第5話「過去の戦争の爪痕」

 みんなで朝食を食べ終え、再び甲板に戻ると、遠くに大陸が見えてきた。

「おっ、大陸が見えてきたな。ワカヤ、あそこが目的の大陸だ。あの大陸にはエレーナの故郷であるモルディオ王国もあるんだ」

 と、ファブリスが若矢に教える。


「そうなんですか!じゃあ、エレーナさんの故郷にも行けるんですね!」

 目を輝かせながら大きな声を上げる若矢。

「そうなのっ! あたしの故郷、モルディオはとってもいいところなのよっ! 最近は情勢が少し不安定だけど……でもとっても美しい国なの! 若矢には絶対に来て欲しかったんだ。たくさん案内してあげるわね」

 エレーナは照れくさそうしながらも、興奮を隠せない様子だ。



 ふと、辺りを見回すと海の一部に船の一部のようなものが浮かんでいるのが見えた。それは金色に輝いていたが、大きく破損してしまっているようにも見える。

 ”あれはなんだろう”、と若矢が首を傾げていると、その視線に気付いたファブリスが説明してくれた。

「ああ……あれはな、フィストレーネ王国の飛空艇の残骸なんだ。かつてフィストレーネ王国の若き女王ソニア=マリー・フィストレーネは、帝国と彼らが守護する元老院に戦争を仕掛けてね。500年以上経った今もその跡が残っているんだよ」

「戦争……!?」

 若矢は思わず聞き返した。ファブリスがそれにうなずく。

「ああ。当時フィストレーネ王国はね、帝国とは盟友だったんだ。だけど武装蜂起したフィストレーネ王国が元老院に降伏を迫り、それを帝国が守ろうとして戦争になったんだ」


「そんな……」

 若矢は衝撃を受けたようにつぶやく。

 彼の脳裏にはとある光景がフラッシュバックしていた。燃え広がる炎、家屋の下敷きになる子供たち、我が子を抱きかかえ泣き叫ぶ女性……。自分に殺して、と迫る女性。力尽きる少女……。

「若矢、大丈夫?」

 エレーナが若矢の肩に手を置いて、心配そうな表情を浮かべている。その声にふっ、と我に返る若矢。

「あ、だ、大丈夫……」

 そう言ってぎこちない笑みを返すのだった。


 ファブリスの話を聞いて、若矢は1つの疑問を抱いた。

「でも……どうして、そのソニア女王はそんな無茶なことをしたんですか?」

 若矢の問いに、ファブリスは説明を続ける。

「彼女が武装蜂起をする数年前に、彼女が不在中にフィストレーネ王国が大規模な襲撃を受けたんだ。彼女が戻る頃には、花と音楽の国と呼ばれるとても美しかったフィストレーネ王国は地獄絵図と化していた。襲撃に際して構成されていた人員は、山賊や死霊術師、魔物だったため、人間国家の関与は否定されたんだ。しかし、彼女はそれを認めようとしなかった。この件は元老院が裏で糸を引いていると主張したんだ。だが元老院は彼女の主張を聞き入れなかった。それどころか、反乱勢力による軍事行動だとして、彼女の身柄を拘束しようと動き出した。それに反発した彼女は、元老院に宣戦布告をしたんだ。歴史ではそう伝えられている」

 若矢はファブリスの話を聞きながら、考え込んだ。

 そして口を開く。



「その戦争って……どうなったんですか?」

 と、彼は尋ねた。

「うん……そうだな……」

 ファブリスはうなずきながら答えた。

「元老院とそれに与するものに対して宣戦布告した時点で、フィストレーネ王国には彼女を除いた人間は誰1人として残っていなかったんだ」

 その言葉を聞いて驚愕の表情を浮かべる若矢。

「たった1人だったってことですか? な、なんで……」

 若矢のその問いに対してファブリスは、一つ息を吐いてから返答する。


「それは……。彼女が不在中に受けた襲撃によって、国外に出ていた以外の全てのフィストレーネ国民は惨殺されてしまったからなんだ。加えて軍事同盟を結んでいた、武装組織ロスト、軍事独裁国家ジェルモンドも彼女が身柄を拘束されている間に、元老院の指示によって帝国を始めとした世界各国と戦争して敗北してしまった。だから彼女には仲間が残っていなかった。そして彼女は生きている兵士の代わりに、強力な自律兵器を従えて戦ったと言われているんだ。元老院の直系国家である帝国には、多数の国が属国として名を連ねていたから、フィストレーネ王国対世界全体と言ってしまっても過言ではない戦争だった。すぐに決着は着くと思われたんだけど、フィストレーネの兵器の圧倒的な性能の前に、多数の属国が敗れ去ったんだよ」

 若矢はフィストレーネ王国と帝国の戦いの凄まじさに圧倒され、言葉を失った。


「でも……もう500年以上も前の話……なんですよね?」

 少し間があってから再び質問した若矢に、ファブリスは海面に突き刺さるように沈んでいる先ほどの金色に輝く船の一部らしきものを指さした。

「ああ……確かに500年以上も前の話だが、その傷跡は今もいたる所に残っている……。無慈悲で冷徹な戦争を仕掛けたことを揶揄され、"機械仕掛けの女王"と後世に語り継がれるソニア=マリー・フィストレーネと元老院を始めとする戦争の、ね……」

 ファブリスは険しい顔でそう言った。

 彼の言葉を黙って聞きながら、若矢は海面にて今なお金色の輝きを放つ、動かなくなった船の一部を見つめていた。

 魔王を倒したことで浮ついた気分になっていたが、大きな戦争が起きていたり、今もその傷跡が残っていることを知り、若矢は気を引き締める。



「……って、辛気臭い話をしてすまないな。俺とリズは、かつてのフィストレーネの生き残りが建国したウェーラっていう自治国の出身なんだ。だからどうしても長くなっちまった」

 そう言ってファブリスはいつもの笑顔を見せる。リズの方にも視線を向けると彼女も同じだった。

「ウェーラはね、ソニア女王が治めていた当時のフィストレーネの首都の名前らしいんです。そしてウェーラの首都の名前はソフィア……意味はソニアと同義なんです」

「えっ……それって……」

 リズの話を聞いた若矢が何かに気付いたように呟く。彼女はその問いに答える代わりに、微笑みながらうなずくのだった。


「ちなみに昨日、宴会を開いた町こそが、ウェーラの首都ソフィアなんです。だからついついファブリスも話し過ぎてしまったんですね」

「まぁ、でもワカヤが言うようにもう500年も前の話だからな。俺はそういった歴史とか関係なく、故郷のウェーラが大好きだ! もちろん、帝国にもいい連中がいることも知ってるんだ」

 ファブリスは明るくそう言うと、カルロッテに視線を向ける。

「なんせカルロッテだって帝国人だしな! 歴史は歴史! 大切なのは、今とこれからだぜ!」

 ファブリスの言葉に彼女も微笑み返した。

「そうそう、だから若矢。これから先、いろいろな種族と出会うかもしれないけど、特定の種族だからってそれだけで判断しちゃだめよ? 大事なのは個人なんだからね。あんたなら大丈夫だと思うけど」

 と、エレーナも若矢に優しく語りかけた。若矢は4人の方を見て力強く、はい! と返事を返すのだった。



「でも、僕が知らない間にそんな事件があったなんて……」

 と、考え込むように俯いているのはラムルだった。

「あ、あの……ラムル?」

 若矢が心配して声をかけると、ラムルは顔を上げて彼を見た。

「え? ええっとごめんね! 神なのに救えない命が多いなと思ってさ……」

 そして、悔しそうにそうつぶやくのだった。

「ラムル……」

 若矢は名前を呼び、ラムルの手を握った。


「えっ!? あ、あの……若矢くん?」

 と慌てるラムルに彼は言う。

「そんなこと言わないでくれよ……救えなかった命だけじゃないだろ? 今こうして生きている人たちがいるじゃないか」と。

 その目は自分はエル、そしてラムルに救われたと訴えているようだった。

 ラムルは少し沈黙したあと、口を開いた。

「そ、そうだね……うん、僕は神様なんだ! きっとこれからもっともっとたくさんの命を救ってみせるさ!」

 と笑顔を見せるのだった。

「ああ!俺も一緒に救うよ!」

 若矢も笑顔で応えた。



「あ、そういえば」

 若矢は思い出したように声を上げると、ファブリスの方を見る。

「ソニア女王率いるフィストレーネ王国と、元老院率いる帝国の戦いは結局どちらの勝利に終わって、どんな結末を迎えたんですか?」

 その問いに、ファブリスは再び堅苦しい話にならないように、

「ああ、それはな……」

 と、柔らかい表情のまま答えを返そうとした。

 しかし、そこまで言いかけた時だった。海の向こう側から黒い船が数隻近付いて来るのが見えた。

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