第15話「夜の桜京 ~若矢の正義~」

 翌朝。

 宿屋の1階で朝食を摂り、3人は江城へと向かうことになった。道中の安全を重視し、一度この大堺の北にある「桜京おうきょう」に抜けてから馬車を雇って江城に向かう、というラグーの案に従い、まずは桜京を目指すことになった。

 桜京は、古い時代の灯ノ原の首都であり、今も灯ノ原第二の都として栄えている。桜京の首都「俯魅うつみ」までは歩いて1日も掛からないという。かつての都付近ということもあり比較的安全であり、旅をするにはうってつけの地域だった。

「さて若矢くん、タイニー。そろそろ行くとするかの」

 ラグーの言葉に若矢とタイニーが頷く。

「よし! じゃあ出発だ!!」

 タイニーが勢いよく宿屋の扉を開き、3人は桜京へと向けて出発したのだった。


 (桜京って、俺のいた世界でいうところの京都みたいなものかな。桜が有名らしいし……。あっちの世界で花見に行けなかったのも心残りの1つだったけど、こっちの世界ではたくさんお花見ができそうだ)

 若矢はそんなことを考えながら、歩いていた。


 しばらく歩くと、道がしっかりと整備されている街道になってきた。町が近いということだろう。

「兄さんら、ごめんよ!」

 荷物を抱えた男がせわしなく、若矢たちの横を通り抜けていく。

「えっさ! ほいっさ!」

と、籠を担ぐ若物たちの姿もある。

「随分と人が増えてきたのぅ。ここは北南天ほくなんてんという大きい町じゃ。江城、桜京に継ぐ灯ノ原、第三の都市じゃよ」

 ラグーが、若矢の疑問を見透かしたかのようにそう言った。


「なるほどな。人が多いということは、何か食べ物屋があるはずだ。タイニーは腹が減った! じいちゃんと若矢も減っただろう? お昼ご飯にしないか?」

と、タイニーは目を輝かせて言った。唐突に提案するタイニーに笑いを堪えられない若矢だったが、言われてみればお腹が空いてきていた。

「そうじゃのぅ、そろそろ昼にするか」

 ラグーがそう答えると、若矢も同意した。そして3人は街道沿いにある飯屋へと入っていった。

 中に入ると、何とも食欲をそそる香りが漂っている。3人は美味しい粉物料理に舌鼓を打った。

 異世界に来て食べ物が口に合うか不安だった若矢だが、今のところは全て美味しく食べることができている。ましてや灯ノ原に入ってからは、ほぼ和食であり慣れ親しんだ食事であった。


 食事を終えた3人は、桜京を目指して歩き出した。タイニーがせっかく来たのだから北南天をもっと見て歩きたいと駄々を捏ねたが、旅の目的を考えて今回はすぐに出発することになった。

 陽が落ちる頃になって、3人は桜京の都、俯魅にたどり着いた。

「にゃあ~……タイニーはもうクタクタだ。早く宿で眠りたいぞ」

 タイニーが自分の肩を揉みながら、ぼやいている。

「お前は、まだまだ修行が足りんのぅ。若矢くん、お前さんは大丈夫かの?」

 若矢は、ラグーの言葉に笑って答える。

「はい、まだまだ大丈夫です!」

「うむ、元気で何よりじゃ。じゃが、無理だけはするんじゃないぞ」

 3人は今夜の宿を目指して、再び歩き出した。到着した宿屋は、灯ノ原各地に存在するリーズナブルな価格の宿屋だ。



 明日の朝、宿の前に集合することに決め、その日の夜は各自自由に過ごすことになった。タイニーは疲れたから、食事を摂ったらすぐに横になるらしく、ラグーは大堺で購入した本を読む、とのことだった。若矢はというと町に出て、夜の桜京の町を歩いていた。

 灯ノ原の桜京は、かつての都ということもあって古い時代の面影を多く残している。夕刻時は美しい川と桜が彩る町だったが、夜は大勢の客で賑わう店の明かりが煌々と町を照らし、その雰囲気は一変する。若矢は初めて見る夜の桜京に目を奪われるのだった。

(昼間も良いけど、夜も風情があって良いな……。きっと桜が満開になったらもっと綺麗だ)

と、思いながら歩いていると日本にいた時の記憶がふと蘇り、不安や寂しさが一気に押し寄せてくる。

(そうだ、俺はもうあの世界には居ないんだ……。でもこの世界で、俺は何か大切な使命を果たさなければならないんだ……)


 若矢は、胸に抱えた”後悔”の想いと不安を振り払うかのように頭を左右に大きく振る。

(きっと大丈夫だ! ラグーさんもタイニーも付いて来てくれるし、それに俺はファブリスさんたちやラムルを探さなくちゃならないんだ。不安や寂しさになんか負けられない!)

 気持ちを奮い立たせると、気分転換にお酒でも飲みたい気分になった。

「桜京なら、京都みたいな場所だし日本酒みたいなお酒がありそうだな。まだ飲んだことないし、ちょっと探してみようかな」

 若矢はそう決めると、ふらふらと賑やかな通りへと足を運んでいくのだった。



 雰囲気がよい店に入り、一口酒を飲むと先ほどまでの不安や寂しさが薄れていくのを若矢は感じていた。

(これが清酒ってやつか……ビールのようなのどごしの良さはないけど、深い味わいだ。でも飲みすぎには気を付けないと)

 そう思いながら、若矢はまた一口酒を口に含んだ。

「お客はん、ええ飲みっぷりやなぁ! どっから来はったん?」

 急に声を掛けられた若矢が店の中をキョロキョロと見渡していると、店の女主人らしき肉付きのよい女性がカウンターから顔を出した。

「えっと、俺はユーレイドレシア地方から来ました」

「なんや~エライ遠いとこやん! 今日はもう店閉めよ思ててんけど、お客はんが来てくれはったから特別に開けといたるわ。好きなだけ飲んでってや」

と、その女主人は朗らかに笑う。


 若矢は申し訳ない気持ちになりながらも、せっかくなのでお言葉に甘えることにした。

「ありがとうございます! お言葉に甘えさせていただきます」

 すると若矢の前に、一杯の清酒が置かれた。

「おおきに! ほなこれサービスやで!」

 一口飲むと、また不安や寂しさが薄れていくのを感じた。

「それにしてもユーレイドレシア地方からなんて、よう来はったなぁ。でもお客はん、見た目は灯ノ原人そのものやんね。まぁ今は世界中いろいろと荒れとるしなぁ。あ、せや。名前はなんて言わはんのん?」

 女主人が若矢に尋ねる。

「えっと、若矢といいます」


「へぇ〜、若矢はんね。うちは”お美津おみつ”いいます。よろしゅうな」

 と、お美津は笑顔で言った。

「さて、うちはそろそろ店閉めるけど、若矢はんまだ飲んでく? せっかくやしうちも一緒に一杯ええかな?」

「はい! ぜひ!」

 若矢はそれから、お美津と世間話をしながらゆっくりとした時間を過ごすのだった。



 すっかり酔っ払った若矢が、そろそろ帰ろうかと思ったときだった。

「なんや店開いとるやないけ。邪魔するでぇ」

 柄の悪そうな男が7人ほど、店の扉を勢いよく開けて入ってきた。

「またあんたらかいな。今日は早めに閉めて、ゆっくり飲んでんねん。帰ってや」

 お美津がそう返事をすると、男たちは大声で笑いだした。

「なんやオバハン! 酔うてるやんけ!」

「俺らの相手してくれんのけ?」

 そんな男たちの言葉にお美津が言い返す。

「あんたらみたいなんを相手にするほど、暇ちゃうわ! 早よ帰って!」

 

 お美津の言葉に男たちは腹を抱えながら笑った。

「帰んのはええけどな、お美津はん。今月分のお代、しっかり払うてもらおうやないか」

と、柄の悪い男のうちの一人が言った。お美津はその言葉に驚きの表情を浮かべる。

「何言うてんの? それなら先週払たやないの!」

「先週は前金分や。後金分払てもらわんとなぁ」

「そないなこと急に言われたかて無理やわ!」

 その言葉を聞いた男たちが再び大きな声で笑いだした。

「ええやんけ! 今すぐ払えへんのやったら、身体で払ってもらおか? オバハン、べっぴんさんやからなぁ」


 一人の男がお美津に近づいていく。

「なんてな、こない肉のついた年増、誰が相手すんねん。まぁ冗談や」

 男が手を叩いて笑うと、他の男たちも笑いだす。お美津は侮辱されたことへの悔しさに拳を握りしめ、俯くのだった。

 そんな男たちの態度に怒りを覚える若矢だったが、ふと男たちが彼の方に視線を向ける。

「お客はんでっか? 店で騒いでもうてエラいすんまへんなぁ。しゃあけど、これもワシらの仕事なんですわ」

 ニヤニヤしながら彼らは言った。


 お美津は席を立ち上がろうとした若矢に視線を送り、男たちの相手をしないように目で訴えかける。

(この人たちは一体……)

 そんな2人のやり取りを見ていた男たちが再び笑いだす。

「なんや! オバハン、その客に色目使うてんのかいな? 若い男にそないなことして、ほんま、はしたない年増やで!」

 男が言うと、お美津が立ち上がり男たちに向かって叫ぶ。

「誰が年増や! ほらお金なら払うから、はよ出てってや!」

「なんや、急に素直になったやんけ」

と、男たちはニヤニヤしながら金を受け取ると、笑いながら店から出ていくのだった。


 お美津は男たちが出ていくと、力が抜けたように椅子に座り込んだ。

「若矢はん、堪忍してな。お代はもうええから……」

 そう言うお美津の声は震えており、目には大粒の涙を浮かべているのだった。

「俺、あいつらからさっきのお金取り返して来ます!」

 お美津は若矢の言葉に驚いて目を丸くする。そして、彼の言葉を否定するのだった。

「あかん! あの連中はこの辺り一帯を牛耳る連中や! 危ないことはせんといて!」

「大丈夫です。相手が何人いたって、俺は負けません。お美津さんには、お世話になりましたから」

 若矢は笑顔でそう言うと立ち上がり、店の外へと向かって歩いて行く。そんな若矢に何も言えないでいるお美津だったが、彼の後ろ姿を目で追うのだった。



 先ほど店を出たばかりの男たちが上機嫌に歩いている。そんな男たちに若矢は、後ろから声を掛けた。

「すみません、ちょっといいですか?」

 男たちは振り返り、その内の1人が若矢を見て言った。

「おう、さっきの兄ちゃんやないけ? なんや用かいな?」

「さっきお美津さんから、お金をたくさん巻き上げていましたよね? あれ、返してもらおうと思いまして」

 若矢の言葉に、男は笑って言った。

「なんやお前! ワシらにそないな口叩いてええんか? ワシらはこの辺一帯を牛耳る、凶末会きょうばつかい直系の奥沢組おくさわぐみのもんやで!」

 男は、若矢の目を睨みつけながら言った。


 しかしそんな脅しにひるむことなく、若矢は言い返す。

「そんなの関係ありません。お美津さんのお金、今すぐ返してください」

 若矢の態度に、男は怒りを露わにする。

「なんやと? ワシらに逆らう気かいな! ええ度胸やないか! おう、お前ら! この兄ちゃんの相手したれ!」

 男がそう言うと、後ろにいた男たちが武器を手に持ち、若矢に向かって構えるのだった。

(7人か……)

 男たちはそれぞれの包丁や、短刀といった武器を手に、若矢に向かってくる。


「若矢はん! 逃げて!」

 若矢に追い付いたお美津が叫ぶ。

「大丈夫です。すぐに終わらせますから」

 お美津に笑顔で答えて、若矢は構えるのだった。お美津が驚きの声を上げるなか、男たちは若矢を見て笑いだす。

「なんや兄ちゃん! 武器も無しにワシらと戦う気なんかいな!」

 男たちはさらに大きな声で笑い、若矢はただ黙って立ち尽くしている。


 次の瞬間だった。4人の男の体が後方に吹き飛ばされていた。リーダー格の男が驚いたように視線を向けると、目にも止まらぬ速さで次々と男たちに拳を叩きこむ若矢の姿があった。

「お前ら、何してんねん! 早よやらんかいな!」

と、リーダー格の男が言うが男たちは次々と倒されていく。そしてついに男たちはリーダー格の男を除いて全員倒されてしまい、地面に転がり悶絶していた。

「お、お前。一体何者や……」

 若矢は無言でリーダー格の男に近づくと、鳩尾に拳を叩きこむ。

「……く、くそ……こないなことして……ただで済む……」

 男はそこまで言うと、その場で倒れ込むのだった。


 お美津が驚きを隠せない様子で、若矢を見つめている。

「若矢はん……あんた、一体何者やの?」

と、お美津が尋ねると、若矢は彼女に笑顔を向けて答えた。

「実は俺、魔王を倒した男なんです。だからこいつらみたいなチンピラ程度なら、こんなものです」

 それを聞いたお美津の目には薄っすら涙が浮かんでいた。そして彼女は思わず若矢に抱き着いた。

「よかった! ほんまに……無事で……ウチのせいで殺されたりしたら……ほんまによかった……」

 そんなお美津を落ち着かせるように、優しく抱きしめ返す若矢だった。


「それじゃあ、今日はありがとうございました! 本当にお代タダでいいんですか?」

 お美津を店まで送り届けた若矢は、心配そうな顔で言った。

「あたりまえやないの! 助けてくれたお人からお金なんか取れるかいな!」

 こうして若矢はお美津を助け、本来宿泊するはずだった宿へと戻って行くのだった。

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