よだかのように
異端者
前編 冴えないよだか
「――すきとおったものは、実は
私、高校二年の
一息ついて空気を入れ替えようと窓を開けると、夜の闇に紛れて虫の声が聞こえた。
今日、朗読したのは宮沢賢治の『よく利く薬とえらい薬』。親孝行の若者が救われて欲深い者が罰を受ける――いわゆる因果応報の物語だ。宮沢賢治の作品の中では、昔ながらの童話の様式を踏襲しているややインパクトに欠ける作品かもしれない。
私は半年前から、こうして童話を朗読して「山猫」としてインターネットに動画を公開している。もっとも、画面には背景画像だけで、朗読する声が聞こえるだけのシンプルな内容だ。朗読する作品も、近年の作品は著作権があるので、自ずと著作権切れの古い作品、特に有名な作家の童話が多くなる。
しかし、不思議なことに私の動画の視聴者数は増え続けていた。
私は今回の朗読をPCで編集すると、動画サイトに公開した。
翌日の晩、その動画を見るとコメントが付いている。
「寝る前に安眠用として聞いてます」
「やっぱり山猫さんの声ってサイコー」
「山猫は俺たちのアイドル!」
そのコメントを見て、私は苦笑いする。
本当の私を知ったら、彼らはどんな顔をするだろう?
私の容姿は地味そのもので、街中を歩いていても誰も見向きもしない。学校でもすっかり無愛想な「陰キャ」で通っている。そんな私がアイドルなんて、夢もいいところだ。
近頃では、声がメインのはずの声優ですら、派手な格好をして芸能人のように出てくる時代だ。私のような者に需要はないだろう。
「あなたの声を聞いていると、すごく落ち着きます。いつもありがとうございます。もしよろしければ、次は『よだかの星』が聞きたいです」
私はとあるコメントを見つけた。
「あ、またあの人だ」
そう独り言を
「クラムボン」さん、初期の頃から見てくれていて、こうしてコメントを度々くれる。おそらくハンドルネームの由来は宮沢賢治の『やまなし』からだろう。彼は基本的に穏やかな口調で書き込みをして、私を応援してくれる。
きっと落ち着いた感じの男の人だろう……。
私はそう思って、ふっと
私は次の朗読を何にしようかと考えながら、床に就いた。私の朗読は週一回だから、まだまだ考える時間はある。
『よだかの星』……そういえば、まだ朗読したことなかったな……してみようかな?
翌朝は憂鬱だった。
毎朝の登校、今日もつまらない学校生活が始まる。
「夏美、おはよう!」
「あ、おはよ……」
私は学校に着くと、数少ない友人と挨拶をして席に着く。
これから退屈な一日が始まると思うとうんざりする。
私は、正直勉強ができる方ではない。親の願望通り、無理をして地元では有名な進学校に進んだものの、授業はさっぱりわからず、付いて行くのが精一杯……いいや、周回遅れと言った方が良いぐらいだ。
今日も私は、その意味を理解できないまま数式をノートに書き写している。
これは……意味があるのだろうか? ――時々そう思う。
私のような人間は、頑張ったとしても「人並み」にはなれない。どれだけ背伸びしても、もっと優れた人間が腐る程居る。その中で私が頑張る意味は?
そんな無意味なことを考えている間に、黒板の数式は進んでいた。考えとは裏腹に私は慌ててそれを書き写す。
うう……どうせ私が悩んでも、そんなものだ。
昼休み、私は中庭に向かった。
挨拶ぐらいはしてくれる友人は居るが、一緒に昼食を食べるとなるとハードルが高い。
毎日、中庭で独り食べるのが日課だった。
「ちょ……また宮川、一人飯?」
「ほっときなよ。あんなの……」
背後から遠慮ない声が掛かる。私は急いで教室を出た。
中庭のベンチには、誰も居なかった。
私は弁当箱を広げて、独り食べ始める。……うん、美味しい。
私は朗読ができても、他人と話すことは得意ではない。他人を前にすると、体が硬直するというか、喉が強張ってしまうのだ。
変なことを言っていないだろうか? 失礼なことを言っていないだろうか? ――そんなことばかり気になって、言葉が出てこなくなってしまう。
その点、ネットに公開する朗読は、事前に聞き直して編集できるからその心配はない。間違えていても、また撮り直せばいいのだ。緊張する必要はない。
「ちょっといいかな?」
そんなことを考えていると、不意に声が掛かった。男子の声だ。
顔を上げると、同じクラスの……
彼は確か、学年でも成績上位、整った顔立ちに高身長……スクールカーストでも最上位の雲の上の存在だ。私なんかに何の用だろうか?
「えっと、何?」
「やっぱり! あのさ……山猫って人、知ってる?」
私は一気に心臓の鼓動が早くなるのを感じた。いやいやいや、個人を特定できるものは何も無かったはずだ!
「何それ?」
私は可能な限り平静を装って答える。大丈夫……多分。
「インターネットで、童話の朗読を公開している人」
「それが、何か?」
私は興味なさげを装う。
「似てるんだよね……君と」
「似てるって、何が?」
「声が、その人とそっくりなんだよ!」
彼は少し興奮気味に答えた。
「それで?」
私は冷めた様子で言う。内心は心臓がバクバクしている。
「もしかして、君がその人だったりしないかと思って……」
私はできるだけおかしそうに笑った。
「そんなの……私にできる訳ないでしょ? 他人と話すのだって苦手な私が、大勢に聞かせるなんて……」
そうだ。普通に考えればそう。でも……
「そうかなあ……」
彼は首を傾げた。まずい、このままだと……私は嘘が得意ではない!
「お~い! 度会、さっさと行くぞ!」
背後から別の男子生徒の声が掛かった。
「ああ、ごめん! すぐ行く! じゃあ、また!」
彼はそう言うと去っていった。
助かった……のかな?
「お前、あんなのが好みなの? 分からねえなあ……」
無遠慮なその男子生徒の声が聞こえていた。
その晩、私はなかなか寝付けなかった。
本当は、気付いていたんじゃないだろうか?
そんな考えが、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
私はベッドの上で何度目かの寝返りを打った。
そういえば『よだかの星』を次に読むのなら、もう一度読み返しておいた方がいいかもしれない。
立ち上がると、一冊の本を手に机に向かう。机のライトだけ
もう何度も読んだことのある話だから、あらすじは覚えていた。
醜いと他の鳥に嫌われているよだかは、ある日やって来た
よだかはそれを嫌い、太陽や夜の星にどうか連れて行ってくださいと頼むが、誰にもまともに相手にされない。
そうして力尽きたよだかは、気が付くと空の星になっていた……という話だった。
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