Die Kampfkunst, die von Herr Dämon Vergilius unterrichtet wird ―― 悪魔ウェルギリウスの戦闘術指導
「よしよし。君は誰よりも努力していて偉いよ」
「あたしが努力しているかなんて、知りませんよね」
優秀な成績を収めても褒められない。あたしだけではない。皆同じだ。
「まだ一五歳なのに、その知識量、理解力、剣の太刀筋。努力しなげれば得られないものだ」
ああ、そうか――。
あの城で、ウェルギリウスが常にあたしを先頭にしたのは、加虐心なんかが理由ではない。あたしの力量を把握するためだったのだろう。
「辛いかもしれないけど、まだ頑張れるかい?」
「……はい」
「君は魔女ルチアを倒して友達の仇を討ち、苦しめられている領民を救う」
「はい」
「それを達成できるように、俺が君を鍛えよう」
マリスの件も、苦しめられている領民のことも、あたしの背中を押してくれる。けれども、それだけではなかった。勝てなければ、ウェルギリウスは魔女ルチアと契約する。それが心底嫌なのだ。突然自分の中に誕生したドス黒く渦巻く嫌悪感の正体がわからない。
「ハーブティーを飲み終えたら、さっそく訓練しよう。時間がないからね」
「はい!」
名残惜しかったが、ウェルギリウスから身体を放して気持ちを切り替えた。
準備を整え、庭の雑草を踏みつけて剣を抜き、あたしはウェルギリウスと向き合った。
「剣を使う前に、魔術について教えよう」
ウェルギリウスが腕を組むと、風が吹きつけて彼の金髪の毛先を揺らした。
「魔女ルチアは、呪文の詠唱を省略して魔術を具現化することが可能だ」
「はい。驚きました。そんなこと不可能だと思っていましたから。魔石の力ですか?」
「違う。あれは≪相生変動≫と呼ばれるものだ」
「あいしょうへんどう?」
「魔術が何を模倣しているかは、知っているよね?」
「もちろんです」
魔術は、陰陽五行――この宇宙の万物を創り出す『木』『火』『土』『金』『水』という五つの元素を、陰と陽、つまり『闇』と『光』の二種類に分類した一〇種類の属性にわけられる。
魔力を代償に具現化する≪カタチ≫は、それぞれの属性に対応する自然界の姿を取るが、実際に火や水を創り出すわけではない。魔力を加工してそのような姿に見せるだけだ。
陰陽五行はキリスト教古来の元素の考え方ではなく、ヨーロッパにキリスト教が浸透する前の時代に異教徒が考え出したものだという。迫害されて流浪の民となったユダヤ人が伝承したとか、ゾロアスター教徒が確立したとか言われているが、正確なことはわかっていない。
「陰陽五行説では元素は循環すると考える。木は火を生み、火は燃え尽きて土となり、土はその中で金を育て、金は水を清らかにする。そして水は木を成長させる。これが循環だ」
「複雑ですね……」
天使術はカトリックが大天使ミカエルの導きで生み出したもので、陰陽五行は土台になっていない。『闇』と『光』という二元論で考える。悪魔とその眷属に対抗することだけを目的としているので、≪カタチ≫は全て光を基準にしている。種類は魔術より少ない。
「この循環は、『生じる』という言い方もされていて、専門用語では『相生の関係』と呼ぶ。魔女ルチアが使った技の属性と順番を覚えているかい?」
「えーっと、土属性が最初で、次が……金属性。あ、これってもしかして!?」
「うん。土が金を生じていて、相生の関係だ」
「もしかして、相生の関係となる魔術を発動するとき、魔女は呪文を省略できるんですか?」
「その通り。呪文だけではない。通常は、発動したい魔術の属性に合わせて魔力の波長調整が必要なんだけど、≪相生変動≫の場合は属性を変える際の波長調整も省略できる」
「凄い……」
「≪相生変動≫を使いこなせる人間は、リリンの子孫だけだ」
この説明を基に、自分なりに魔女ルチアとの戦い方を考えてみた。
「魔女ルチアに最初の魔術を発動させなければ、倒せますか?」
≪相生変動≫を使いこなせても、最初の魔術を具現化するときには呪文が必要だろう。
「理屈としてはそうだね。だけど難しいだろう。魔女ルチアは魔石を豊富に所有していそうだし、結界の張り方から推測するととても警戒心が強い。対策をしているはずだ」
「では、どうしたら魔女ルチアを倒せますか?」
「エクソシストは個人により得意なことと不得意なことがある。君は小柄で動きが俊敏。おまけに相手がその魔術にどれくらいの魔力を込めているか瞬時に判断する嗅覚があるから、天使術での≪相殺≫を得意としている」
あたしは自分の低身長がコンプレックスだったが、強みでもあるらしい。
「魔術を打ち消してできた隙を突いて相手の間合いに入り、剣を使うのが一番いいだろう」
「天使術を、攻撃ではなく防御目的で使う……ということですか?」
学校では、天使術は攻撃としての使い方のみ教えられる。≪相殺≫も防御というより、その後に別のエクソシストが天使術を打ち込むための連携戦法の一種だと教えられる。
「学校で≪相殺≫を理論程度しか教えず、実技訓練をしないのには理由がある」
「理由?」
「教えたところで、≪相殺≫ができるエクソシストはほとんどいないからだ」
「え、でも」
あたしは、普通にできた。
「その嗅覚は、君の才能だ」
「ええ?」
「君にとって不運だったのは、君を正しく評価できる教師に出会えなかったことだろう。だが、それも悪くない」
「評価してもらえなかったのに?」
「不遇の時間は、個人の選択次第で神の祝福に変わる」
難しいことを言われている。
「強みはあるが、君には問題もある」
「どこですか!?」
「剣術に詰めが甘いところがある」
「うっ……」
今までの自分なら認めなかったかもしれないが――言い返すのは我慢した。
「とはいえ、短期間で騎士や傭兵水準まで剣の技術を磨くのは不可能だ」
「じゃあ、どうすればいいですか?」
「魔女ルチアも剣の専門家ではないのだから、倒すために君が剣術を完璧にする必要はない。彼女の鞭に対抗するための型を、何度も何度も繰り返し訓練して身体に叩き込めばいい」
ウェルギリウスが、腰にさしている自分の剣を抜いた。
「俺を倒すつもりで、天使術を発動せずに剣だけで攻撃してみて」
さっそく動いた。剣術は必須科目だから、何年も経験してきた。基礎は身体に染みついている。素早く打ち込んだが、易々と薙ぎ払われた。こちらが力負けしている。
それなら――強みだと言われた速さで対抗しよう。基本の型に従い、左右交互に動かして連続の斬撃をお見舞いしたが、その全てを難なく受け流されてしまった。剣と剣がぶつかり合う冷たい音が響いて、木の枝に止まっていた鳥たちが驚いて飛び立った。
隙が、全然ない。
ウェルギリウスはお手本のように背筋が伸びた姿勢で、体幹が一切ブレない。あたしのほうは攻めても受けてもしょっちゅう足元が不安定になる。戦闘で有利になる場面といえば相手が転んだときで、自分が転べばピンチ。ならば転んでしまう前に足を封じて転ばせよう。
右、左とリズムに合わせて剣を振るっていた状況から、不意打ちを狙って足を突こうとしたが、読まれていたらしい。軽快に下から弾かれた。それなら次は脇腹だ。両手で柄を握って動かすと、ウェルギリウスが一歩後退して腰を屈めた。
「!?」
あたしは目を見張った。ウェルギリウスの剣は下から上へとすくい上げるような軌道を描いた。あたしは横一文字に振り抜こうとしていたのに、下からの強烈な一撃に阻まれて叩き上げられた。空気すら粉砕できそうと感じるほどの勢いと衝撃で、あたしの手の甲の骨にビリビリ刺激が走った。筋肉が耐え切れず、剣と共に腕が高く上がった。剣が遠くに飛んでいかないように掴み続けるだけで精一杯だった。
「……え」
あたしは喉元に剣先を突きつけられている。一瞬の出来事だった。あたしの手は旗揚げのときのようにピンと上がり、剣先は真っすぐ空を向いていて、ここからの攻撃手段は浮かばない。
「弾かれて腕が上がると身体の前面はガラ空きになる。君は素早いが腕力は弱い。魔女ルチアも腕力は決して強くないだろうが、鞭を巧みに操ることで、このように相手の剣を弾き飛ばして振り上げさせようとする可能性が高い」
一歩動けば喉を貫かれる状況で、頬を冷や汗が伝った。ウェルギリウスは射抜くような鋭い眼差しで決して目を逸らさない。
「あとは――」
喉元から剣が離れたと思ったら、あたしの下腹部にウェルギリウスの拳が打ち込まれた。あたしの身体は衝撃を受けて吹き飛んで地面を転がった。下腹部を押さえてむせる様子を気にも留めず、ウェルギリウスが淡々と口にした。
「君は踏み込むときにわずかに間を置いてしまう。何故だかわかるかい?」
そもそも間を置いていることに気付いていなかった。
「瞬発力が鈍いから……?」
「違う。想像して怯むからだ」
「想像?」
「敵の攻撃を受ける自分を想像して筋肉が委縮するから動きが遅れる。普通の人間なら気付かないくらいの間だが、強者は決して見逃さない」
「どうすればいいですか?」
「攻撃を受ける自分を想像しないようにしろ。絶対に勝つと信じるんだ。最も簡単な方法は、言葉にして言い聞かせること」
言葉にする?
「『勝てる』と、一〇回言ってみて」
「勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる」
「さっきより前向きな気持ちになっているだろう?」
そうかもしれない。
「あとは踏み込むことに慣れることだが、こればかりは繰り返すしか解決方法はない」
「痛い思いに慣れるのと、踏み込んで成功することに慣れるの、どちらを指しています?」
「ああ、うん。当然前者だ」
「うっ……」
辛いが、言われていることは理解できるし至極真っ当だと思う。
「無理かい?」
「大丈夫です……。訓練で怪我をしても、ベアトリーチェが治してくれるんですよね?」
「俺は、覚悟ができている人間のことは好きだよ」
弱点を解消して、迷う前に行動する瞬発力を得なければいけない。慣れるのが最善なら――。
「はあああああ!」
あたしは力任せに一太刀を浴びせようとはしてみたが、ウェルギリウスに軽々と剣で受けられ、力で押し返された。バランスを崩したあたしの下腹部に、ウェルギリウスが剣の柄を容赦なく叩きつけた。
地面に倒れたあたしは激痛のせいで涙が出てきて、うずくまって悶えた。
だが、止まっていてはいけない。
剣を掴んだ腕を立ち上がりながら動かし、回転を効かせて勢いをつけることで、相手にかかる負荷を一気に高めた。
「ふむ。いいじゃないか。すぐに答えをもらおうとせずに自分で考えて行動するのは、頂点を極める人間の特徴だ」
褒めながら、ウェルギリウスはあたしの脇腹に肘撃ちをして転倒させた。
「全身で倒れると、体勢を立て直すまでに敵が魔術を発動する時間ができてしまう」
ウェルギリウスの顔に影がかかり、動けないあたしを見下ろした。
「実戦なら、君は死んでいる」
ウェルギリウスの剣にまとわりつくかのように、青い稲妻が具現化した。バチバチ音を立てている。彼がその状態の剣を振り上げて地面に叩きつけると、風が具現化し、大地を揺るがした。青い稲妻を孕んで可視化できるようになった三日月状の突風が、猛スピードでこちらに向かってくる。風圧が顔に刺さり、あたしは驚いて、腕で顔を庇って目を閉じた。
けれども一向に痛みを感じない。おそるおそる目を開けると、具現化したものは全て消えていた。
呆然としているあたしのところに、ウェルギリウスが歩いてきた。
「怖いかもしれないが、目をつむってはいけないよ。わずかな可能性さえなくなる」
何も言えなかった。落ち込んで俯くと、ウェルギリウスがしゃがんで目線を合わせた。
「だが――」
あたしの頭に、優しい手が触れた。
「君は筋がいいし、その小さな身体からは想像できない精神力もある。これまでは合う指導者がいなかっただけだ。俺に出会った以上、君は別人のように強くなれる」
「はい……」
「俺は他の誰よりも君の才能をわかっているし、期待している」
期待に、応えたいと思った。
「立てるかい?」
差し出された手を、あたしは強く握った。何度でも立ち上がって、絶対に強くなるのだ。マリスのためにも、領民のためにも、ウェルギリウスのためにも――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます