。


「.......ルーナは演技は得意か?」



  ▽


降りてきたビットナイトとルーナが対峙する。

相変わらず、いかつい龍の顔が圧迫感を出していた。


「.......侵入者はルーナでしたか」


ビットナイトは、俺を見やると口角を吊り上げた。


「.....なるほど。その男を魅了で奴隷にしたのですね。だから貴方程度でもこの最下層にたどり着けたと....」


「彼は奴隷なんかじゃない。仲間だよ」


ルーナの言葉に奴は、眉間に皺を寄せる。


「.....正気ですか?人間を...しかも魅了で自我を奪った男を、仲間だなんて」


呆れたように大きく溜め息を突いた。


「貴様はことごとく私を失望させてくれますね」


「.....それは良かったよ。私もあなた達の思い通りになんて、もう絶対になりたくなかったから」


「は?...何を勘違いしているのですか。思い通りになっていたら、私達がこんなに苦労することも無かったというのに」


ビットナイトの目つきがより一層険しくなる。


「貴様が逃亡を図るから、私は大軍を派遣する羽目になりました。これがどういうことか、機密の重要性を知っている貴様ならわかりますよね?」


「....................」


ルーナの顔が俯く。


「....機密を守るために、最後には大軍の命を切り捨てなければいけないんです。たった一人、貴様の行動のせいで」


....暴論だ。

大軍を殺すのは魔王の意図であって、彼女ではない。

だがビットナイトは自分が命令に逆らえないからと、より弱い立場に八つ当たりしている。

きっと....いつもこんな風にルーナを追いこんでいたのだろう。


「本当なら今すぐ殺したいところですが、貴様は魔王の娘。だから最後にチャンスを上げます」


.....チャンスという言葉に彼女の体がピクッと反応する。


「もし凄惨な最後を遂げたくないのなら、今すぐこちらに降伏しなさい」


「................」


「そうすれば、温情を与えて楽に殺してあげます。....いかにあの忌々しい人間との”ハーフ”な貴様でもね」


......ハーフか。

これでルーナの姿の変化にも説明がつく。

そして、同族には優しそうなビットナイトが彼女に当たりが強いことも。


「さぁ、好きな方を選びなさい。抗い人間として無残にしぬのか。それとも降伏し魔族として安らかに逝くのかを」


彼女が拳を強く握りしめる。


「わたしは...多くの魔族さん達を巻き込んでしまった最低の女。......けど、それでも......!」


ずっと俯いていた顔が上がる。

真っすぐ強い眼差しでビットナイトを見る。


「わたしは、生きてこの目で星空を見たい!」


その瞬間、彼女の姿が変化する。

サキュバスへと。


それに伴い、ビットナイトに及ばないものの大きな魔力を放つ。


「大切な人と二人で見るって約束したから......。私は最後まで足掻くよ」


「...............そうですか」


ルーナの決意に、呆れたように応えるビットナイト。


「そんなに星空が好きなら――」


空気を切り裂きながら、彼女に近づく龍の魔物。


「今すぐ貴様を星にしてあげますよ!!」


奴の意識は完全にルーナへと向いた。

――つまり

今が不意打ちの最大チャンス。


俺は視線でルーナに合図。

それに応えるかのように彼女が風魔法を俺に当てる。

丁度、敵に飛ばす向きにして。


ビットナイトと俺。

両者が向かい合いながら急接近する。


「なっ――」


予想外の行動に、敵の動揺が見て取れた。


.....奴は魔力総量は7万だが、防御は7千程。

対して、俺は魔力総量10000。

昨日の不労魔力とさっきの遺跡の前貸しで増やした魔力だ。


俺は即座に魔力10000を攻撃に振る。

そして奴の懐へ――

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