第7話「勇者一行の戦い 鋭い目の男」

荷物を置いた若矢は、ファブリスたちが待つ町の酒場に向かうことにした。

 歩いていると、なぜか町中の女性の視線を感じる若矢。続けて、女性たちが噂する声が聞こえてくる。

「あの人が新聞に載ってた、魔王を倒した少年じゃない?」

「うそ! 大英雄じゃない? 顔も可愛いし、素敵ねぇ」

「私、顔もかなりタイプなんだけど! でもあんなすごい人に告白しても無理だよね」

「一晩だけでもいいから、ゆっくり一緒に過ごしてみたいわよねぇ」

 女性たちの声には若矢を絶賛するような、羨むような声があった。

 ("魅了"の能力のせいか……)

 若矢は逃げるように酒場に入っていくのだった。


 酒場に入った若矢をファブリスたちは笑顔で迎え入れる。

「どうしたワカヤ、顔が少し赤いぞ?」

 と、からかうようにファブリスが言うと、すかさずエレーナが彼の脇腹に肘鉄をくらわした。そのやりとりを見て、ビブルスたち帝国兵も思わず笑いだす。

 どうやらファブリスたちは、もう彼らと打ち解けてしまったようだ。若矢も店主のおじさんに酒を頼むと、ファブリスらと共に彼らと談笑しながら過ごすのだった。

 


しばらく楽しく飲んでいた若矢たちだったが、1人の女性がひどく慌てた様子で駆け込んで来る。

「た、大変っ!! ネ、ネズミの大群よっ! 町の食糧倉庫の入り口を破ろうとしてるわ!」

 その報告に若矢たちはすぐに酒場を出て、彼女の案内で町の食糧倉庫に向かう。女性に案内された食糧倉庫の入り口では、すでに数十匹のネズミたちが必死に扉を破ろうと歯を立てていた。

「ネ、ネズミって……で、でかすぎませんか?」

 若矢が驚くのも無理はなかった。一匹一匹のネズミが中型犬くらいのサイズだったからだ。

「あら、ワカヤくんのいた世界ではもう少し小さいのかしら?」

 驚く若矢に対して、カルロッテは全く気にしている素振りをみせない。それは他の人たちも同じだった。

 どうやらこれくらいのサイズが、この世界のネズミとしては平均的らしい。


「待ってろよ! すぐ駆除してやるからな」

 ファブリスはそう言うと、勇者の剣を抜き放つ。

 彼に続き、エレーナやリズ、カルロッテも戦闘態勢に入る。若矢と帝国兵たちもあとに続こうとするが、ファブリスがそれを制す。

「悪いがここは俺たちに任せてくれないか? ワカヤは確かに凄いけど、俺たちだって勇者とその仲間なんだからな。たまにはカッコつけさせてくれ」

 ファブリスの言葉に他の3人もうなずく。

「わかりました、ファブリスさん、みんな……がんばってください!」

 若矢はそう言うと、帝国兵たちと共に後ろへと下がるのだった。

 

 そして、戦闘が始まる。1匹1匹は強くないものの数があまりに多い。だが彼らはその数の差を物ともせず、ネズミを撃退していくのだった。

「ゆらめく炎よ! その熱を我が手に! 食らいなさいっ!! ”ファイア”!」

「不浄なる魂の浄化を……。”ホーリー・インパクト”」

「ネズミになんて触れたくないんだけど、仕方ないわね……。帝国の格闘技をお見舞いしてあげるわっ! ハァッ!!」

「勇者の剣の輝きを今解き放つ!! "シャイニングブレイブーブー!!"」

 それぞれの攻撃が決まり、倉庫の前にいたネズミたちはほぼ全滅していた。


「す、すごい……これが勇者パーティーの戦いか……」

「これほどの魔法、これほどの戦闘能力!!」

「なんと心強い!」

 帝国兵たちは感心したように口々に言葉を発する。

 若矢もファブリスたちの戦いをちゃんと見るのは、これが初めてのことだった。彼らの特殊な剣や魔法を見て、あらためてこの世界が剣と魔法の世界であることを実感するのだった。

「す、すごい——! これがファブリスさんたちの戦い方……」

 全員で協力して退治したネズミたちの後始末をした後は、戦闘の汚れを落とすためにそれぞれ入浴して体を清めた。



 そして、その後に再び酒場で飲み直すことになった若矢たち。

 ファブリスたちの鮮やかな戦いぶりに酒場は、大盛り上がりだった。戦いを見ていた帝国兵たちは、ファブリスたちの周りに集まり、彼らの冒険話や武勇伝を興味津々で聞いているのだった。

「急にモテ期が来たみたいな気分ね……。ワカヤくん、あとでゆっくり話しましょ?」

 カルロッテは、いたずらっぽく笑うと若矢にウィンクする。

 しかし、人気なのはファブリスたちだけではなかった。若矢の周りには、町の若い娘たちが何人も集まっていた。

 彼女たちは魔王を倒したときの話や、若矢の世界の話などを次々と質問してくる。

 

 助けを求めるようにファブリスたちの方を見ると、カルロッテは困ったように微笑み、そしてエレーナは、なにやら不貞腐れたような表情をしている。

「ねぇ! 若矢くんって今彼女はいるの?」

「はいは~い! 私立候補しちゃおうかなぁ!」

「あ、ずるいっ! 私も立候補するわ!」

「いや、ちょっと待って……」

 ファブリスたち、そして若矢の周りに人が集まり、酒場は大賑わいだ。



 とその時、酒場に1人の若い男が入店してきた。

 彼が歩く度に鳴る重々しい靴音に一瞬酒場は静まり返るが、冒険者風の服装をしている普通の男性だとわかると、酒場は再び喧騒を取り戻すのだった。

 男は若矢たちから離れた端の席に座ると店主に

「ご主人、ワインとステーキをくれるか」

 と、コインを手渡して注文する。

 

 (あの人も冒険者なのか……)

 若矢が何気なく男の方を見ていると、彼と目が合った。

「ねぇ、あの人こっち見てるよ」

「きっと羨ましいのよ! こんな大勢の女の子に囲まれてるから」

「でもさ、あの人もカッコよくない?」

「え~、でも若矢くんの方が優しそうだしカッコいいよ~」

 若矢の周りの女の子たちが、男の方を見てヒソヒソと話し出す。


 男は無表情のまま、若矢と視線を合わせ続けている。

 若矢の方も彼から目を離すことができずにいた。怖い、というわけではないが、目を逸らしてしまうと何かが起こりそうな、そんな予感がしたからだ。

 無表情ではあったが、その瞳は獣のように鋭い眼光を放っていた。

 どれくらいそうしていただろうか。

 店主が男のテーブルに、ワインとステーキを運んできた。

 

 男は店主の方に視線を向け

「ああ、どうも」

 と笑顔で言うと、若矢に視線を戻すことなく食事を始めた。

 妙な緊張感から解放された若矢は、大きく息を吐き出すのだった。周りの女性たちはそんなことおかまいなしに、再び若矢に質問攻めする。



 だがそれからしばらくして酔っぱらった1人の帝国兵が、ステーキを食べ終えたばかりの男に絡みに行ってしまった。

「おいおい! 兄ちゃん、そんなしけた面してんなよ! あんたもここにいる、勇者一行の伝説を聞いてみろよ! すごいぜ!」

 しかし男は帝国の兵士を一瞥すると、

「1人で飲みたい気分なんだ。放っておいてくれないか」

 と、素っ気なく言った。

「そう言わずによ! ほら、聞いてるこっちがニヤケちまうくらいの逸話が山ほどあるんだ! もう知ってるだろ? 魔王ムレクを倒したって話! さっきだってすごい魔法と技で、敵を全滅させたんだぜ!」

 帝国兵はなおも引きさがらず、ファブリスたちのところへ男を連れて行こうと声を掛ける。


「……たかがネズミ数十匹倒しただけだろう? ネズミごときに随分と本気だったみたいだしな」

 男は、少しだけ笑みを浮かべると嘲笑するように言い捨てる。その一言に、酒場はシンと静まり返る。

 それを聞いた帝国兵の表情が一変し、

「なっ! てめぇ、今なんて言いやがった! ファブリスさんたちを侮辱するのかっ!!」

 男の胸ぐらを摑もうと手を伸ばす。しかし男はその手を軽くいなすと、残っていたワインをクイッと飲み干し立ち上がる。

「どうやらお邪魔のようだし出ていくとするよ。ご主人、いいステーキとワインだった。ごちそうさま。それと、これは騒ぎの侘び代として取っておいてくれ」

 

 帝国兵には一切目もくれず、テーブルに数枚のコインを置いて酒場を出ていくのだった。

「ちょっ、待てよ!」

 帝国兵は男を追いかけようとするが、ビブルスやファブリスたちに止められると、しぶしぶ引き下がる。

「なんなんだよ、あいつ……」

 帝国兵は憤りを隠すことなく、ドカッと椅子に座るのだった。


 酒場にしばしの沈黙が流れる。

「全く、困ったやつもいたもんだぜ……」

 別の帝国兵の一人が沈黙を破ると、周りの者たちもそれに同調する。

「ほんとだよなぁ」

「ファブリスさんたちはすごいんだ! それをあんな言い方するなんて!」

「何様のつもりかしら!」

 皆一様に憤っていたが、それも徐々に元の賑わいに戻っていく。


「ははは! まぁ、あんまり気にするなよ。ああいう人との出会いも旅の醍醐味ってやつさ」

 ファブリスは笑いながらそう言うと、周りの者たちに酒を注ぐのだった。だが若矢は男に対して、得体の知れない不安のようなものを感じていた。

 (なんだったんだろう……あの男の目……)

 しかしそんな思いも、周りの娘たちの声がかき消していくのだった。

「ねぇ! また今度私たちとお話ししましょうよ!」

「うん! 私もっと若矢くんのことが知りたいなぁ」

「わ、私も若矢さんとお話したいです……」

 こうして夜は更けていくのだった。

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