第19話 ロシアンたこ焼きを作った事がある話
ワシは昔、ロシアンたこ焼きを作って売った事があるんじゃ。レトルトや冷凍食品ではなく、ちゃんとたこ焼き屋の金型で焼いて作った本格的(?)な奴をじゃ。
一応説明するとロシアンたこ焼きとは、複数のたこ焼きの中に一個、あるいは数個だけ激辛に作ってあるメニュ-じゃな。激辛に限らず、苦いやスッパイなどのバリエーションもあるんじゃよ。
作ったのはずいぶん昔の話じゃな。ワシが個人経営のたこ焼き屋でバイトをしていた時の話でな。当時はロシアンたこ焼きはTVなどでのバラエティー番組では出てきたが、カラオケ屋や居酒ではまだメニューには無かったんじゃよ。今はまあ、あっても不思議ではない、ぐらいかのう?
ヤツらは突然やってきたんじゃ。二人連れの、大学生か専門学校生か、ひょっとしたら新入社員か。それぐらいの歳だった事を覚えておる。そしてワシらが元気に「ッシャッセ―!」と言って歓迎の意を表すると、二人は男女だったが、女の方が口を開いた。
「ロシアンたこ焼きって、作れますか?」
壁に貼ってあるメニューには、当然じゃがそんな物は書いてなかった。だからそう聞いたんじゃろう。ワシは思わず先輩の顔を見て、思ったんじゃ。パイセンに全部任せよう、との。
しかしパイセンも、とりあえずは『そんなメニューは無い』としか言えなかった。当たり前じゃな、今までそんな事を聞かれた事も無かったんじから。
社会経験が豊富なら、これはやんわりと言った遠回しの拒絶だと分かるんじゃろう。しかし入店した二人は若いのじゃろう、パイセンがそう言っても何というか、こう……、グイグイ来た。
できないとは言っていなかったせいじゃろうな、二人は矢継ぎ早に、飲み会をするからやってみたくて頼んでみた、だからどうかできないか。そういう事を言いながら頼んで来たんじゃ。
しかし面倒くさいので断ろうと、入れる物が無いと言えばチューブわさびの新品を持って来たから一本全部使ってくれと言い、『料金が~』と言えば倍ぐらい払うと言い、近所に他のたこ焼き屋は無かったからじゃろうな、とにかくこちらに断らせまいと、目に見えて必死じゃったんじゃ。
どうした物か、ワシらは困惑しておった。ちょうど客が全然いなかったせいで、忙しいとも言えず、むしろここはもう、どうなっても知らんぞと言って作った方が速いんじゃないか、そう思ってきたんじゃよ。
パイセンの顔もそう言っておった。店長が店に来るのは二時間後で、実はワシはこっそり内緒で自分用のたこ焼きにチューブ生姜を入れて作った事もあった。意外と美味しかった。だから精一杯に『しょうがないな』的な顔をして、作る事にしたんじゃ。今回だけ特別だと言ってのう。
そう言うと申し訳なかったのか、それとも元々買うつもりだったのか、特別料金は請求しなかったんじゃが、結構な量のたこ焼きを買ったので、結構な金額になったわい。
作る事は簡単じゃったんじゃが、できるとちょっと問題が起きてのう。チューブわさびを入れたたこ焼きは一つだけは別に作って、味が混ざらないようにしたんじゃが、わさびが分かるような色になって出来上がったんじゃ。焼き色で同じになるかと思ったんじゃが、大量のわさびを入れた事が丸わかりじゃった。
なので、ソースを大量にかけて対処したんじゃ。もうソースの色しか見えないぐらいに。かけるのはマヨネーズもあったんじゃが、辛さをマイルドにならないようにとこっちは使わなかったっけのう。
こうしてワシ達の戦いは終わったんじゃ。作っている最中に数人客が来たんじゃが、そっちはパイセンが対応してくれていた。ワシもそっちが良かったんじゃが、先輩だからしょうがないのう。
できたたこ焼きを渡した後は、感想などは何も無かったのう。ただの店の店員なだけなので事後報告も無くて当然なのじゃが、せめてどうだったかぐらいは、教えてくれてもよかったんじゃないか。
昔はそんな事は思っていなかったんじゃが、ふと思い出したせいかのう、そう思ってしまうんじゃ。
しかしここが大阪だったら、自分の家で作っていたのかのう?
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